第22話 レイチェルの正体

「ここが私の実家だよ」


「こんなに立派な塀に囲まれているということは、やっぱりレイチェルは貴族だったんだね」


 でも、なんで正面の門じゃなくて、ここに来たのだろうか?


「う~~ん、貴族とはちょっと違うんだよね。ここはゴシユア王国の王弟フリード殿下の屋敷だよ。で、フリード殿下っていうのは、私のお父様」


「へぇ…………え? 王弟がお父様だって!?」


「やっぱりそういう反応になるよね。ちょっとごめん」


 確認する前にレイチェルが俺を抱き抱えて、飛んだ。


 高い塀を簡単に飛び越え、着地する。


「いきなりびっくりしたよ!」


 レイチェルが王族だったことも、いきなり飛んで屋敷の敷地へ侵入したことも。


「だって、普通に手を握ったままで飛んだら、またアレックスは私の股間に顔を埋めるでしょ?」


「あんな事故はあれっきりだよ! って、そうじゃなくて、君の正体って、つまり……」


 

 ――俺が事実を確認しようとした時だ。



 風が吹いたと思ったら、剣と剣がぶつかる音がした。


 強襲してきた男の剣撃をレイチェルも抜剣して受ける。


 俺は男の剣筋どころか、接近にすら気付けなかった。

 目前に現れた隻眼の男性からは殺気が伝わって来る。


「賊か? フリード殿下の敷地へ侵入し、ただで済むと思うなよ」


 男性はまた剣を構えた。


 俺は委縮したが、レイチェルは笑う。


「何がおかしい?」と男性が低い声で言う。


「いえ、相変わらずお元気そうですね、ブレッド」


 レイチェルは言いながら、変身魔法を解く。


 その瞬間、剣を構える男性、ブレッドさんは驚き、殺気が薄くなった。


「まさか……レリアーナ様なのですか?」


 レリアーナ様?

 それがレイチェルの本名なのか?


「疑いますか?」


「――確かめさせて頂く…………」


 ブレッドさんは剣を構えた。


「いいですよ」と言いながら、レイチェルも剣を構える。


「えっ? ちょっと?」


 俺だけは唖然としていた。


 二人は何度か剣を交える。


 それはかなり短い時間だったが、ブレッドさんを納得させるのには十分だったようで、

「失礼致しました。その剣筋、間違いなく、レリアーナ様でございます。無礼の数々、平にご容赦ください」


 レイチェル本人だと確信したブレッドさんは膝を付く。


「構いません。このような形で帰って来た私が悪いのです。お父様に色々と話したいことがあるのですが?」


「フリード様は現在、王都です。明日には帰って来るでしょう」


「分かりました。…………では、私は自室へ行きます。それから、これは徹底して頂きたいのですが、私が生きて、ここへ戻って来たことは内密にお願いします」


「かしこまりました。…………ところでそちらの方は?」


 ブレッドさんの視線が俺に向く。


「は、はい、ルガルド王国軍第十三補給部隊所属、アレックス・ロードです」


 もうブレッドさんからは殺気を感じないが、威圧感はある。

 俺は反射的に背筋を伸ばした。


「私の命の恩人です」


「命の恩人? それになぜ、手を繋いでいるのですか?」


「そうですね。あなたには説明しておきましょう」


 レイチェルはブレッドさんにここまでの経緯を説明した。


 ブレッドさんから何か指摘をされるかもしれないと思ったが、

「事情は把握致しました」

と言われただけだった。


「ブラッド、私は自室にいます。屋敷の者にもなるべく姿を見られたくありません。明日の朝からで良いので、頼みごとを出来るように私の部屋の前に、信頼のおける者を待機させることは可能ですか?」


「かしこまりました。手配致しましょう。それとフリード様には明日、帰宅後、すぐにレリアーナ様が帰還されたことをお伝えします。それでよろしいでしょうか?」


「はい、お願いしますね。……行こ、アレックス」


 レイチェルは俺の手をグイッと引っ張った。


「えっ、あっ、うん」


 俺はレイチェルに引っ張られて、屋敷の方へ向かって行く。


「正面から入ると人に会うかもしれないから……」


「!?」


 レイチェルは言いながら、また俺を抱き抱えて飛んだ。


 そして、二階のバルコニーへ着地する。


「だから、いきなりはびっくりするよ」


 俺は小さい声で言った。


「ごめんごめん。さてと、ここが私の部屋だよ」


「でも、どうやって入るんだい」


「ふふふ、それはね」


 レイチェルは得意気な表情で窓に触れた。

 するとカチッという音がする。


「私の魔力を流すと部屋の鍵が外れるようになっているんだよ」


 言いながら、レイチェルは窓を開けて、部屋の中へ入る。


「ここが君の部屋なんだね」


 部屋の中には必要な家具しか置いていないようだが、全てが高価そうだった。


「この部屋、椅子は一つしかないから、こっち」


 レイチェルはそう言って、俺をベッドへ案内した

 二人で横になって腰掛ける。


「どう、驚いた?」


 レイチェルは悪戯の成功した子供のように笑う。


「理解が追いつかなくて、なんて返したらいいか分からないよ」


 俺は額に手を当てながら言う。


「だよね。改めて、王弟フリードの長子、レリアーナと申します……なんちゃって」


「えっ、うん……」


 俺が困った表情をするとレイチェルも困った表情になった。


「やっぱり身構えるよね?」


「…………正直、ね」


 だってさ、勇者ってだけでも本来、俺なんかが一緒にいられる存在じゃない。

 その上、王族なんて…………魔法の才能も無い平民の俺からしたら、遠すぎる存在だ。

 

 本来、こんな風に手を繋げる存在じゃない。


「無理だったら、諦めるけど今までみたいに話したり、接してほしいなぁ」


 レイチェルは握っている手に力を入れる。

 今までと関係が変わってしまうのが不安なのだろう。


 彼女は俺のことを初めて出来た同世代の友達だと言っていた。


 そりゃそうだ。

 レイチェルの身分を知って、普通の友達になれる人なんていない。


 俺は深呼吸をし、

「君が望むなら今まで通りに接するよ」

となるべく、普通に話すように心がけた。


「緊張しているでしょ?」


「まぁね」と正直なことを言う。


「けど、君は君だ。身分が分かったからって、君の望まないことをしたくない」


「ありがとう」


 正直、レイチェルが王族だって分かって、緊張するし、恐れ多い。

 でも、レイチェルが望むなら俺も今まで通りの関係でいたいと思った。

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