第11話 生着替え

 レイチェルは「念の為」と言い、防音の魔法を試着室にかけた。


「俺は後ろを向いているよ」

 

「待って。正面を見ていてくれない?」


 俺はその提案に少し動揺した。


「えっと生着替えを俺に見せつけたいと?」


「……ぶん殴るよ?」


 レイチェルは侮蔑の視線を俺に向けた。


「冗談だよ」と俺が言うとレイチェルは大きな溜息をつく。


「もし、何かの間違いで着替え中にアレックスと離れたら、とんでもないことになる。恥ずかしがって、そんな事態になりたくないよ」


 確かにそれは最もな意見だった。


「分かったよ。じゃあ、上着を着る時は足首に触れるけどいいね?」


 レイチェルが「うん」と言ったので、俺はしゃがんで足首に触れた。


「『接着の魔法』を解除するよ。だから絶対に私の足首、離さないでね」


 レイチェルが言うと俺たちはお互いの手を離す。


 俺はレイチェルが着替えをしている最中、上を見なかった。


 それでも俺の頭上で女の子が着替えをしていると思うと緊張する。


「もう顔を上げてもいいよ」


 レイチェルに言われて、俺は目線をあげた。


 最初に目に入ったのはくびれた腰とへそだった。


 初日の水浴びをした時、レイチェルの裸を見てしまったが、あの時は夜だった。

 こうやって明るいところで見るとまた別の魅力がある。


「ねぇ、私のお腹をそんなに見ないでよ。恥ずかしい……」


「ごめん。見惚れてた。…………いや、失言だ」


 俺はボーっと本音を言ってしまった。


 怒られるかと思ったがレイチェルは、ふふん、と笑った。


「アレックスはこんな生活をしているのに全然、私に興味を示さないみたいだから同性愛者なのかな? 思い始めていたけど…………」


「おい」


「アレックスもちゃんと男なんだね。でも、腰とかへそに釘付けって変わってない? 男は胸が好きなんでしょ?」


 それは君が好きな官能小説の登場人物じゃないかな?


「少しだけ本音を言わせてもらうと俺が好きなのは太腿だ」


「ふ、太腿?」とレイチェルは少し困惑する。


「そうだ。だから、これを穿いた君の姿を見るのが楽しみだ」


 俺は短パンを手に取った。


「そう言われるとこの短パンを穿くことに少しだけ身の危険を感じるよ。穿くけど……」


 レイチェルは俺から短パンを受け取る。


 俺は今度、レイチェルの首に触れた。


 レイチェルの動きから察するに穿いていたズボンを脱ぎ始めたようだ。


「そんなに見つめられると恥ずかしんだけど」


「君の顔を見ていないと思わず、下を見てしまいそうなんだ」


「なに、馬鹿なことを言っているのかな?」


 レイチェルはそう言いながら、笑った。


「…………」

「…………」


 無言の気まずい時間が流れる。


「…………はい、着替え終わったよ。どう?」


 レイチェルが言ったので俺は視線を下へ移す。


 鍛えて引き締まった太腿が目に入った。

 けど、ガチガチに筋肉質ってわけじゃなくて、太腿の肉感はとても…………


「アレックス、目が凄い怖いんだけど?」


「ご、ごめん、つい…………」


 俺が動揺するとレイチェルは勝ち誇ったような表情になる。


「いいよ。アレックス、健康的な男性で安心した。――どう、変じゃない?」


 レイチェルはもう一度、服の感想を求める。


 今まで着ていた防具を脱ぐと年相応の女の子に見えるし、服は似合ってはいるけど…………


「やっぱり露出が多い気がするけど?」


「でも、こっちの方がアレックスが触りやすいでしょ?」


 またレイチェルはそんな言い方をした。


「おい、あんまり変な言い方をするなよ。カーテンの向こうであの店員さんが聞いているかもしれないだろ」


 俺が少し焦りながら言うと、

「心配ないよ。さっき『防音の魔法』を発動したでしょ?」

 レイチェルは澄ました顔で言った。

 

 そういえば、そうだった。


「だから何をしてもバレない空間なんだよね、ここは」


「また思春期が出てるよ」


 俺が指摘するとレイチェルは咳払いをした。


「さ、さてと、じゃあ、この服を買おうかな」


 レイチェルは今まで着ていた服をしまい始めた。


「そのまま行くつもり?」


「だって、こっちの方が私も動きやすいし、それに……」


 レイチェルはズイッ、と俺に顔を近づけた。


「変態さんが私の着替えでまた興奮したら大変だからね」


「なんだって、そんな変態がいるのか?」


「…………」


 レイチェルはジト目で数秒、俺を見ていた。

 それから「行こっか」と言い、カーテンを開ける。


 すると目前にはあの店員さんがいた。


「あれ、何も聞こえなかったんですけど?」


 店員さんが少し残念そうに言う。

 盗み聞ぎするつもりだったのを隠しもしないのかよ。


「何も話しませんでしたから」


 俺は淡々と答えると、店員さんはなおも不満そうだった。


「店員さん、この服を買います。それと大きさと見た目が同じような服をあと三着もらえますか?」


「そんなにお金はあるんですか?」


 店員さんが心配そうに質問するとレイチェルは金貨を見せた。


「これでどうでしょうか?」


 すると店員さんは笑顔になる。


「はい、問題ありません。今、着ているようなエロい服をあと五着ですね!」


 おい、一言もエロい服なんて言ってないぞ。

 というか、自分の店で扱っている服をエロいとかいうなよ。


 店員さんはテキパキと服を選んで持ってくる。


 レイチェルは一応、サイズを確認したが、試着はせずに会計を済ませて服屋を出た。

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