01

貧民窟の借家アパートに腰を据えて1ヶ月。

様子を見に行かせた使い魔からの音沙汰は……未だにない。

……あの跳ね馬め、一体どこで油売ってるんだ……。

御傍警護衆トリニティに帰投し、兵士の義務を果たしながらもイライラ鬱屈した気持ちのまま過ごしていたある日、ハンクは同期のレスティに誘われて路地裏の酒場を訪れていた。

というのも、普段いつも以上に険しい表情で剣呑な態度の上司に部下たちが萎縮しているのを見るに見兼ねたレスティが助け舟を出したのだ。


「で、ハンク……正直に答えろ。その…なんつったっけ、」


「エマだ」


「そう。そのエマさんとはぐれた経緯、もっかい整理するぜ?お前とエマさんは、へクセの血を引く最後の生き残り…で、こっからが重要!最初に彼女とか紹介してたけども、奥手なお前のことだからちゃんと告白してねえんじゃないのか?」


ぎくっ。


「あ、今ちょっとギクッとなったろ。お前って本当にわかりやすい奴。面と向かって好きって伝えたのかよ?」


「…伝えて、いない…」


「だと思った…。恋愛ってのは、ただ一方だけが好きなだけじゃ成り立たねえ。感情をしっかり伝えて、受け入れてもらえて漸く成立するんだぜ…」


言われたこと全てが当て嵌っていて反論すらできず、ハンクはカウンター席の机にガックリと俯せる。

エマが淡い花のように微笑むのを傍らで見ているだけで幸せで…そのうち“好きだ”と伝えようと思っていたけれど、彼女は行方知れず。


「追いかけるなら今だぞ…酒代サービスしてやるからガンバレ〜…」


「す、済まない。恩に着る…」


ここはレスティの実家が家族経営する大衆酒場NOIRノワール。アルコールの種類もさることながら、料理の数もそれに負けずに多い。


「なーに偉そうに説教たれてんのよアホ兄貴、万年彼女ナシなのにねえ。はい注文お待ちどうさま~」


私服とはいえ、むさい男二人組が酢っ辛い空気を漂わせていると、ふいにその空気を裂くような明るい女の声が割り入ってきた。


「うっせ。余計な世話だっつの…」


遠慮ぎみに「ご家族の…?」と訊ねるハンクに、会話に割り込んできた女性…


「カーティアです。こちらこそ、兄がお世話になってます」


レスティの妹・カーティアは、にっこりと大輪の花のような笑顔で溌剌と応えた。

レスティ同様に人狼カムルイ狐族ラルーガの混血なのだという彼女は、どちらかといえば狐族ラルーガ寄りのまさに大輪の美女、そんな華やかな印象だ。


「おーい、どうしたハンク。見惚みとれたかぁ?」


「えっ。いや、その…不躾に済まない!」


レスティに肩を組んで絡まれてようやく我に返ったハンクは、自分が思うよりも長くカーティアを見ていたことに驚く。

……ほんの一瞬だが、エマのことを忘れていた?何だろう、この不安は。……


「謙虚なひとねえ。ほーんと、バカ兄貴に爪の垢煎じて飲ませてやりたいわ〜…」


「なんだよ、やけに庇うじゃねえか。あ、分かった!お前もいい歳だから…」


「はいジョッキ追加〜〜!!」


……ゴイーーン!……


「んがはっ!こ……っの暴力アマ〜…」


「余計なこと言うからですぅ〜!」


…余計な話を口走ろうとしたレスティの頭に、巨大で頑丈そうなジョッキが勢いよく直撃した。

痛そうだが自業自得な彼に、ハンクはかける言葉を探して焦るばかり。


「ねえ、さっきの会話聞いてたんだけど…お兄さん、悩み事かなにか?」


「ああ。…少し、な」


「ふうん……その様子だと、女性がらみね」


「!」


見事に言い当てられたハンクは、大きく目を瞠る。その反応を受けたカーティアは、バーガンディに染めた唇をにんまりと笑の形に歪めた。

……話してもいないのに、なぜ分かるんだ?!……

そんな感情が顔に出ていたのだろう、カーティアが“堪らない”と言わんばかりの身振りで肩をわななかせる。


「そんな表情かおしていたら、誰だってそう考えると思います…その話、私にも聞かせて下さらない?」


白くて華奢なカーティアの手が、手袋ごしにだがそっと重ねて触れてくる。

ねっとりと甘い声音とブルーアイに捕われ、ハンクはゆっくりと生唾を飲んだ。



「うんうん。それで、ハンクさんはなんて答えたんです?」


「あの時は、君さえいれば何もいらないと…」


「わあ、情熱的っ。それで、エマさんは何て?」


「はにかみながら、嬉しい…と。エマは本当に可愛いんだよ…」


「でも、彼女とははぐれてしまったのでしょ。それはどうして?」


「エマの具合が悪くてな。フェネルト郊外の村、ルフナで知り合った女医に一時世話になったんだが、その女医め…エマを追い出したんだ…」


「すぐ探しに行ったの?」


カーティアの問いかけに、ハンクは応えなかった。

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