01


人狼カムルイの嗅覚を頼りにして草の根を掻き分けて探すも、雨と農土の匂いが存外に強くて、エマを捜すことは叶わなかった。

……精神的に脆い部分もあるから、今頃は何処かで震えているに違いない。


居てもたってもいられずハンクは外套を羽織って外へ駆け出そうとしたが、不意にイリザに裾を掴まれ阻止されてしまった。


「離してくれ!早く探さなければ、風邪をひかせてしまう」


「はん、恩知らずも甚だしいね。自分から出ていったんだ、放っときな。それよりアンタ、エマから聞いたよ。アンタらは夫婦つがいでもなんでもないんだってね!なら、アタシと居なよォ」


ぶよぶよに肥った巨体が背中に密着してきて、その悍ましい感触に背筋が粟立ち、顔が青褪める。


「か、勘弁してくれ…」


豚の脂身のような感触が気持ち悪くて、ハンクは即座に身を翻して距離を取った。

エマが戻らなくなった後から、イリザはやけに好意的になって長期滞在を勧めてきたが、それを丁重に断った。


「アンタも変わってるねえ。ガリガリに痩せて乳ばかり大きい女の、一体どこがいいのやら。どんなに見た目が良くたって、子を産めない女なんて女じゃないよ…っ」


「それが医者の言うことか。アンタのことは“いい医者”だと思っていたが、どうやら買い被っていたようだ」


エマに対して良くない感情を抱いていたらしいイリザがしきりにエマを貶して笑うので、ハンクは会話すら交したくなくなり3日間部屋に閉じこもった後にイリザの家を出たのだった。



衝撃の出会いから2週間。

最近のトーラスの日課は、未だ目覚めない少女の病床に見舞い、他愛もない日々の出来事を聴かせることだった。

ガルム師によれば、無事に低栄養状態を脱して小康状態を保っているようで、いつ目が醒めても可笑しくないらしい。

覚醒のトリガーになっているのは恐らく精神的な機微であり、それが彼女の心を重く閉ざしているのだという。


「よし、今日も異常はなし。……それにしても、お前はどこから来たんだ?」


白い貴婦人けだまは主人の肩口で丸くなって就寝中、ガルム師は(用事で出かけて)留守。

2人きりという状況に少しばかり気が大胆になったトーラスは、そっと少女の頬に触れながら目を細めた。

心地よい温もり、拍動は彼女が生きている証拠だ。

世話を始めた時から思っていたが、淡い金色の髪はいつまでも触っていたくなるほど手触りが良くて、肌は白くキメ細やか。それに、トーラスが知る女性陣の誰よりも美人だ。


「ろくでないことを、考えてはおるまいな?」


世話をしながら同時進行で別の感情を育てつつあるトーラスを、今し方帰宅したガルムが背後から諌める。

しかし芽吹き出した感情に歯止めなど掛かる訳もなく、トーラスはより一層少女の世話を焼くようになった。

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