3章 信じ手

人馬族ムグルの青年トーラスは、用事を済ませた帰り道に畑の畔で座り込んでいる少女を見つけた。


「おい、大丈夫か!?」


こんな悪天の中で薄着、しかも裸足だなんて犯罪にでも巻き込まれたのだろうか!?

少女に寄り添っている白い貴婦人けだまに理由を尋ねると、“信じていた男に裏切られて、今にも死にそうだから助けて欲しい”と懇願され───とりあえず毛玉ごと人馬族の集落まで抱えて帰ってきた。


同族たちには“人間を攫ってきた”と集中砲火されたが、なんとか彼女が魔族であることを説明したトーラスは、集落の奥に住む医者の処に少女を持ち込んだ。


「ガルム爺!この子を助けてっ」


「トーラス……今度は何を拾って、って人間エダイン・ウルグではないか。別嬪さんじゃが、ワシゃあ人間は助けんぞ」


「違うって、この子は魔族だよ。魔力の感じからして人狼族カムルイじゃないかな…?」


「ぶわっかもん!」


自信がなく、おまけに嘘を吐いているトーラスを長年の付き合いのガルム爺が見破れない筈もなく、稲妻もかくやな拳骨が頭に沈む。


「犬どもの魔力とは、明らかに質が違っておる。弟子のくせに、そんなことも分からんとはのう…」


「うう……毒舌師匠ジジイめ」


あーやだやだ。と肩を竦めるガルム師に立つ瀬もなく毒を吐かれたトーラスは、言い返すこともできずガックリと項垂れるしかない。


「おそらくだがな、彼女はへクセではないかとワシは思うのだが、トーラスよ…おぬしはどう見る?」


テキパキと診察しながら、ガルムは薬棚から必要な薬草を適量掴み出す。そして手早く薬研で磨り潰して粉にすると、湯で練って薬湯を作った。


「へクセって、確か人間エダイン・ウルグと戦争した初めの種族だったよね…。50年前に全滅したんじゃ?」


炉端の火灯りに照らされる少女の白い顔色が、まるで死に顔のように見えて、トーラスは頭を振って余念を払い落とす。


「史実ではそう言われとるがの。方法は分からんが、この子は生き長らえたのだな」


背中に枕を差し入れて上体を起こすと、呼吸を確認しながら薬湯を飲ませていく。

診断の結果、低体温症と低栄養状態であることが判明した。医者にかかった形跡もみてとれたが、満足な治療をして貰えなかったのだろう。

とりあえず血に栄養を与える薬を飲ませてみたものの、心拍が弱いのが心配でガルムは眉間を険しくさせた。


「ねえ、大丈夫だよね。この子、助かる?」


「ここまで状態の悪い患者は初めてじゃ。できる限り手は尽くさしてもらうが…約束はできん。とりあえずは様子を見よう…」


「……うん」


それから、トーラスはガルム師と共に少女の面倒を診た。

2人の綿密な診療のおかげで、少女の肌色には僅かながらも赤みが差してきていた──が、依然として彼女は眠ったままだった。

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