01


レネディール北西の山岳部に住む人間エダイン・ウルグは亡びたが、人間の砦は海辺にも存在していた。

北西の山岳を尾根伝いに東に降っていくと、やがて入り江の向こうに広い砂州の浜辺に辿り着く。

ここはレネディール北東部 トグル地方。

トグルという地名のとおり海流が荒く、場所によっては渦潮が発生する航行の難所だ。

一方、その海辺に暮らす人間エダイン・ウルグたちは山の人間エダイン・ウルグよりもかなり穏やかな性格で、周辺に暮らす亜人族(人狼族カムルイ狐族ラルーガ兎族トルク)とも良好な関係を保っている。


現在でこそ平穏そのものに海辺で生きる彼らだが、この安寧の地に祖先が定着した道程は、苦労の連続だった。

何とか都市部へ侵攻せんとしていた人間エダイン・ウルグたちだが、魔族も黙ってはいない。

戦意を挫くほどのを軍勢で待ち構え、人間らを迎撃したのである。

自分たちの数を上回る強兵つわものを相手に呆気なく敗退した人間たちは、常に居所を焼かれ…やがて海へと追いやられた。

レネディール大陸を囲む海には上体は美男美女、しかし腰から下は海龍もしくは怪魚の身体を持つ獰猛な海魔オルクが数多く生息している。

雑食性である彼らにとって、逃げ惑う人間たちは格好の獲物であった。

命からがら魔族の攻撃から逃げて藁にも縋る思いで船を漕ぐが、海魔は楽に口に入る人間えものを逃がすハズもない。

数百いた人間たちはあっという間に喰われていき、偶然生き残って岸に辿り着いたのは正味40人ほど───これが、いま現存している海辺に暮らす人間エダイン・ウルグの直接の祖先である。


そんなことで彼らは魔族との争いから手を引き、平穏な生活を選んだ。


……それなのに、人生とは覚束ないものだ。

海辺の砦に武装した同族の男が来たのは、すっかり暮れ泥んだ夕暮れの時分だった。

肩に矢が刺さった満身創痍の物々しい出で立ちを見た海辺の人間エダイン・ウルグの女達は眉を顰め、男たちは顔を見合わせると自分達の長を呼びに向かった。

海辺の人間エダイン・ウルグたちの長はルイザという勝気な若い女で、折しも病死した父親から長の地位を譲り受けたばかりだったが意思が強く、しっかりしたと真当な思想の持ち主だった。

───女が長か、しかもまだ若い。前任者から地位を継いだばかりと見える。

長の居室に案内された男-アゾルは、目敏く女長の身の上を推察しながら外套を脱いで名を名乗った。


「お初に目にかかる。俺の名はアゾル……これより北西の山から逃れてきた…」


ルイザは、この砦以外にも同じような人間が他にも居ることを前任者である父親から聞いていたので驚きはしなかった。

満身創痍で己が砦から逃れてきたと言ったアゾルに、海辺の男たちは口々に質問を投げかける。

そんな中、戦災いだとどよむ男たちの誰かが言った。


「こら、お前たち…静かにしないか。ぜひ、貴殿の話を聞かせて欲しい。だが、その前に手当が先だな……すまないが、彼を手当してやってくれ」


呼ぶ手に寄せられ、素早く傍らに控えた数人の使用人に、ルイザはアゾルを託した。


平和を選んだはずの海辺の人間エダイン・ウルグたちの前に今、再び戦の暗雲が立ち込めようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る