動乱のエダイン・ウルグ篇

1章 エダイン・ウルグ


レネディール大陸北西部。人狼族の暮らすこの地方の気候は極寒を極め、まばらに針葉樹林が山肌を覆っている。

岩肌と暗緑の木々ばかりの寒々しい景色はいま、砲撃-爆炎の赤色に染まっていた。

耳を聾する轟音の砲撃が止むと、すぐに指示の胴間声が鉄砲隊に号令を下す。


「射手、ようく引き付けて────放てい!!」


仕掛けてきた側である人間エダイン・ウルグだが───脆弱なくせに槍を振り回し、奪った馬を駆って調子に乗っていたツケが回ってきたようで当初に比べて明らかに戦力が削げ落ちはじめていた。

暫くはしぶとく逃げ回っていたが、今や奪ったはずの馬にも逃げられ、自分の足で敗走するしかない状況に陥っていた。

もちろん、この好機を逃す魔族軍ではない。


戦が起こることを予期し、各拠点の1つ…北西のルーテルにある拠点を予め三日前に発った援軍が早々に到着したおかげで、遂に敗走する人間どもの残党を更に雪深い冬山に追いやり、始末することに成功していた。

※ルーテルは港町。首都リジアまでは騎馬で2日ほど。


自分たちが“弱い”と看做した者は、魔族であろうとシロアリのごとく食らいついて亡ぼす、それが人間エダイン・ウルグだ。

一刻も早くこのレネディールから外来種たる人間を駆逐せんと、人狼の少年兵レスティはきつく拳を握り締めた。



人間エダイン・ウルグの長、アゾルの目的は、邪魔な魔族を何とか殺傷して人間至高の国を作ることだった。

人間は、この地に根付いて日が浅い。

アゾルの父が初めに人族の砦を造り上げてから50年になるが、相も変わらず魔族は人間を蔑み追い出そうと働いた。

─────この世界は、不平等で残忍だ。

子供の時代、魔族の兵士に母親を目の前で殺された時から、今も尚ずっとその感情は忘れていない。

魔族の追撃をようやく逃れたアゾルは、人族の砦に残してきた仲間と家族の身を案じながら砦への道に続く暗がりを走り抜けた。

────しかしようやく辿り着いた彼が見たのは火を掛けられて燃え盛る砦と、殺され冷たくなった仲間たちと家族の骸だった。


「ヤツらは悪魔だ。だから、こんな血も涙もない所業ができるんだ…っ!」


この世界が、魔族だけのものだなんて一体誰が決めた?

エダイン・ウルグとは魔力を持たぬ獣という蔑称だ。自分たち人間は、古くから魔族の娯楽として狩られ、奴隷とされてきた。

古い時代の奴隷制が今も根強く残る今もまた、魔力を持たぬ人間に価値などない…と、ばかりに魔族は先祖が苦労して築いた砦を焼き、生まれたばかりの赤子まで殺す、まさにこれこそ鬼の所業だ。

かつて目の前で母親を殺され、殺された兄弟の腹の下に匿われて何とか生きながらえたアゾルは魔族への憎悪を噛み締めながら、雄叫びを上げた。

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