03

「…アイツら、そろそろヤバイから…血迷って刃傷沙汰になるかも…。調子に乗ってさんざ甚振いたぶってくれたけど、遂に潮時ね。いい気味だわ」


嘲笑を含んで底冷えのする冷酷な孔雀色の眸が、ゆらゆらと光を宿してわらう。

長年貯めに貯めた怨念を晴らせる瞬間が待ち遠しくて仕方がないと、瞳には爛々と害意が揺れていた。


「…掛け流しの湯水みたいに金使ってるそのクセ、出所が何処なのかも自覚がない。いま息をしてるのだって全部父親の借金の上に成り立ってるのにね…」


笑っちゃうわ、と喉の底で嗤うエマに、ハンクは強い怨念を感じて息を呑む。


「叔父の懐に依存してろくに働かないで遊び歩いていたから、負債は膨れ上がる一方。おまけに金蔓だった私が仕事を辞めた。この後の状況、分かるわよね?」


「…最終通告、か」


「その通り…。もうアイツらは堕ちるところまで堕ちたってワケ。退屈な道化ごっこはもう御仕舞い。これからが、本当のお遊戯の時間ってね。くくく…さぁてアイツら、どう踊ってくれるのかしら? 奴らの慌てっぷり、見ものだわ」


憎悪に染まった瞳は美しく燃え上がり、どこか泣きそうでもあった。


「俺はいつでもお前の味方だよ。うまく、いくといいな…」


「うふふ…ああ着いたわね…降りるわよ」


ハンクは、喉元に擦り寄るエマを受け止めながら頭を撫でる。

その優しさに応えるようにして、エマもハンクの胸板に身を委ねた。

ふいに次の停留所への到着を告げるアナウンスが入る──その寸前に、エマは空いた左手で下車ブザーを押した。



エマの生家は、終点で降りてすぐの立地にある。

バスを下車した二人は、気配を押し殺しながら注意深く路地を行く。

比較的裕福な世帯が密集しているため、どれもが立派な門構えの邸宅が並列している。

その中でも、ひときわ豪奢で大きな邸宅が、エマの生家であった。

緑の蔦が這う、鉄黒アイアンブラックの大門。表門から進むと、白と煉瓦色のタイルが整然とシンメトリーを呈している。


風景だけなら常に穏やかな景観だが、今日だけは様子が違っていた。

物々しく退路を塞ぐように停まる黒塗りの高級車が二台。そして、極めつけはサングラスをかけて黒スーツ姿が決まっている明らかにヤのつく自由業だろう男達がたむろしている。


「あら、まあ。おベンツ…だわね。アチラさんの方が一足早かったのね」


皆まで言わずとも解る、取り立て屋だ。

この様子では、裏門にも表と同程度の人員と、車が待機しているのだろう。


「……奴ら、何者だ?」


「静かに。あれは取り立て屋よ。こっちから手を打たずとも、勝手に自滅してくれるなんてツイてるわ。奴らも、これで遂にお陀仏だ」


その様子を離れた場所から見ていたエマは、ハンクに向けて艶然と笑う。


「ねぇハンク、ちょっと耳貸して?」


計画とはこうだ。

まず妹の友人を装い、門前にたむろしている取り立て屋達に10分だけ話をさせてもらう約束を取りつける。

そして、いつもの顔で帰宅したフリをし、難癖をつけてくるだろう下等生物二匹に渾身の復讐を果たすのだ。

たとえ話が長引こうが、その時は外に待機している取り立て屋達が踏み込んでくるだろう。

だが、そんなのは此方の知った事では無いので、あとは混乱に便乗して脱出するだけである。

エマはハンクに計画の全貌を説明すると、にいやりと含み笑う。

無邪気さを含みながら、芯はどこまでも冷徹なそれは、まさに獲物に的を定めた悪魔の笑顔だった。

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