第2話

 楽しそうな表情をしながら帰ってきたからか、姉の美咲が「楽しそうなことでもあったの」と尋ねてきた。


「あったよ」

「そうなんだ。それって、女の子と関係がある?」

「あるよ」

「そうなんだ~」


 ニヤリと笑う美咲姉さん。


「そうか、そうか。愚弟にも女の子の友達ができたか~」

「友達……なのかな。俺にはよくわかんねえわ」

「その女の子達ってさ、コウ君とどういう関わり合いをしているの?」


 美咲姉さんが尋ねる。


「クラスメートで、お昼にお弁当を広げて食べるような、そんな関わり」

「じゃあ、友達じゃん! コウ君が首をかしげる必要ってある?」

「えー、そんなものなのか?」


 友達ができたことがないので、感覚がよくわからないが、姉さんが肯定的に捉えるってことは、そういうことなのだろう。


「それじゃ、明日のお弁当はサンドイッチにしようかな」

「どこからそういう発想につながるんだ」


 SNSで投稿する文面に変換するとなると、さっきの俺の発言は語尾に「w」がつく。


「その方が、色とりどりだね~って、その女の子達が言うじゃないかなぁって思って」

「まあ……姉さんがそう思うなら、それでいいと思うけど……」


 姉さんも楽しそうにしている。

 どうして、こう、俺の周りの女性陣は楽しそうなことを思いつくのだろうか。不思議だ。


 △▼△▼△▼


 ゴールデンウィークも近づいたある日の昼休み。

 毎日の恒例になった、森崎さんと望月さんとのお弁当タイム。


「……ふと思ったんだけど」


 お弁当を食べ終わり、お茶で一服していたところ、森崎さんが言い出した。


「館野君は、私とユイ、どっちが好きなの?」

「好き、っていうのは、友達としてなのか、異性としてなのか、てこと?」


 俺は聞き返す。


「『彼女』として……かな」


 またしても、森崎さんの根拠のない問いかけかな。

 ――そうだとしたら、俺は………。


「望月さんの方……かなって」

「えっ、私?」


 呼ばれた方は、驚いているようだ。……それもそうだな。


「もちろん、望月さんが嫌じゃないなら、俺は今まで以上に望月さんと仲良くしていきたい」

「そう……思っているんだ」

「あぁ」

「そっか……。そう、なんだ……」


 望月さんの反応がどうなのか、というのは分かりかねるが、嫌ではないと感じた。


「――それで、森崎さん。いつものように、今の問いかけに根拠はないんですね?」

「ないよ」


 やっぱりか。唐突に聞いてくるから、またかな、と思ったら、そうだったらしい。


 △▼△▼△▼


 ゴールデンウィーク期間中のある夜に、俺のスマホが着信音を鳴らした。

 画面を見ると、Linieリーニエでメッセージを受信したらしく、通知欄を開けてみると「今、大丈夫?」と、望月さんからのメッセージだった。


【うん。どうしたの、望月さん?】

【今から出かけられる?】


 メッセージを受信したのが、夜の7時頃。

 まだお風呂に入っていないから出かけようと思えば出かけられる。それにまだ両親は帰ってきていない。

 あとは、美咲姉さんの承諾を得られれば大丈夫なはずだ。


【ちょっと待って】


 俺は望月さんに送信して、姉さんのところへ向かう。

 リビングに向かうと、姉さんはテレビを見ていた。


「美咲姉さん」

「なに?」

「今から出かけるんだけど、いいかな」

「友達の付き合いみたいなもの?」

「そうなんだけど」

「……女の子かなァ?」


 ニヤニヤしながら美咲姉さんは言う。


「ま、……まあ、そう、なんだけど」

「フフッ。いいわよ。お母さん達には、怒られないで済む理由をつけておくから」


 ……と、姉の承諾は得られた。


【出かけられるよ】


 自分の部屋に戻ったあと、望月さんに再びメッセージを送信する。


【それならよかった。場所はあとで連絡するからそこに来て】


 望月さんが指定した待ち合わせ場所まで向かった。

 JRの駅から歩いていける比較的標高の高い神社で、あまり都会の光も入らなさそうな場所だった。


「ごめんね、急に呼び出しちゃったりして」

「いいよ。姉さんが『いいよ』って言ってくれたし」


 望月さんと向かい合って言う。


「お姉さん?」

「あぁ。俺と姉さんと両親で生活しているから」


 へぇ、と言いながら、望月さんはセッティングしていた。


「……それは?」

「望遠鏡。ここからだったら、都会の光もそう届かないから、見えやすいって思ってね」

「見えやすい……って、天体観測を?」

「うん。……私、星空を見るの、好きなんだ」


 覗き込むと、キレイな星々が望遠鏡の筒を通してよく見える。

 なるほど。これは確かにそうかもしれない。


「望月さんはどれぐらいの頻度で見ているの?」

「時々、って感じかな。季節の変わり目には一回見る、というのは絶対なんだけど」

「そうなんだ」


 ということは、今は春から新緑の季節、そして初夏に変わっていく雰囲気だから、彼女の言う『季節の変わり目』なんだろうか。


「……でも、なんで俺を誘ったの?」

「それは単純に、館野君にも見てもらいたかったから、だよ」


 そうなんだ、と、その時は返した。

 あとで、美咲姉さんにそのことを言うと、面白いことを見つけたような顔をしながら、俺のことを好きになってるんじゃないの、と言ってきたのだった。


 △▼△▼△▼


 ゴールデンウィークが終わった直後の放課後。

 森崎さんに呼ばれて待っていたら、出てきたのは、望月さんだった。


「美鈴に呼ばれたと思ったら、館野君だけ……?」

「俺も森崎さんに呼ばれてここで待ってたんだよ」


 どうやら、お互いに森崎さんに呼ばれただけで、当の本人がいなかったようだ。


「――あ、美鈴からだ。……『館野君と一緒に帰ってあげて』って……。全く……美鈴のバカ」

「望月さん?」


 俺が呼びかけると、

「あ、うん。美鈴が館野君と一緒に帰ってあげて、って」

 と、望月さんは答える。


「………森崎さん」


 やれやれと言った気持ちで、ため息を吐きながら、俺は言う。


「しょうがないし、帰ろっか」

「ですね」


 望月さんと一緒に帰路を歩くのは、初めてだ。


「望月さんは、いつもこの時間に?」

「そうね。天体の講義がない時は、この時間になるかしら」

「天体の講義?」

「そう。希望者だけ受けられるっていう授業だけどね」


 基本的に六時間目で一日の授業は終わるのだが、放課後に希望者が受けられる授業がある。そのうちの一つが、彼女の言う天体の講義だ。

 望月さんはその講義に参加しているという。……星空を見ることを趣味としている彼女なら、そうなんだろうなという予測は簡単につく。


「そうなんだ。……ということは、望月さんは将来、天体観測をする仕事に就きたいの?」


 俺の言葉に首を縦に振る望月さん。


「それが私の夢なの」

「夢、か……」


 俺はただ呆然と生きているだけだから、彼女のように将来を見つめて、今を生きている人が眩しく感じる。


「すごいな、望月さんは。俺には……」

「――大丈夫だよ。館野君にも『夢』を持つことはできるわ。私はなりたい、って思ったものが、もう見つかったっていうだけの話だから」


 望月さんは言う。


「あのさ」

「なに?」

「俺も、望月さんと同じ講義を受けてみようと思う」

「本当に?」

「あぁ。……動機は不純だけどね」


 男子高校生らしい、と言えば、らしい理由かもしれない。

 気になる女の子といる時間を増やしたいという。


「それでもいいよ。明日の放課後にあるから、一緒に受けようよ」


 わかった、と頷く俺。

 翌日の放課後、望月さんと一緒に俺は天体の講義を受けることになる。

 自由席だったので、望月さんの隣に座って講義を聞いていた。

 内容はあまり頭に入ってこなかったが、なにかのキッカケになればいいと考えることにした。


 △▼△▼△▼


 初夏の陽気も近づいてきたある日の昼休み。

 俺は望月さんに呼ばれて、一緒に屋上に上がっていた。

 前日に、望月さんがお弁当を作って一緒に食べよう、と言ってきたので、お茶の入った水筒以外は持ってきていない。

 いつもしているように、ベンチに腰掛けて……ということではなく、食事スペースとして解放されている場所で、レジャーシートを広げてそこに座ることになった。

 そして、俺のために用意されたお弁当は、いつも見ているお弁当の光景にかなり似ているが、ひとつだけ手作り感があふれるおかずがあった。


(……手作りと言えば、定番、か)


 少しだけ茶色が見える黄色い物体。……卵焼きである。

 それ以外は、彩りを重視した冷凍食品であった。

 なるほど。

 早速、野菜から手にして、お弁当を食べ始める。

 そうして、卵焼きを手にした時、望月さんが口を出した。


「そ、それは……」

「これ、望月さんが頑張ったの?」

「う、うん……」


 見た目は茶色がかった黄色い物体、という感じである。

 味の方はどうだろうか……。


(……ン? 少し甘いな)


 美咲姉さんや俺の母親が同じものを作る時は、砂糖を入れたりはしないのだけど。


「どう……かな」

「うん。いけるよ」


 少しだけ砂糖が入って甘い卵焼きも有りだな、と思うぐらいだった。

 悪くない。悪くないぞ。

 そう思いながら、お弁当をしっかりかき込んでいた。


 △▼△▼△▼


 日曜日。俺は、望月さんにプラネタリウム鑑賞に誘われた。

 待ち合わせ場所は、場所の近くの私鉄の駅前で開演一時間前に、ということだった。

 着いたのが開演一時間半前だったが、気にするほどでもないと思っている。

 プラネタリウム鑑賞……ってことだけど、見方を変えれば、二人きりで出かけることになっているし、デートだって言われても納得がいく。

 ――それに誘われたのは、彼女が俺のために初めてお弁当を作って持ってきてくれた翌々日のこと。

 日曜日、つまり今日にプラネタリウム鑑賞の予約が取れたのだという。そこで、俺に白羽の矢が立ったのだ。

 理由としては、美鈴を誘っても退屈そうにしていそうだから、ということらしい。


「……それで、俺を誘ってみたってことですか?」

「そういうこと」


 と、望月さんはその時に言ったのだ。

 ――そして今、彼女が来るのを待っていた。


「お待たせ」


 そう言って現れた望月さんは、ワンピースを着て、日傘を差している。足元はおしゃれなサンダルのようなものだった。

 その様子がなんとも、彼女らしく、とても似合っている。


「それじゃ、行こう」

「あぁ」


 プラネタリウムの開演前に着くことができたので、落ち着いて席に座ることができた。

 指定席ではなかったので、望月さんは俺を隣に座るように促し、そのとおりに従う。

 開演して映像に感動していると、ふと手に柔らかい感触を覚え、目を向けると、彼女が俺の手を握っていたのだ。……どうしてなんだろう。

 望月さんが、なぜ俺の手を握ったのかが気になっていたが、プラネタリウムの映像と解説に意識を向かせることにした。

 プラネタリウムが終わったあと、俺達は近くの喫茶店に入り、向かい合って座っていた。


「来てよかったね」

「そうだね。感動したよ」


 彼女に誘われた感じの雰囲気で天体の講義を受けていてよかったと思った。

 プラネタリウムの映像に感動することができたから。

 割高ながらも、俺はコーヒーとサンドイッチを注文。望月さんも同じように注文したのだが……。


「……お腹空いていたの?」


 望月さんの前に並んでいるのは、コーヒーに大きめのハンバーガーだったのだ。


「あまり食べないようにしようかなって思ったんだけど、食べたくなっちゃったの……」

「ハハハ……」


 苦笑いを浮かべる俺。


「でも、なんというか、それが望月さんらし、ぶほっ」


 え、ちょっと待って。なんでおしぼりが俺の顔面に?


「もしかして……恥ずかしかったとか」

「決まってるでしょ! 女の子が男の子みたいな理由で、ってところに!」

「そんなものなの?」

「そんなものなの!」


 むーっ、とした顔をする望月さん。……うん、可愛い。


「なんか気にするところがかわ、」


 バチッ……………。

 またも顔面におしぼりが飛んできた。


「――浩平君ッ!!」

「ごめんごめん、望月さん」


 頬を赤く染めながらも、ハンバーガーを頬張る姿も可愛い。

 はぁ……。なんという満足そうな笑顔。

 ほんと、可愛いわ、この子。


「……どうしたの」


 ガン見していたせいで、気づかれて、睨まれた。


「いや、可愛いなぁ、っておも、」


 気づくより先に顔面に三度目のおしぼり。


「可愛い、って言っただけなのに……?」

「う~~~っ…………」


 なぜ睨まれる……。可愛いって言われるのがお気に召さないのか……???


 △▼△▼△▼


 喫茶店を出て、日傘を差しながら、プリプリしていると表現できる望月さんと歩く俺。


「……手、出して」

「え?」

「いいからっ」


 柔らかでしなやかそうな彼女の手が差し出されている。

 よくわからないまま、その手を握る俺。

 すると、ぐいっ、と引き寄せられた。


「さ、行こうっ」

「どこに?」

「どこでもいいでしょっ」


 どうやら俺のせいで、ご機嫌斜めらしい。あまり逆らわないようにした方が良さそうだ。

 そう思いながら、俺は望月さんの手を握ったまま、彼女の歩きに合わせていく。

 着いた先は、喫茶店から少し歩いたところにある大きな書店だった。


「本屋さん……?」

「そう。ここにね、買いたい本があるの」


 望月さんは小説本が置いてある区画へと歩いていく。

 そして、一つの本を手にした。


「恋の話? 天体系の本じゃなくて?」

「うん。天体系の本よりも、こっちが買いたい本なの」


 それが複数冊あったので、俺も手にとって内容を見る。

 内容は、幼なじみがヒロインのお話。主人公が幼なじみを『異性』として見始めてからの展開を描いたもののようだ。


(幼なじみ、か……)


 昔からの親友、というのも、幼なじみに該当するらしいので、おそらくこの物語の主人公とヒロインも、そんな関係性だったのだろうと思う。


「望月さんはどうしてこれを?」

「SNSで贔屓にしたい物書きがいてね、その人の新刊だから、ってことかな」


 なるほど、そういうことか。ならば、納得がいく。

 望月さんはその本を手にとってレジに持っていき、支払いを済ませてきた。


 △▼△▼△▼


「……今日は楽しかったよ、浩平君」


 JRの駅の改札口前で、微笑む望月さんだったが、どこか寂しそうな顔をしていた。


「俺もだよ、望月さん。……ってか、望月さんは最寄りの駅JRなんだ」

「そうだよ。そこから電車通学しているんだ」


 彼女は言う。……そう言えばさっきから、望月さんは俺のことを「浩平君」って呼んでいるな。

 俺に近づきたいっていう証拠、なのかな。


「それじゃ、ここでお別れだね」


 俺はここから私鉄のターミナル駅まで歩いて、その私鉄に乗って帰ることになる。

 最寄り駅が二つある関係上、望月さんと一緒にJRに乗って帰ることもできるが、割高なのである。

 なので、俺は今いる場所に出てくる時は、私鉄を使うのだ。


「そうなるんだね……」

「あぁ。それじゃ、望月さん、また明日学園で」

「うん。…………あ、待って」


 辺りを見渡してから、望月さんは俺に近づいて唇に触れた。


「…………それじゃあ、ね」


 そのあとは、そそくさと改札を通って、プラットホームの中へと消えていった。

 ――なんで、望月さんは、俺の唇に触れてきたんだろう。


 △▼△▼△▼


 帰りの電車の中で、私は自分のしたことを半ば後悔していた。

 ――なんで、あんなことをしたんだろうって……。

 浩平君はこれからも仲良くしていきたいって、言ってくれた男の子で、まだ友達なのに、どうして私は……。

 気持ちがぐちゃぐちゃになってしまった。

 家に帰っても、ぐちゃぐちゃな気持ちは続いていて、ぼんやりしていた。

 私は浩平君を『異性』として、好きになってしまったんだろうか……。


 △▼△▼△▼


 ――なんとなく、夢だろうなっていうのは、わかっていた。

 私のみる夢はふたつパターンがある。

 ひとつは、色がついているけど、音が全く聞こえない。

 もうひとつは、白黒だけど音が聞こえる。……今回は後者の方だった。


『今日も楽しかったよ、結花』


 浩平君の声音で呼び捨てにされる。多分、私たちはデートをして、その帰り道らしい。

 私がそうだねと言うと、浩平君が周りをキョロキョロしている。


『どうしたの、浩平君?』

『いいから、目をつぶって』


 言われた通り、目をつぶる私。


『……もういいよ』


 目を開くと、少しはにかんだような浩平君の顔。

 じゃあ……私は……?


『その……イヤ……だったかな……』

『そ、そんなわけ……!』

『なら、よかった……』


 ――そこで、スマホのアラームが鳴り響き、目が覚めた。


 △▼△▼△▼


 頭がすっきりしないまま、朝ごはんを食べて、制服に着替えて、学園に向かっていた。


「おはよー、ユイ」

「………? ……あぁ、うん、おはよう」

「どうしたの、ユイ? ぼんやりしちゃってるみたいだけど」

「あ……うん……」


 美鈴の声に反応がワンテンポ遅れる。


「昨日さ、館野君と出かけたんでしょ? なにかあったの?」


 ――!!

 ドキッ、とした。

 途端、浩平君のことを思い出し、昨日自分が彼にしたことを思い出して、ドキドキしてしまう。


「な、なにもなかったよ?」

「ホントー?」

「ホントだってば……ッ」


 そそくさと歩きだしてしまった。


「あ、ちょっと、ユイ!?」

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