旅を続けるビター、メルト、フィナンシェたちの前に一羽の白い鳩が飛んできた。

 王室の伝書鳩・サブレだ。

「くるっくー」

 サブレはメルトの頭上を数回飛び回り、やがて一通の手紙を渡した。

「なに。私宛て?」

 筒状になった手紙を開く。

 届いた紙にはこう書いてあった。


『デコレート王国・姫君様へ~季節のお茶会のお知らせ~』


「うげ」


 メルトがとても嫌そうな顔をした。


***


 手紙を貰いビター、メルト、フィナンシェたちは久しぶりに自分たちの故郷・デコレート王国へ戻った。

 手紙の端にはもう一枚メモ帳サイズの付箋が貼られていた。

 達筆で角ばった字面から、メルトの教育係兼執事の“カヌレ”からのものだとすぐ分かった。


~メルト様~


 お久し振りです。お元気でしょうか。御身体に変わりないですか。


 旅の途中で誠に恐縮でありますが、一度デコレート城へお戻りください。

 例の集会への件です。


 私わたくしはもう限界なのです。


 どうか、何卒、何卒……!!  

           

~カヌレ~


 やっぱりカヌレだった。

 彼の悲痛な叫びを文面からひしひしと感じた。

「なんで執事こんなに切羽詰まってんだ?」ビターが言う。

「鬼気迫る筆圧ですね……」フィナンシェが呟いた。

「はあ~今年もそんな季節が来たか。憂鬱」


メルトだけが知ってるようだった。



 たどり着いたデコレート王国の門をくぐりデコレート城に着くとテラス席へ導かれた。

 メルトが執事のカヌレにテラスでアフタヌーンティーを所望したからだ。

「今年も……あの季節がきたのね、カヌレ」

「はい、メルト様」

 トポポポ……

 紅茶を注ぎながらカヌレが首肯く。その表情はどこか沈鬱だ。


「なァそのお茶会ってなんだよ。手紙が来たからデコレートに戻ってきたんだろ」

 隣で紅茶を啜るビターが聞く。

「ええ」

 メルトがマカロンをかじりながら首肯いた。


「デコレート王国とその近辺にある国の姫君たちと年に一度お茶会という場で交流するの」


「へーお茶会があるなんてさすが王国のお姫さん。リッチだねェ。さぞ上手い紅茶とスイーツが貪れるんだろうな」


 そう嫌味を垂らすヤンキーの専属パティシエの男にフィナンシェはぴしっと前足を突きつけて諭すように言う。


「ビター様、お茶会といっても美味しいお菓子を食べるだけの楽しいだけとは限らないですよ。なにしろ一国の姫君、国同士の意見や情報を交える為の貴重な会談の場なのかもしれません」

「さすがフィナンシェ。ビターと違ってお利口さんね」

「俺は賢くないって言いたいのかよ!」

「へっ」

「ビター様どうどう」

「それにしても、あー、今年もそんな季節かぁ。めんどくさいことって何でこんな早く巡ってくるんだろう」


 ため息を吐くメルトはすごく嫌そう。


「行きたくなーい。毎回毎回よくも律儀に誘ってくるわね」

「メルト様は今までのお茶会はどう過ごされたんですか」

「え……っ?」

「いえ、毎年行われているお茶会なら例年と同じように振る舞えば良いかと」

 フィナンシェの言葉にギクッと肩を震わせるメルト。

 だらだらと汗が尋常じゃない。

「おいメルト? どうした脂汗かいて」

「メルト様?」

 顔色悪く何も喋らなくなったメルトの代わりに、


「そのことについて私が説明しよう」


 黙りこくるメルトを見かねカヌレが代わりに話してくれるようだった。


「お、説明してくれるのか」

「これに関しては私にも責任があるからな」

 センター分けの髪の毛に凛凛しい顔立ちを曇らせ、


「あれはメルト様にお茶会の報せが届いた五年前からのこと……」




 五年前。


『メルト様。いよいよメルト様初参加のお茶会ですが、御召し物はいかがなさいましょう』

『え~めんどくさいし眠いから休む』

『え!? 休む!?』

『だって眠すぎて身体がお茶会を拒否してるんだもん。無理なもんは無理』


【突然の意識朦朧により欠席】



 四年前。


『メルト様。今年のお茶会はどう致しましょうか』

『気持ち悪いしダルいから休む』


【突然の吐き気により欠席】



 三年前。


『メルト様。今年のお茶会は』

『外寒いし冷えるから休む』


【突然の悪寒により欠席】



 一昨年、去年と仮病に仮病を書き連ね、毎年お茶会参加を断り続けているのであった……


「……と、まあこんな感じでなんとか毎年参加を断っていたのだ」

「マ、マジかよ」

「そ。だから今年もそんな感じでよろしくカヌレ」

「ダメです」

「え!? なんで!!」

「これ以上欠席を続けては皆様方も不審に思われてしまいますし、各国との繋がりや交流関係も薄まってしまいます。なにより、私の欠席の理由のレパートリーがもう思いつきません……!!」


ううぅ……! とカヌレは膝から崩れ落ちた。


「最後の10割だろ」

「あーもーだったらビターが私の代わりに行ってきてよー」

「テメーッ! 俺行ったらボロ出しまくりでこの国滅ぶぞ!」

「そんなことで滅ぶ国なら滅んだ方がいいわよ」

「俺が国を滅ぼした原因になりたくないんだよ! てか代行なんて出来るか!」

「メルト様……こればかりは貴方様が出席してください」

「えーめんどくさぁ」

 そんなこんなでメルトは初めてお茶会に出席することを渋々承諾した。



 メルトのお茶会参加が決定し手紙に添えられた詳細をメルトは嫌々目を通す。

 手紙の内容を簡単にまとめるとこうらしい。

 お茶会は各国(ホイップ国、アラザン国、テンパリング国、マジパン国、グラニュー島、そしてデコレート王国)の六カ国から中間地点に位置するロイヤル・テラスという別荘で行われる。

 距離が均一なのは対等・平等を意味するとのこと。

「そういうのダルいわよね。対等平等って」

 ブーたれるメルトに聞こえないようにビターは小声でカヌレに耳打ちする。


「あのさ、そういうのでいうとメルトって大丈夫なのか」

「大丈夫とは」

「デコレート王国ってこの辺の国で一番デカい国だろ。王国いうくらいだし。つーか他のアラザンとかホイップとか聞いたことないし、そういう小さい国から見たメルトってあんま印象良くないんじゃねェ? 目の上のタンコブっつーか……」


「ふむ、輩のクセに勘が良いじゃないか」

「輩っていうなや」


「貴様の読みは概ね当たっている。何せデコレート以外の参加国はかなりの小国。国を謳う特産品の輸出量は僅か、食料の輸入に至ってはかなりデコレートからの恩恵を受けている。それは則ち、デコレート王国に並々ならぬコンプレックスを抱いているということ。他の国の姫たちはメルト様に間違いなくあたりを強くしてくる」


「ひがみからの意地悪ってか」

「そこでだ、輩。もしメルト様が窮地に陥った時、私たちでなんとかカバーするぞ」

「なんとかって?」

「お茶会には各国から二人入場が許される。姫と御付きの執事。私はデコレート城の執事でありメルト様の教育係。メルト様のフォローは私が請け負う。だから輩、ロバ殿には私のフォローをしてほしい」

「例えば」

「意地悪をした姫君たちの足元に小石を配置したりとか」

「お前大丈夫か」


 きっと可愛いご主人を思いやるあまりおかしくなっちゃってるんだな。

 目を血走らせるカヌレにビターはやれやれと息を吐く。


「まァ俺もメルトがいじめられるの黙って見るつもりはねェよ。任せろや。とっておきの小石探してやる。お、これなんかよくね?」

 さっそく石を拾っていると、

「あ、ビター、カヌレ。私の執事なんだけど、フィナンシェに頼むことにしたから」


ズシャアアアア!!

 カヌレが倒れこみビターの拾った石が額に刺さった。

「えーッ!?」

 なぜフィナンシェ!?

 突然の戦力外通告にビターは唖然、カヌレは額からだくだく血を流しながら魂を口から飛び出させ上空を彷徨っていた。


「だってカヌレ怖いしうるさいし、フィナンシェの方が優しくて話やすいし大好き。フィナンシェいれば大丈夫だもん」

「恐縮です」


 照れながら頬をぽりぽりかくフィナンシェは嬉しそうで完全にフィナンシェが付き添う流れになっていた。


「ということだから。私とフィナンシェでお茶会行ってくるからあんたたちは留守番でいいわよ。っていうか絶対お茶会来ないでよ。絶対よ!」



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