第19話  キマイラの身代わり

 ふむ。ここが件の洞窟か。なかなか頑丈そうな作りをしている。……元鉱山か?

 良質な鉱石が取れるかもしれんな。勝手な偏見だけど。

 良質な……魔力との親和性の高い鉱石は、錬金術の練習……習得にもってこいだ。


 しかし、ここにも……とはな。

 

「おい坊主、ここの洞窟に何がいるか知って来たのか?」


 酔っ払って……はいないようだ。

 だが、ハウスにいた連中とは比べ物にならない。Bランクもないだろうがな。


「知っている。キマイラだろ? あんたはここで何をして?」

「ライアルの新参か……?」

「ああ、そうだが……」

「キマイラは俺の相棒・・・・だ。誰にも、手出しはさせん。……キマイラを討伐したいなら、俺を倒し――」





 倒した。

 しかし、洞窟内には入らない。


 こいつがキマイラを相棒と、心の底から思っていることは……キマイラを想う感情は伝わって来た。

 男の想いに応え、私は入らない。


 男が目覚めるまでここで待つとしよう。

 大して強いダメージは与えていないから、すぐに目覚めるだろう。

 顎を殴って、軽い脳震盪を起こさせただけだしな。


「う…………うぅ……っ ――はっ! てめっ!」

「目が覚めたか。さて、話を聞かせて貰おう」

「は! 仮面を着けた怪しい子供に! 話すわけ――」


 私は一瞬、殺気を飛ばした。


「――あれは、骨まで凍るんじゃないかと思えるほど寒い夜だった」


 さすが、半端に強いと殺気に敏感だな。ペラペラと喋り出した。


「俺は仲間たちと魔獣討伐に向かって……壊滅した。傷だらけで一人、一晩過ごせる場所を探していたら、ある洞窟に辿り着いた。そこにはすでに先客が……一匹のキマイラがいてな。でもそのキマイラは俺を襲うことなく、それどころか癒してくれた。以来、俺とこいつは互いになくてはならない存在となったわけだ」


 中々簡潔な内容だったな。

 しかし、キマイラが人間を助けた? 何の見返りもなく?

 だが、男の言葉――波長から、嘘は感じられない。


 だがこの男のおかげで、この街のアドベンチャラーの体制が少しわかった。


「なるほど、キマイラが討伐されないわけだ。お前がライアルのトップを張っているため、誰も手出ししない、というわけか。そして、この話はハウスには伝わらない」


 故に、長らく誰も討伐しようとしてこなかったのだろう。

 この都市のアドベンチャラーたちは、まるでヤクザのような気配を持つ。上下関係もまるでヤクザだ。


 トップの言うことは逆らえない。

 いや、ただ逆らえないんじゃない。

 トップのことは尊敬している。故に、逆らわない。


「そういうことだ。俺はこいつを……命に代えても守りたい」

「お前がトップを張れているのは、単にこいつの存在だろう?」


 男は静かに頷いた。


 確かに、この男自身もライアルの中ではそこそこ強いが……話の限りでは、男の強さの源は確実にキマイラだ。

 キマイラがいるから、高難易度の依頼も達成できる。


 であれば、私はこのキマイラを討伐したりはしない。

 ……いや、したくないと言うべきか。


「しかし私はこうして、キマイラ討伐の依頼を受けている」

「な!?」


 私は依頼書を見せる。

 男は驚いているが、無理もない。


 優先順位の低い依頼内容だったから、公に張り出されていなかった。

 だから知らなかったのだろう。わざわざ依頼を受けるような人がいないことが裏目に出たな。

 調査員はきっと、魔獣の探知能力すら掻い潜るほど、隠密能力に優れた者なのだろう。男が気付いていないのも、無理はない。


「しかし! 私はキマイラを殺したりはしない。……何、他のキマイラを倒せばいい話だ」

「そ、そんな都合のいいことが……キマイラは希少種だぞ!? それを――」

「――知っている。……なら、隣の森の洞窟の入り口に立っているキマイラはなんだろうな?」

「……は!? 何を言って……」


 ふむ。取り乱しているな。少し、落ち着かせるとするか。

 私は指を鳴らし、男の目の前に小さな火の玉を作り出した。魔法でもなんでもない。


「私が受けた依頼は、『西の森の奥に生息するキマイラの討伐』だ」

「それがどうし――」

「――人の話を最後まで聞け」


 食い気味に噛み付いてきたので、一瞬だけ殺気を放ち、黙らせる。

 便利でいいな、殺気というのは。


「いいか? ここはどこだ?」

「件の西の森。……山?」

「そう、ここは山だ。おや? 依頼書には森と書かれているな。私は場所を間違えたようだ」

「……………っ! そうか、そうだな!」

「……それでは、失礼する。…………キマイラがいるといいがな」

「さ、さっきは…………」


 私は男の言葉を待たずに〈閃撃〉で足早に森へ向かった。

 キマイラの話はデタラメだ。しかし幸運にも、キマイラは…………いた。





 ――ぐちゃぐちゃ……くちゃくちゃ…………


「美味しそうだな。熊の生肉はそんなに美味しいか?」


 大熊を喰らっていた二匹の獣は、こちらに目を向ける。


 何が希少種だ。つがいがいるぞ。

 おまけにお食事中だったか。しかし、仕方あるまい。


 獅子のような体に、蛇の尻尾。

 やはり、弱いな。

 蛇は毒を持つらしいが……解毒魔法は習得も時間の問題…………つまり、習得していない。


 しかし、必要ないだろう。

 毒を持つのは蛇だけ。蛇に噛まれなければ良いだけの話だ。


 まあいい。最後の晩(昼)餐が熊の生肉で、しかもその食事中に命を落とすとは……可哀そうだが、すでに向こうはる気満々だ。

 うむ。向こうが戦いたいのなら、仕方あるまい。


「「ガアァアアアアアアアアアアッ!!」」


 ――パンッ!!


「「ア゛ッ!」」


 二匹のキマイラは揃って首を刎ねられ、命を落とした。

 私は〈麻痺パラライズ〉でキマイラたちの動きを鈍らせ、その隙に〈閃撃〉で近づき、高速で首を刎ね落とした。

 もちろん、首を刎ねた直後でも体が動く場合もあるから、蛇も切り落とした。




 そして、依頼は達成だ。

 私はキマイラの死体をブレスレットに入れ、〈閃撃〉で足早にライアルに戻った。

 夜になると、きっとライアルの治安は最悪になるだろうから、宿を探しておきたかった。


 ……だが、この考えすらも甘かったのだと、後に思い知らされた。


 



 


 

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