第19話 キマイラの身代わり
ふむ。ここが件の洞窟か。なかなか頑丈そうな作りをしている。……元鉱山か?
良質な鉱石が取れるかもしれんな。勝手な偏見だけど。
良質な……魔力との親和性の高い鉱石は、錬金術の練習……習得にもってこいだ。
しかし、ここにも……とはな。
「おい坊主、ここの洞窟に何がいるか知って来たのか?」
酔っ払って……はいないようだ。
だが、ハウスにいた連中とは比べ物にならない。Bランクもないだろうがな。
「知っている。キマイラだろ? あんたはここで何をして?」
「ライアルの新参か……?」
「ああ、そうだが……」
「キマイラは
▼
倒した。
しかし、洞窟内には入らない。
こいつがキマイラを相棒と、心の底から思っていることは……キマイラを想う感情は伝わって来た。
男の想いに応え、私は入らない。
男が目覚めるまでここで待つとしよう。
大して強いダメージは与えていないから、すぐに目覚めるだろう。
顎を殴って、軽い脳震盪を起こさせただけだしな。
「う…………うぅ……っ ――はっ! てめっ!」
「目が覚めたか。さて、話を聞かせて貰おう」
「は! 仮面を着けた怪しい子供に! 話すわけ――」
私は一瞬、殺気を飛ばした。
「――あれは、骨まで凍るんじゃないかと思えるほど寒い夜だった」
さすが、半端に強いと殺気に敏感だな。ペラペラと喋り出した。
「俺は仲間たちと魔獣討伐に向かって……壊滅した。傷だらけで一人、一晩過ごせる場所を探していたら、ある洞窟に辿り着いた。そこにはすでに先客が……一匹のキマイラがいてな。でもそのキマイラは俺を襲うことなく、それどころか癒してくれた。以来、俺とこいつは互いになくてはならない存在となったわけだ」
中々簡潔な内容だったな。
しかし、キマイラが人間を助けた? 何の見返りもなく?
だが、男の言葉――波長から、嘘は感じられない。
だがこの男のおかげで、この街のアドベンチャラーの体制が少しわかった。
「なるほど、キマイラが討伐されないわけだ。お前がライアルのトップを張っているため、誰も手出ししない、というわけか。そして、この話はハウスには伝わらない」
故に、長らく誰も討伐しようとしてこなかったのだろう。
この都市のアドベンチャラーたちは、まるでヤクザのような気配を持つ。上下関係もまるでヤクザだ。
いや、ただ逆らえないんじゃない。
「そういうことだ。俺はこいつを……命に代えても守りたい」
「お前がトップを張れているのは、単にこいつの存在だろう?」
男は静かに頷いた。
確かに、この男自身もライアルの中ではそこそこ強いが……話の限りでは、男の強さの源は確実にキマイラだ。
キマイラがいるから、高難易度の依頼も達成できる。
であれば、私はこのキマイラを討伐したりはしない。
……いや、したくないと言うべきか。
「しかし私はこうして、キマイラ討伐の依頼を受けている」
「な!?」
私は依頼書を見せる。
男は驚いているが、無理もない。
優先順位の低い依頼内容だったから、公に張り出されていなかった。
だから知らなかったのだろう。わざわざ依頼を受けるような人がいないことが裏目に出たな。
調査員はきっと、魔獣の探知能力すら掻い潜るほど、隠密能力に優れた者なのだろう。男が気付いていないのも、無理はない。
「しかし! 私はキマイラを殺したりはしない。……何、他のキマイラを倒せばいい話だ」
「そ、そんな都合のいいことが……キマイラは希少種だぞ!? それを――」
「――知っている。……なら、隣の森の洞窟の入り口に立っているキマイラはなんだろうな?」
「……は!? 何を言って……」
ふむ。取り乱しているな。少し、落ち着かせるとするか。
私は指を鳴らし、男の目の前に小さな火の玉を作り出した。魔法でもなんでもない。
「私が受けた依頼は、『西の森の奥に生息するキマイラの討伐』だ」
「それがどうし――」
「――人の話を最後まで聞け」
食い気味に噛み付いてきたので、一瞬だけ殺気を放ち、黙らせる。
便利でいいな、殺気というのは。
「いいか? ここはどこだ?」
「件の西の森。……山?」
「そう、ここは山だ。おや? 依頼書には森と書かれているな。私は場所を間違えたようだ」
「……………っ! そうか、そうだな!」
「……それでは、失礼する。…………キマイラがいるといいがな」
「さ、さっきは…………」
私は男の言葉を待たずに〈閃撃〉で足早に森へ向かった。
キマイラの話はデタラメだ。しかし幸運にも、キマイラは…………いた。
▼
――ぐちゃぐちゃ……くちゃくちゃ…………
「美味しそうだな。熊の生肉はそんなに美味しいか?」
大熊を喰らっていた二匹の獣は、こちらに目を向ける。
何が希少種だ。
おまけにお食事中だったか。しかし、仕方あるまい。
獅子のような体に、蛇の尻尾。
やはり、弱いな。
蛇は毒を持つらしいが……解毒魔法は習得も時間の問題…………つまり、習得していない。
しかし、必要ないだろう。
毒を持つのは蛇だけ。蛇に噛まれなければ良いだけの話だ。
まあいい。最後の晩(昼)餐が熊の生肉で、しかもその食事中に命を落とすとは……可哀そうだが、すでに向こうは
うむ。向こうが戦いたいのなら、仕方あるまい。
「「ガアァアアアアアアアアアアッ!!」」
――パンッ!!
「「ア゛ッ!」」
二匹のキマイラは揃って首を刎ねられ、命を落とした。
私は〈
もちろん、首を刎ねた直後でも体が動く場合もあるから、蛇も切り落とした。
そして、依頼は達成だ。
私はキマイラの死体をブレスレットに入れ、〈閃撃〉で足早にライアルに戻った。
夜になると、きっとライアルの治安は最悪になるだろうから、宿を探しておきたかった。
……だが、この考えすらも甘かったのだと、後に思い知らされた。
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