第8話 乙女な少女

 お礼のチャーハンを食べ終えてから一時間経った頃。


「きゃああああ!!」


 俺のベットでゴロゴロしながら大好きなアニメをイヤホンをつけて大音量で見る夢の一時が、隣の部屋にいるさとの悲鳴で壊された。 

 思わず体が起きる。


「なんだ?」

 

 イヤホンを外してみたけど、物音や悲鳴は聞こえてこない。さとが強盗に襲われてるとか、そういう危機的状況ではならしい。

 もしかしてたまに喋り声が聞こえてくる、いつもの友達とゲームでもしていたのかな。

 

「むりむりむりむりむり!!」


 うん。壁越しでも鮮明に聞こえるほどの大声を出すのは近所迷惑かもしれないけど、楽しそうでなによりだ。

 

 俺は再びイヤホンをつけてアニメを見始めようとしたのだが……。ガチャッとノックもなしに突然部屋の扉が開かれ、唖然とした。


「えっと」


 扉が開かれた先にいたのはもちろんさと。だが普段の様子と違っていた。

 堂々とせず縮こまるように体を小さくさせ、ガクガクと体を震わせている。キョロキョロと俺の部屋の中を見渡すその目は、時折さとの自室に向いている。まるで怯えた子犬のようだ。

 こりゃ、さっきの声は友達とゲームをしてたわけしゃないっぽいな。


「どうしたの?」

「ん」

 

 さとはまともに返事に答えず、扉を閉めて俺の部屋に入ってきた。

 

「ど、どうぞ」

「ん」

 

 この部屋唯一の椅子に座ったさとは目を泳がせず、俺のことをジィ〜っと観察し始めた。

 何を訴えてるのかいまいちわからない。

 でもまだ体が震えているのを見るに、自分の部屋で何かあって俺に助けをこいに来たんだろう。このまま居座り続けられると気になるアニメの続きを見れないし、俺から切り出すか。


「さっきすごい大きな声が聞こえてきたんだけど、なんかあったの?」

「あった。ご、ご、ご……が出た」


 言うのがつらくて頑張って喋ってくれたのが伝わってきた。

 

 何かが部屋に出て、そのせいでこんな怯えて俺の部屋まで駆け込んできたってわけか。ごから始まる、部屋に出て怯えるものってなんだ?

 

「ゴキブリ」

「ひっ」


 慌てて耳を抑える仕草するさと。


「……ゴキブリ」

「ひっ」


 これは間違いない。さとは自分の部屋にゴキブリが出て大声を出して、俺の部屋まで来たんだ。

 

「ゴキブリくらいだったら俺が退治しようか?」

「どこも行かないで……ください」


 立ち上がったが後ろから服をギュッと掴まれ、再びベットに座ざるおえなくなった。


「離れないでくださいよ。私、怖いんです」

「お、おう。ごめん」


 じゃあどうすればいいんだ?


「抱き締めてください」

「え?」

「怖いので抱き締めてください。いつも私は、怖くなったときお姉ちゃんに抱き締めてもらってるんです。……今はあなたで我慢します」


 さとは最後にぼそっと呟き、俺から目を外した。


 多分怖いのが収まるのは抱きかかえてもらってたからじゃなくて、姉であるいとが抱き締めたからだと思うんだけど……こんなときに四の五の言えない。


「わかっ、た。じゃあこっちに」

 

 『さとのことを助けるためにする』

 『俺たちは家族』


 体の感触が頭に入ってこないよう、一番大切なことを頭の中でループさせ、俺はベットの上でさとのことを後ろから抱き締めた。

 怯えてる人に対して、邪な気持ちなんてもってない。でもこんな非現実的で少し前までは考えられない状況、戸惑わないほうが難しい。


「もっとぎゅってして」

「リョウカイ」

「はふぅ」


 腕に力を込めると、さとは妙に色っぽい吐息を吐いた。

 ちょっと苦しそうだけど、力を弱めてほしいとは言われてないのでそのままに。


 一分後。


「はぁはぁはぁ……」


 頬が赤く染まり、舌を出しっぱにしたまま色っぽい吐息を吐くのはゴキブリに怯えて俺の部屋に来たさと。

 もしこんな状況何も知らない人が見たら、絶対よろしくない勘違いをする。

 俺はただ注文通り抱き締めただけだ。

 悪いことはしてないん……だよね?


「ちなみにあとどれくらい抱き締めればいいとかあったりする?」

「満足しゅるまで」

「おっけぃ」


 もう体の震えも消えて、十分満足してるような顔してるけど。


「へへっへへへっ。へっへっへっ」


 さとは突然とろけたような笑いをし始めた。

 抱き締めることになってから、俺の脳みそはこの状況を何がなんだか理解できてない。とろけた笑いなんてされたら、よけい頭がこんがらがる。けど、俺には後ろから抱き締める他選択肢はない。


「ふへっふへっ」

  

 抱き締め始めてからどれくらい経ったんだろう。

 最初は男として、家族として超えてはいけない一線を維持するのに必死だったが、もう抱き締めるのが慣れてしまった。一切雑念がない。

 

 かなり時間が経っただろうに、さとはまだとろけた笑いをしてる。

 まだまだ満足するまで時間がかかりそうだ。

 

「ただいまぁ〜」


 下から聞こえてきたのはいとの声。

 まだ夕方にもなってないのに帰ってきたのか……。この状況を見られたら事実を伝えたら済むことだが、いとの場合面倒だ。


「守ちゃ〜ん! さとちゃんと私とおそろのキーホルダー買ってきたよぉ〜……お?」


 あぁ。なんでこうもこの義姉妹は二人して人の部屋に入る前、ノックをしないんだ?

 

「これは絶対いとが思ってるようなことと違うから」

「……さとちゃんの顔見たら説得力ないなぁ」 

「本当に違うって。これはゴキブリがでたかなんかで怯えて、いとの代わりに抱き締めてほしいって言われたから仕方なくしたことで……」

「ほほぉ〜ん」

「ん。お姉、ちゃん?」


 完璧なタイミングでさとがとろけた笑いから覚醒してくれた。


「さともこの状況、いとに説明してくれない?」

「状況状況……」


 寝ぼけたような反応をするさとはぐるっと体を半回転させ、俺と向き合い。


「きゃああああ!!」


 目の前で悲鳴を上げ、逃げるように俺の部屋から出ていった。


「ほほぉ〜ん」


 さて。いとにどう説明したものか……。

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男嫌いだったはずの義姉妹がいる合コンに偽って参加したら、二人との距離がバグり始めた でずな @Dezuna

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