06 静熊神社を拠点にする

 雫奈が普段何をしているのかを知るため、二人で外を歩いている。

 だけど、ただ散策しているだけのように思える。


 しばらくして気付く。

 どうやらお地蔵さまや祠をめぐっているようだ。


 神社を安らぎの場所にして、土地神を名乗る者と一緒に行動している俺が言うのも変だが、霊感は無いと思うし、幽霊の存在も信じていない。

 だが、雫奈が手を合わせると、その空間が清められた気がするから不思議だ。

 ただ横に立っているだけなのも何なので、俺もそっと手を合わせる。


「やっぱり、不思議よね……」

「何が?」

「この世界は、もう信仰が廃れてるって聞いてたのに、祠もちゃんと管理されてるし、お地蔵さまも綺麗にされてる。寺や神社もたくさんあるし、風習とかもたくさんあって、生活の一部のようになってるみたい」

「まあ……そうだな」


 とは言ったものの、生活をしていて、神の存在を意識することは滅多にない。


「それなのに、魂に穢れを抱える人が減らないのは、ちょっと理解不能よね」


 ちょっと思い出し、ケータイを取り出して調べてみる。

 たしか…………うん、やっぱりそうだ。


「これでも犯罪の数は減ってるらしいぞ。ほらこれ」


 画面に映るグラフを見せる。

 ある時期から一気に下り坂になっている。


「まあ、これでもまだまだ多いし、巧妙化して発覚してないってのもあるんだろうけど」

「あー、そうじゃなくて。魂に穢れ……えっと、そうね、負の感情って言ったらいいのかな。そういう良くないものを溜め込んだ人のことなんだけど」

「人間、生きてりゃ、何かしら問題も出てくるだろ」

「まあ、そうよね……」


 結局、雫奈が何を言いたいのか分からなかった。

 それにしても、さすがに少し疲れてきた。徹夜明けに、終わりの見えない散歩は辛すぎる。

 ちょうど、安さに定評のある食品雑貨店が見えてきた。

 とりあえず、先に買い出しだけでも済ませたい。


「スマン、ちょっと店に寄ってくる。雫奈はどうする?」

「ん~、そうね。私はこの辺を見て回ってるわ。あとで合流するから、気にせずゆっくりしてきてね」


 そうは言ってくれても、あまり待たせるのも悪い。

 それに、買う物は大体決まってる。

 途中でメッセージが飛んできたが、どうやら問題は無かったようだ。いつも通り笑顔の絵文字を返す。これで、安心して買い物が続けられる。


 いつも通り、買い物袋ごとカバンに放り込んで、店を出る。

 どうやって合流しようか、と悩むまでもなく、雫奈の姿が見えた。


「なんだ、待ってたのか?」

「えっ、違うよ。いま来たとこ。店から出てくるのが分かったから、戻っただけ」


 まあ、本当にそうなのだろう。

 店内から見た時には居なかった。


 その後も、雫奈との散策は続き、手を合わせるだけの時間が過ぎる。

 さすがに、キツイ。


「おい、スマンが、そろそろ帰っていいか? さすがに限界だ」


 雫奈が足を止め、真剣な表情で見つめてくる。


「ねえ、栄太。今日、私、何をしてたと思う?」

「何って、地蔵めぐりと、祠参りだろ?」

「んー、半分正解……かな。ちょっとね、みんなから話を聞かせてもらってたの。かなり昔から見守ってくれている神様もいるからね」


 ヤバイ、話が長くなりそうだ。


「なんかね、信仰が根付きすぎて……って、ああゴメン、できるだけ簡単に説明するね。家に向かいながらでいいから聞いてて。ちょっと意見も聞きたいし」

「今、あんま頭働いてないし、聞き逃しても文句言うなよ」

「それでいいわ。えっとつまり、もうこの地は神様で満ちてるから、私たちのような新参者が割って入るような隙間が無かったんだけど、私のような新参者が実体を得て活動できるのは栄太のお陰」

「そうか、良かったな」

「人間社会に紛れ込んでいる神様って珍しくはないんだけど、新参者の私が実体を得るのは奇跡らしいよ。だから栄太に感謝しなきゃね。本当にありがとう。これからもよろしくね」


 元気良くピョコンと頭を下げ、上目遣いでこちらを見てくる。

 その姿で、その仕草はズル過ぎだって!

 

 正直、言ってる意味は分からないが、簡潔に説明しようとした努力は認める。

 ともかくもう、あとは帰るだけだ。

 ……と思ったら、雫奈は道を曲がり、アパートの裏へと向かった。


「ちょっ、おい、どこへ? アパートはこっちだぞ」

「今日は本当にこれで最後だから、ちょっとだけ付き合って」


 この方向には、たしか神社があったはずだ。

 名前は……思い出せないが、宮司が居ない小さな所だったと思う。

 悪くはない空間だったが、あまりに近すぎて一度だけしか行ったことがない。

 まさかと思ったが、そこが目的地だった。

 まだ新しい石柱に、静熊神社と彫られていた。


「あれ? ここって、こんな名前だったか?」


 見れば清掃が行き届いており、なんか古さの中に新しさが加わった感じがする。

 雫奈は気にせず、どんどん中へと入っていき、本殿の前までやってきた。

 これ、見つかったらシャレにならんぞ……

 そんなことを思っていると、雫奈は振り向き、こう言い放つ。


「私がここの宮司。そして、アキツシズナヒメがこの神社の主神となります」


 はぁ?

 今、何て言った?


「心配しなくても大丈夫。面倒な手続きはこっちで済ませておくから。今日から栄太も、ここの神主としてがんばってね」


 おい、何の冗談だ?

 神社のことは全く知らないけど、資格とか必要なんじゃないのか?

 寝不足も手伝って、全く頭が働かない。


「まあ、神主って言っても、この神社限定だけどね。やることもマネージャーと変わらないから。とにかく、ここが私の活動拠点になるからよろしくね」


 なんだそりゃ。全く意味が分からない。


「ちょっと聞きたい事があったんだけど、それはまた明日でいいや。今日は帰ってゆっくり休んでね」


 もういいや……

 俺は全ての思考を放棄した。

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