二代将軍 秀忠

銀華

第1章 関ヶ原 

「これは…不味い事になったぞ…忠隣」秀忠のか細い声がかろうじて忠隣の耳に届く。「お気を落としなさるな、殿。真田は我らに多大なる被害を与えなかった。それだけで充分ではないですか」秀忠の目は涙で潤う。忠隣がしまったと思った時には遅かった。「違うわ!遅参じゃ、遅参じゃ、遅参じゃ!!わしが美濃に着いた頃には、もう戦が終わっておったわ!三成は佐和山へ逃げ、大谷吉継は自害、あとは遅参した間抜けの腰抜けが、終わった合戦場に来てしもうたわ!」「間抜けの腰抜けとは上手い事を言いましたな」「忠隣!笑うとる場合か!わしは…ここへ来るまでで、3回気を失ったわ!父上になんとお詫びをすれば良いことやら…」言い終わるより早く、秀忠は涙を流した。忠隣は慰めた。「遅参は仕方がない事。真田があんなに耐えなければ、間に合うていたでしょう」秀忠は泣きながら呟いた。「真田が憎い…真田が憎い…真田が憎い!」石を投げたがどこにも当たらない。やれやれと忠隣は空を仰いだ。

 場所と時は変わって、大津城である。ここはもどもと京極高次の居城であるが、今は主を家康としている。その家康が口を開いた。「此度の合戦は、実に上手くいった。三成どもが慌てて逃げていった様は、絵にも書きたいくらいじゃ」それを聞いて、家康の重臣がどっと笑う。そして口々に「殿、此度は見事でしたな」「三成の首を取れなかったのがちと後悔でござる」「三成は佐和山に逃げた、腰抜けでござる」と言う。家康は頗る上機嫌であった。そこに、本多正信の一言が投げかけられた。「秀忠殿は何処におるか。八日に上田を出立したのは確かなのだが…殿は知っておられますか」家康は顔を曇らせた。そして言った。「あのぼんくらは、真田攻めに気を取られ、挙げ句の果てには遅参じゃ、ち・さ・ん!それに加えて六十三里を十日じゃ!十日!遅参に加えて、徒らに兵を弱らせるとは…!言語道断じゃ!」家康が息を切らすほど文句を述べた直後、忠隣が家康の元へ参上した。「此度の戦に、殿が遅参したのは誠にご無礼つかまつった。その無礼に対して、殿が父上と顔を見合わせて謝りたいという事でござる」家康は答えた。「お目見えはまっぴら御免、被る!そうじゃ、忠隣。秀忠に伝えておけ。此度の家康の怒りは、遅参だけが原因ではない。その原因のなんたるかが分かるまで江戸で謹慎じゃ、と。」忠隣は肩を落としながら答えた。「はっ」そして、この事の顛末を聞いた秀忠は、「忠隣、わしは死ぬぞ。父上にお目見えが出来んとは武士の恥!ならばいっそここで死ぬわ!」こう言ったまま、脇差を抜こうとするが中々取れない。「わしは死ねぬのか?生き恥を晒して、わしはまだ生きねばならぬと言うのか?忠隣…」どうやらまだまだ秀忠は、生きねばならぬらしい。

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