10話 王都


「準備できたかー?」


 エイダンが、2人部屋のドアを開けながら尋ねた。


「荷物、そんな、ない」

 頷いて、俺は答える。



 とうとう、アナスタシア独立院を出て、王都へ行く日が来た。


 今は1月の3週目だ。

 その前にあった、今年の魔力量検査週間は、本当に楽しかった。

 エイダンとエイブリンと、仕事もたくさんしたけど。

 踊ったり、つまみ食いしたり、エイダンとは隠れてお酒を少し飲んでみたりした。


 そんな思い出も、きちんと胸にしまう。



 荷物を持つと、エイダンが「ん」と片手を出してきた。


「これ、やる」

 そう言って俺の手を取って握らせたのは、2枚の紙だった。


「1枚は、船の絵だよ。俺の机の前に貼ってある、あの絵と同じやつ。お前も貼れよ? それ見るだけで、俺たち繋がるんだ。スゲーだろ」


 自分の船の絵を指さし、エイダンは少し顔を赤くしてニシシと笑ってる。


「それと、そっちのちっさい紙は、王都にある店の名前と行き方。ねーちゃんに書いてもらった」


 突然エイダンが身をひるがえしてパッとドアを開け、キョロキョロと首を左右にふると静かに閉めなおし、また俺のところに戻って来た。


 そして少し顔を近づけて、コソコソと話す。

「お前をさ、その……間違えたのってさ、髪型にもあると思うんだ。だから、王都に行ったら切れよ」



 はあ? 

 意味が分からなくてエイダンの顔を見る。少し考えて、伝えた。

「……時間、ある。髪切り、行く」


 荷物をベッドのうえに置いて出ようとするのを、エイダンが慌てて肩をつかんで止めに来る。

「おまっ! やめろ! ここでそんなん出来るなら、こんなことする訳ねーだろっ」



 はあ? 


 なに言ってんだ? という俺の顔に、エイダンがため息をつく。

 そして耳に頬を寄せてきて、声をひそめてささやいた。


「お前のその、アゴくらいまでの長い髪型。……院のアノ[髪切り]が決めてんの! 俺、何度か短かくした方がいいって言いに行ったら、そのうち、あいつぶち切れて」


 またキョロキョロと周りを見て、コソコソ言う。


「お前に言ったら俺の大事なトコ、ハサミで切りに行くから覚悟しろって言われてんだよ!」

 怖ぇーだろ! と声のない叫びをあげて、涙目で訴える。



 う、うん……。

 なんか、いろいろと複雑な気持ちだ。


「エイダン。この紙、行く。……たくさん、ありがとう」

 そう言うと、エイダンはホッとしたように嬉しそうに、笑った。



 *****



「行って、き、ます」

 馬車で迎えに来てくれたヒューズ士爵の向かいに座って、窓から顔を出し、少し手をふって言ってみる。


 アナスタシア独立院の前に、たくさんの人がいる。

 まさかの近所の麦畑おじいさんもいて、俺は本当に、かなり、戸惑っていた。


「気を付けて、行っておいで」

 小賢者が夫人の横にいて言った。とりあえず頷いた。


「春には会えるんだよね」

 エイブリンが涙を浮かべて、馬車の窓に手をかけて聞く。


 士爵をふりかえると、彼は少し困ったような顔で黙っている。

 仕方なく俺は「分からない」と伝えた。



「でも……待ってるね! ウィル! キラさま!」



 馬車の出発に、エイブリンは窓から手を離し、すぐうしろにいたエイダンとともに少し駆けた。

 その駆け出しを追い抜いて、院の子どもたちが手をふって泣きながら馬車を追いかけてきた。


 俺はすごくびっくりして、少し出てた涙が引っこんだ。

 エイダンとエイブリンを見ると、驚いた顔をしたあと、笑ってた。


 なんだか俺も可笑しくなって、1度だけ、みんなに届くように手を大きくふって、馬車の中へと戻った。





 うん。これからは、王都での暮らしだ。

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