9話 親友


「よォ親友。……王都の学園、行かないんだって?」


 夕方、独立院のそばの川べりで泣く俺の横に、エイダンが座りながら言った。



「エイダン」

 少しだけ顔を傾けて、名を呼ぶと、心の奥がチカチカした。


 これが[心の防御術]……。

 感情の激しい起伏を、抑える術だって言われた。

 それでも心が苦しく感じて、声は震えて、うまく言葉が出てこなくとも訴える。



「エイダ……。は、離れ、な、いけな……」


 エイダンが、ほんの少し離れていた身体を寄せて俺の肩に手をまわし、グッと引き寄せ頭を合わせた。


「なあ、俺がここに来たばかりの頃、王都の独立院に帰んなきゃいけなくなったときのこと、覚えてる?」


 俺は小さく頷いた。

「涙、鼻水、汚かっ、た」

「……ひっで!」

 少し笑い合う。



「俺、あんときお前、絶対おれのこと、すぐ忘れるって分かってたんだ。俺は……初恋は忘れて……お前のこと、スッゲー気に入ってたのに、お前、俺のことどうでもいいって目で見てた。だからさ、忘れられなくしてやろうと……思ったわけだよ!」


 ハハハハハッとエイダンは大きく笑う。

 そして、ポンポンッと俺の頭を優しく叩いて言った。


「でも今は、忘れないだろ? 俺たち、忘れられるもので繋がってるなんて思ってないんだ。ウィル、離れても、繋がってるの、分かるか? 思い出せるお前が、俺の中にいるから、俺は離れても、一緒だなって分かるよ」


 ギュウッと両手で、俺を抱きしめてくれる。


「行ってこいよ、ウィル。そして、俺が驚くお前になって帰ってこいよ。……俺もお前に負けない、驚くヤツになりつづけるから。そしたら絶対、ずっと、お互いの心の中に居つづけられるんだぜ?」



 エイダンが差し出してくれた言葉に、涙がぽろぽろとこぼれた。


 エイダンも、泣いてるのを感じる。


 心の防御術のせいで、本当は大声を出して思いきり泣きたいのに、できない。


 俺はエイダンの腕にしがみついて、声を出せずに、ただただ涙を流した。



 *****



 次の日の朝。

 食堂で、俺は小賢者から午前中の休みを言い渡された。


 食事を終えるとすぐに飛び出して、俺は綿畑が見おろせる場所に座って、大きな木に寄りかかっていた。

 こんなふうに、こんなところで何もしないでいるなんて、初めてだった。



『ザクッ』

 どのくらい経ったのか──すぐ横で聞こえた重い足音に見あげると、大きな身体がチラチラと光をさえぎって立っていた。

 そしてその身体は、俺が見ていた綿畑のほうへ向き直り、黙って景色を眺めている。



「先ほど、養子の手続きを、終えた」


 しばらくして、低い声がボソッとそう告げた。


 昨日、エイダンと話したあと、俺はこの人──ヒューズ士爵──の泊まる部屋を訪ねた。何をしに来たのか、と聞くために。


 俺はこの人の養子になるんだそうだ。


 学園でまかなわない費用は養子先が出す、と決まっているからと。

 たいていは衣服代だ、とこの人は言った。

 それから、遠い領地の家の代わりに週末に戻れる家の役割もあると。

 こういう理由で、貴族ではない者が王都立に入学するときは、養子という形を取るのが習わしだと。

 その手続きをするために来たと。



「ありがとう、ござい、ます」


 寄りかかっていた木から背中を離し、頭だけ傾ける。

 彼は綿畑を見たまま頷くだけで、手をうしろに組み、背中をピシリと伸ばし黙って立ちつづけた。


 俺はほかに用もなく、また綿畑を見ていたが、だんだんと何故いつまでもいるのかとイラついてきた。


 そして彼を見て、口を開きかけたとき……


「王都立学園が、長期休暇になるたびに、帰ってくるようにする。……ここに」と言い、彼は気遣うような視線をちらりと飛ばした。



 俺は口を閉じ綿畑の先を見て、頷いた。



「ありがとう、ございます」

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