6話 知らなかった日々


エイダンとエイブリンと。

一緒にいると、すごく楽しかった。


一緒に仕事もしたし、小さい子たちの手伝いもした。

一緒にいたずらもしたし、寝るまでいろんな話をした。



でも、一番楽しいと知ったのは、エイダンと独立院の図書館に行くときだった。



「あ、あった!」


図書館に来てウロウロしていたエイダンは、嬉しそうな声をあげて、1冊の本を棚から取り出した。

そして、少し跳ねるように歩いて来て、ソファに座っていた俺の横にポスンッと座った。


「ほら、これ」

エイダンが差しだす本を見る。

俺は困ってしまった。


「俺、読め、ない」

するとエイダンは、知ってる、という感じで頷いた。


「この本が、俺が初めて見た本だったんだ。俺も字なんて読めないよ。お前と同じ、大人たちが話してるのをマネしてるだけだもん。でもこれさ、絵なんだ。で、ここに書いてあんのは【世界】なんだって。ねーちゃんに教えてもらった」


エイダンが表紙を指さしてそう言ってから、本を開いた。

「な?」


そしてページをパラパラとめくっていく。


「これ! ほら、ウィル。これ、これが船だよ!」


目が大きく開かれて、すごくすごく嬉しそうに俺に告げるエイダンに、俺もすごく嬉しくなって何度も頷いた。



それ以来、仕事を終えると、エイダンと図書館に行ってはその本を開き、【世界】に載っている色々な食べものや動物や植物を見て楽しんだ。



*****



そうやって、エイダン達と初めて会ってからの月日は、あっという間に過ぎた。

その11月。

俺はアナスタシア小教会の小賢者室で、ずいぶんと久しぶりに見る大きな男を見上げていた────。



「ヒューズ士爵、とりあえず座りましょうか」

ぎこちない挨拶を交わし終わった俺たちに、アナスタシア小賢者さまでもある院長さまが気遣う。


「さて、ウィル。今日ここに呼んだのは、来年からの学園のことです」

机のうえに1枚の紙を広げながら、目の前のソファに座る院長さまが、こちらに目を向ける。


「学園の準備は、ほぼ済んだと聞いています」

どうですか? というような間があるので、返事をする。


「はい、あと、制服、です」

「うん」


頷いたあと、院長さまの顔は、俺の横に座る男に動く。


「ではヒューズ士爵。こちらにサインをお願いできますか? ウィルの制服は、王都の士爵のお屋敷に届けますので、このメモ紙に住所を」

机のうえの紙を手で示したあと、いつも一緒にいる男の1人からメモ紙とペンを受け取り、それらは机の端に置く。


聞かれた男は咳払いを何度かし、チラリと俺を見て、低いしゃがれた声で言った。

「分かった。……だが、その、ウィルは了解しているのか?」




──奇妙な、長い沈黙のあと。


「エッ!」

「アッ!」

「まさか!」


院長さまと、その横、うしろに立っていた院長さま付きの2人の男が、俺をバッと見て同時に叫んだ。





────意味がわからん────

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