回収屋
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廃墟の街へ屑拾いに来て、1日目の夕暮れ。
ホバータンカーの甲板上で、回収屋と屑拾いたちが集まって夕食をとっている。帰還せずに屑拾いを続けている気合の入った者もいるが、それ以外はほぼ全員集まっているだろう。回収屋のリーダーから炊き出しが振る舞われるからだ。乗車賃を払ってやってきている屑拾いたちは味気ない糧食しか持っていないので、温かい食事ができるとなれば断る理由はない。
夕食中は情報交換が行われる。回収屋にとっても、屑拾いたちが日中漁り回ってきた廃墟の情報は重要だ。危険なキメラ蟲が新たに繁殖してはいないか。
この街までのタンカー船を出した回収屋の女リーダーは上機嫌だった。
「ガハハハ、アンタらなかなか大物を見つけてきたじゃないか。いいねえ、この調子でどんどん稼ぐんだよ」
妙齢のベテラン女回収屋。海賊時代のようなナポレオンハットを斜めにかぶり、目には眼帯を巻いている。『船長』と手下の男衆に呼ばせている女はご機嫌でビールジョッキのようなものを振り回している。あまりにも『海賊っぽい』振る舞いだが、前世持ちなのだろうか。
上機嫌の理由は、屑拾いが儲けると回収屋も儲かるからだ。回収屋のタンカーに乗ってやってきた屑拾いが掘り出し物を持ち帰るには、当然だが回収屋のタンカーを使うしか無い。重量によって運搬料金をとるか、金額換算で割合徴収するか、手数料を引いたうえで回収屋が直接買い上げるか……いずれにしても、回収屋の商売となる。
回収屋の作業は順調、屑拾いたちの収穫も良かったようで、なかなか和やかな雰囲気だ。
「いい仕事はいい酒から! オイ酒だ、酒もって来な!」
袋を持った手下の男──これまた海賊のクルーのような服装をした男が、錠剤のようなものを配って回った。
なんだこれ? クスリ?
『水にいれると酒になるタブレットだ。害は無い』
リンピアが通信回路で教えてくれた。
コップの水に溶かして混ぜると、シュワシュワと泡を立ててアルコールの匂いがしてきた。水だったものが黄金色に変わっている。
ビールだこれ。
味も……ちゃんとビールだ。タブレットだからといって劣化しているわけではない。すごいなこれ。
でも、ぬるい。もとの水が冷えてなかったせいか。酒は苦手というほどではないが、ビールとはキンキンに冷やすものという先入観がある。常温はちょっとなあ。
ふとリンピアを見ると、すでに飲み干していた。
なんだか俺のぶんを物欲しそうに見ている気がする。
『飲むか?』
『頂こう』
リンピアは受け取るとグビっと一瞬で飲み干した。
そういや自称ドワーフだったな。信憑性がプラス1ポイント。
↵
「それで、よくあんなものを拾ってこれたな。どうやったんだ?」
「見つけたのはあいつらだ。持ち帰るのに手を貸すことになって、共同戦線をな。明日もいっしょに屑拾いすることになってる」
俺と屑拾い少年団は協力して完動品の作業用アーマーを持ち帰った。今日の屑拾いたちの成果ではトップだったようで、『船長』の機嫌が良かった。
今のうちにリンピアとの顔合わせをしておくことにする。
少年屑拾いたちが近づいてきて、リンピアに礼をした。
「どうも、サジといいます。屑拾いやってます」
リーダーくんはサジという名前だった。意外と礼儀正しくできるんだな。日に焼けて痩せているのもあって、野球部男児というイメージだ。鋭い目つきを礼儀正しい形にして挨拶している。
ほかの少年たちがリンピアに挨拶しているあいだ、サジが小声で話しかけてきた。
「ジェイさんのツレって、あの『赤濡れ』の人だったんすか。先に言ってくださいよ」
「それは、リンピアのアーマーのことか?」
「アーマーもですが、ドライバも含めて」
「……もしかして、リンピアって有名人?」
「わりと。街に来てあっという間にディグアウターのトップ層に食い込んだり、揉めたチームを蹴散らしたり」
なんとなくそんな気はしていた。街中を歩いていると妙な視線を集めていることがあったし。夜中に武装したゴロツキがガレージへ近づいてきたので掃除したことが3回くらいあったし。ニール爺さんとヴィン婆さんが負傷して弱体化したと見て襲ってきていたのだろう。
「最近見なかったので他の街へ移ったのかと思ってたんですけど」
「あー、いろいろあってな。なんか、ディグアウターに詳しいな?」
「ディグアウターになりたいんすよ、オレ」
「へえ、俺と同類か」
「うっす」
「じゃ、明日もバンバン稼ごうぜ」
「はいっす」
サジはグビっとビールを飲み干した。
↵
翌日、屑拾い2日目。「安全第一でな」とリンピアに釘を刺されたが、俺はまた奥地へ進んでいた。
「ありました、アレです」
瓦礫の中、先日と同じような作業用アーマーがあった。状態が良さそうに見えるが、同じく下半身が損壊している。腕も片腕しかない。
サジたちはこれまでにもハズレを見つけていて、泣く泣く放置したものが多くあったそうだ。地図を見せてもらうとビッシリと書き込んであった。それを金に変える手段ができたので、再び掘り返しに来ているのだ。
「じゃ、近くにアーマーが無いか探そう。動くなら最下級でもなんでいい」
ただの最下級アーマーならすぐに見つかる。殺人機械の残骸もある。どれかのパーツだけなら簡単だ。
「ありました」
「腕はまだっス」
「脚があればいっか」
パーツにバラされていればなんとか人力でも運べる。地球人には難しいだろうが、少年たちの中には筋力強化回路を持っているのが何人かいたのでギリギリいけた。俺が手伝えばもっと楽だろうが、そうすると俺の成果大きすぎることになるので自重している。
「頼みます」
「おう。転がるかもしれないから、離れろよ。……《接続解除》」
俺は機械信号回路を作動して、不要なパーツを切り離した。
バチンと解除音がして、ゴロンとパーツが外れて転がる。少年たちがワッと散っていく。
「続けて……《接続待機》」
ジョイントがブンとかすかに音をたてる。接続部がビリビリと目に見えない力場をまとったように感じる。
「オーライ」
「押せ押せ」
「ぶつかるぞー」
バチン! と強力磁石のように引き合って衝突した。これで接続完了だ。
ナノメタルと燃料棒を補給し、認証システムを初期化すれば、そこにはひとまず動き回ることのできるアーマーが立っていた。
「ひひ、ただのガラクタだったものが金へ化けやがった。ジェイの旦那サマサマですぜ、ひっひっひ」
サジが喜びのあまり悪徳商人のようなイヤラシイ目つきになっている。鋭い少年の目はどうした。
……まあ、暗く思い詰めた顔よりは万倍マシだ。
↵
ガラクタでしかなかった欠損アーマーを組み合わせて、使い物になるアーマーをでっちあげる。それが俺の提案した金策だった。成果は上々で、しかめ面だったサジの顔が綻ぶほどだ。なぜ今まで彼らが自分でやっていなかったのかというと、パーツ交換には本来、工房設備かエンジニア職の回路が必要だからだ。俺も最近勉強したことだが。
放棄されてから数年経っているとはいえ、アーマーにはまだパイロット認証が生きているため勝手にコクピットを開くことはできないし、パーツを付け外しすることは難しい。屑拾いが持てるような装備では無理だ。
機械信号回路に長けた者であれば、特別な装備がなくとも組み換えができる。そのような者はエンジニアと呼ばれる。機体制限を超えた改造を可能とするアーキテクトほどではないが、貴重な人材だ。
「ジェイさんはエンジニアだったんスね。どうしてこんな屑拾い場まで? 工房で働けばもっと稼げるでしょう」
「まあそれも悪くないけど。俺もディグアウター志望だから、やっぱ外で働くほうが気性に合うというか」
実際には、俺の異常な回路スコアを隠蔽するとスキャナー上では低スコアになってしまうため、職業斡旋所で工房を紹介してもらえなかったのだ。飛び入り営業すれば働けるかもしれないが手間だし面倒だ。今はすぐに金が欲しいし。街の外が気分転換になるのも嘘ではない。
「ふーん、まあオレとしては大歓迎ですけどね」
組み上がったアーマーに燃料とナノメタルを補給するとすぐにエンジン音が響き始めた。少年たちのひとりが乗り込み、通常モードで起動して立ち上がる。
ヒューヒューと歓声が上がった。
↵
通常モードのアーマーでも1台あるだけで大助かりだ。
瓦礫をガンガン押しのける。
バラしたパーツをスイスイ運ぶ。
すぐに次のアーマーが組み上がり、さらに効率が上昇する。
結果、2日目だけで作業用アーマー4機、さらに各種装備パーツを回収することができた。持ってきた燃料棒とナノメタルをすべて使ってしまったせいで撤収することになったほどだ。
そうして夕暮れ、ホバータンク前。
「コイツにはあっちの太いパーツが最適だ。取り替えよう」
「いや、バランスを考えたらあっちじゃないすか?」
ちょっと早めに仕事を終えた俺達がなにをやっているのかというと、この世で一番楽しい事をしている。
アーマーの
廃棄された作業用アーマーのうち使用可能な各部パーツ、
肉抜きをされすぎて貧弱だがそのぶん軽量な腕パーツ。
積載重量のみを重視した作業用の鈍重な脚パーツ。
溶接作業用のレーザー照射器。
圧縮弾倉が故障しているが単発なら撃てる大口径砲。
その他多数。
そのパーツの数はもはや『とりあえず組めればいい』というレベルを超えていた。『どう組んじゃおうかな』と考えられるレベルだ。
そうなればなにが始まるかは決まっている。
漢の哲学のぶつかり合い……アセンブル議論である。
「パーツの長所を揃えて機体ごとに強みを伸ばすべきじゃないか? 全体の戦力を最大化するなら」
「そんな高度な機体はいいんすよ、全員で乗り回すんで、似た性能で揃ったほうがいいんです」
「ああそういう方針か。じゃ、見た目も考慮したうえであっちのパーツで」
「そうすね、見た目は大事っすね」
とても楽しい。
↵
「ジェイ、今日は4機もか。すごいな」
警備時間の終わったリンピアが見物に来た。
「ワーカークラスとしてはなかなかのものじゃないか。武器パーツもあるな」
「俺は組み上げと護衛しただけだけどな」
「いや、ジェイさんいなきゃできなかったんで」
他の屑拾いたちも集まって羨望の目をむけている。気分が良い。彼らも成果は悪くなかったらしく、純粋に感嘆しているようだ。一仕事終えたあとの雰囲気だ。
「アンタたちえらい大漁じゃないか、感心だねえ! 運賃は重量割と体積割、どっちがいい? ウチで買い取ってもいいぜ、サービスしてやるよ」
女船長もご機嫌でやってきた。
しかしサジは真剣な顔をすると首を振った。
「船長さん、こいつらは売りません。オレたちが自分で使います。そして、オレからあなたに仕事の依頼があります。『回収屋同士』の協同作業依頼です」
「ほう?」
船長の目が鋭くなる。
サジは覚悟を決めた顔で臆さず言った。
「オオモノの情報を提供します。かつての激戦区となった防壁区画、その地下には手つかずの広域シールド発生装置が眠っているんです。これを狙いませんか。オレと、あなたで」
↵
サジは防衛隊長の息子だった。この死んだ街の。
サジが生き残ったのは父親が自作していたシェルターに避難できたからだ。わけもわからないままに近所の子供達といっしょに放り込まれ、混乱と嘆きと無力の数週間が過ぎ、ロック解除されて外に出ると街は変わり果てていた。
陰惨な漂流生活の後、難民となって岩の街のジャンク街で過ごすうち、屑拾いをすることにした。父親の痕跡を探したかった。たとえ望み薄だとしても。唐突で一方的な襲撃のせいで、ほとんどの住人は遺体すら残らなかった。
父親は遺産を残していた。サジの体内回路のデータ領域に、いつのまにか見覚えのないデータが入っていたのだ。それは防衛隊長権限でしか得られない機密情報、街の完全な立体地図だ。言い逃れもできない職権乱用。死戦にむかう中で何を考えてこんなものを残したのか。しかしそれを懲罰できる者は、もう誰もいない。
同じシェルターで生き残った仲間と共に屑拾いを始めた。
情報は屑拾いの役に立った。激戦区になるような防衛上の要所には殺人機械の生き残りがいるため近づかない方がいい。地下貯水タンクのある場所はキメラ蟲が繁殖していたり崩落の危険がある。
大金に繋がるような情報は乏しかった。掃討戦をこなしたディグアウターたちによって金目の物は根こそぎさらわれた後だ。残っているのは貧乏人しか喜ばないものや回収するのに手間のかかるものだけ。地図には『いつか回収』の書き込みばかりが増えていった。
その中でひとつ、めぼしいものがあった。
激戦区の真っ只中、最初に陥落した防壁区画。その壁にはシールド力場発生装置があり、
だがその中にひとつ、無傷な防壁ブロックがあった。なんの変哲もない、ただの壁。砲台が無いから後回しにされたのか、他のブロックから進軍して見逃されたのか。だが流れ弾ひとつも受けていないようなキレイな姿は不自然だった。
かつての父親の子供だましのような言葉が思い出された。
『父ちゃんが守る壁は絶対に落ちない。サジを守るための壁だからな』
サジの家はその壁と接する区画に建てられていた。
立体地図を調べるとわかった。その地下には通常より広いスペースがあり、大容量のエネルギーラインらしきものが通っていた。推測されるのは、防壁シールドのバックアップ用区画。隣の区画のシールドが破られた時、再展開までもたせるための強力な広域シールドが配備された区画だ。両隣の防壁区画があっというまに陥落した結果オーバーロードすることなく、バックアップ区画が自身のみを守ることになってしまい生き残ったのだと考えられた。
その防壁の下にはおそらく、まだ使えるシールド発生装置が眠っている。
回収するのは非常に危険だ。すぐそばには
だが、広域シールド発生装置が存在すると知っているなら話は変わってくる。
十分な
サジは屑拾いをしながら防壁区画の情報を集め続けた。内部に危険な機械がいないか、そもそも無事なシールド発生装置はあるのか。そして並行してアーマーを買う資金を貯める。
それがビッグチャンスを掴むための道筋。
それがサジの人生設計。
生きる目標。
「それがあの壁の地下にあるんです」
……と、作業の合間に俺はサジからそんな話を聞いた。
最初はただの世間話だったが、話しているうちに身の上話を聞くことになり、過去のトラウマのことになってメンタルセラピーの真似事をすることになり、しまいには人生相談のような雰囲気になった。なんだろこれ。
俺は素直に思ったことを言った。
「俺がそこ見てこようか? アーマーは手に入ったし、回収屋に手伝ってもらえば、もう、今、いけるんじゃないか?」
サジは虚をつかれたように固まった。
俺はちょいとひとっ走りして確認してきた。
「あったぞ。やろうぜ」
やることになった。
↵
翌日の3日目、回収屋の一行は発電機回収作業を急ピッチで進め、積み込みまでを完了させた。
同時にカメラを俺に持たせ、防壁地下の目的地を確認。広域シールド発生装置は確かに存在した。
回収屋の女船長は、サジの協力依頼を承諾した。対等な五分の契約だった。
4日目の朝、回収作戦は開始した。
作戦はごく普通だ。ホバータンカーをできるだけ近付け、アーマーで回収し、積み込んで撤収する。
だが危険度は高い。現場には
戦力は回収屋の作業用アーマーが6機。サジたちの急造アーマーが4機。大型工具が主な装備だが、火器として転用し戦闘をこなすこともできる。
加えてリンピアの
タンカーは輸送用であるため戦力外。これがないと目的の発生装置を持ち帰れないため重要護衛対象だ。今回乗ってきていた屑拾いたちは、乗賃無料と引き換えに撃退要員として船上を守ることになった。タンカーが壊れてしまえば帰る足がなくなるので必死に戦うだろう。
俺はといえば、目的地地下へ侵入するところへ同行することになっている。最も危険だ。腕がなるぜ。
↵
ホバータンカーが街の外側から防壁へ近づいていく。
防壁近くの地面は爆発痕と殺人機械の残骸だらけで荒れている。防衛用大型砲台が大暴れした痕跡だ。鉄屑だらけで足の踏み場もない。
「野郎ども、行ってこい!」
タンカーがこれ以上近付けなくなったところで、アーマーが下船する。
俺はというと、サジが操縦するアーマーの肩に乗っている。
サジのアーマーの胴は最下級を補強したものだ。隙間から見えるサジが心配そうな顔をしている。
「そ、そんなとこにいて本当に大丈夫なんすか?」
「大丈夫、慣れてるから」
アーマーのない俺の役目は地下で案内人をすること。それまでは暇なので随行歩兵のようにサジについておくつもりだ。サジたちのアーマーは急造品なので心配がある。死なれては後味が悪くなる程度には仲良くなったので、できるだけフォローしたい。
おっ、この肩部
目的の防壁ブロックまで来た。
無傷の防壁は、両隣が崩れている中にそびえ立ち、まるで墓石のようだ。
壁の裏側、瓦礫に隠れるようにして地下への入口がある。中はアーマーがやっと通れるほどの狭さなので、装甲の厚いアーマー2機だけが侵入。俺を含む数人も徒歩で随行する。
内部にはキメラ蟲の死骸がそこらじゅうに転がっている。最近死んだものだ。
回収屋たちに緊張が走る。
「おい注意しろ、危険なやつがいるぞ。蟲どもがやられてる」
「大丈夫、ぜんぶ俺がやったやつだ」
「は?」
死体を食べに来たやつがいるかもしれないが、まあ大丈夫だろう。
いちど来た道なので俺は迷いなく進む。この虫は雑魚だったな。あの蟲はしぶとかった。こいつは蟲にしては少しだけ美味かった。
荒れた通路をアーマーが通れるようにするのに少し手間がかかったが、侵入していくのは意外と簡単だった。防壁のセキュリティは今では崩壊している地上の方にあったらしい。
最奥の隔壁扉をアーマーが持ち上げると、そこにはSFチックな機械装置が鎮座していた。広域シールド発生装置だ。
『目標確認。このタイプなら問題ないな』
装置は巨大だが、肝心要の中枢ユニットを取り外すことができるらしい。専門知識のある回収屋によって分割されアーマーの背部へあっというまに固定されていく。
さすが本業の回収屋らしく素晴らしい手際だ。協力してもらってよかったな、素人には無理だろこれ。
↵
『目標確保。これより帰還しやす』
『でかした! 死なずに戻れ!』
シールド発生装置は無事に地上へ運び出された。あとはタンカーまで運ぶだけだ。危惧されていたように
こんなものか? こんなに安全なら、このあたりはもっと探索されて漁り尽くされていそうなものだ。
「サジ、あたりに変な気配はないか?」
『変な気配? って、なんすか?』
「なんでもいい、不安を感じたりしないか?」
『いえ、べつに……』
「そうか」
俺の勘だが……サジはおそらく、強力な探知系回路を持っている。
ハッキングとかソナーとかそういう系。この世界の人間が特技や切り札として持つ、ユニーク回路やメイン回路と呼ばれるものだ。
死んだ父親が息子に機密情報を残したという話はちょっと不自然だ。おそらく襲撃時に閉じ込められたシェルターの中、極度の恐怖と生存本能によって暴走に近い形で回路を発現し、無意識のうちに外界の情報を集めたのだろう。
屑拾いとして有能なのもそうだ。漁り尽くされつつある街であれほどの数のパーツを発見していたのは回路の力が大きいだろう。
部外者の俺に隠し事をしているのかと思っていたが、どうやら自覚が無いように見える。
もし危険があるとしたらサジがなにか感づくかもしれないと思ったんだが……
『あれ? ウン?』
サジが足を止めた。
『なんか、変な音しませんか?』
それと同時、回収屋たちのアーマーが叫んだ。
『ノイズ感知複数! 構えろ! 群れが来るぞ!』
周囲の瓦礫が崩れる。
残骸の山が揺れ、爆発するように何かが飛び出てきた。
無関係の機械同士が溶け合い、ただ暴力を振りまくことを目的とした形をなした、生命体と言えるかも難しい怪物。
キメラ蟲と並ぶこの世界の害敵、
マーダーは目視できるだけでも4体。
ギリギリギリギリと鳴き声らしき金属音をあげて急接近してきている。
『撃て! 近づけるな!』
回収屋の作業用アーマーがパイルランチャーや炸薬投射機を構え、射出する。もとは足場確保や障害物撤去のための大型工具だが、武器として使えば戦闘用火器に劣らぬ破壊力をもっている。マーダーはキメラ蟲と比較すると硬く手強い敵だが、アーマーの火力であれば十分に対抗可能だ。
4体のマーダーは一斉攻撃を受けて転倒した。
『本体だ、本体をやれ!』
マーダーは機械をつなぎ合わせた体をしていて、それを動かしているのは寄生アメーバのような不定形金属だ。こいつの
『回収は考えなくていい、ぶっ壊せ!』
本体さえ殺せば機械の体を再利用できるが、今はガラクタとは比較にならないお宝を護送中のため、迅速撃破を優先するようだ。
幸いこの
回収屋はベテラン揃いらしく手際よくコアを破壊していった。
サジたち少年組も、過剰攻撃気味だがよくやっている。
「サジ、武器の装填と手入れをさせておけ。お前たちの武器は壊れやすい」
『りょ、了解! おまえら、武器チェック!』
サジたちの装備はつい数日前まで雨風に晒されていたジャンク品だ。ナノメタルを補給して自動修復させたが本格的な整備はしていない。注意が必要だ。
『ノイズ接近! まだ来るぞ!』
『撃て!』
新たな
アーマーが戦闘を再開する。
「うーん、いいねえ」
うっとりしちゃう。やはりアーマーの戦闘は良い。
鉄の脚部が地面に食い込み、射撃の反動をうけて粉塵が舞い上がる。人間など軽く消し飛ぶようなエネルギーの炸裂が連続し、白い衝撃波が音速で地面を走っていく。重火器を握るアームが次の敵を求めてギリギリと稼働し、頭部カメラアイはドライバの意思を映しているかのように険しく光っている。
この作業用アーマーたちは派手にブーストを噴射したりビームを撃ったりはしないが、これはこれでリアル系ロボットの泥臭い戦闘ってかんじだ。良い。
こんな光景がディスプレイ上のゲームPVではなく至近距離の生身肉眼で見れるなんて、俺はなんと幸せなのだろう。
「いいもん見せてもらったし、そろそろ手伝うか」
苦戦はしていないようだが、楽勝というわけでもない。ゲームなら失敗演出や撃墜映像まで見たいところだが、さすがにそれほどイカれてはいないつもりだ。みんな生きてるんだょ。
「《増筋充填》……オラァ!」
筋肉を最高状態にパンプアップし酸素供給。
拾っておいた鉄屑の塊をフルスイングで投げつけると、狙い通りマーダーの関節部分へ入り込み、ギシリと動きが鈍る。いいかんじだ。どんどん投げよう。
『なんだコイツら? 動きが鈍いな』
回収屋たちは難なく撃破数を重ねていった。マーダーは人間の気配やアーマーの駆動を感知して襲ってくるが、その数は減ってきている。近くのものは駆除し終わりつつあるようだ。
この調子なら大丈夫そうか?
『野郎ども、なにがあった?』
『船長、ガラクタどもが嗅ぎつけて来やがりましたが撃退しました。損害なし、もちろんオタカラは無事です』
『応援は必要か?』
『いえ、こんくらい……』
そのとき、俺は気付いた。
サジが怯えている。あらぬ方向を見つめ、顔をこわばらせ、激しく小刻みな呼吸を繰り返している。俺は通信回路を起動した。
『リン、頼む』
『了解』
ひときわ大きな残骸の山が爆発を起こした。火山の噴火のように残骸を撒き散らし、巨大なマーダーが姿を現す。
そいつは大蛇と人間の混じったような形をしていた。長く太い下半身は装甲車両のようなものがいくつも連結して関節をつくっており、関節車両ごとに砲塔が備わっている。そして上半身に生えている人型には6本の腕。3機ものアーマーが溶け合うように合体したものだ。
荒野に生きる者が想定する中で最悪の敵──戦闘用兵器を取り込んだ大型マーダー。
それは人間たちに殺意をむけて絶叫を放った。
絶叫は攻撃と同時だった。下半身の砲塔が一斉射を放ち、そびえたつ上半身のアーマーが肩部グレネードを撃ち下ろす。
回収屋のアーマーが1機、バラバラに吹き飛ばされた。
『大型マーダー! 1機やられた! 船長、応援を──!』
『いま着いた』
回収屋のダミ声に、少女の声が答えた。
空から赤い光が飛び込んでくる。
おそろしく素早いアーマーだ。降り立つなり小型レーザーブレードをひるがえし、脇を回り込んで肩部武装を切り落とした。俺以外の目ではブースタ噴炎光とブレード軌跡の区別すらつかず、光がビュンビュン飛び回ったようにしか見えなかっただろう。
『こいつの相手はセキトが務める。回収班はタンカーへ急げ』
ダークレッドの純戦闘用高機動アーマーは、挑発するようにマーダーの目前へ着地した。
か、カッコイイ……
惚れるぜ。
↵
廃墟の街の防壁区画で、爆発と粉塵がいくつもあがっている。リンピアが大型アーマーの注意を引きながら戦っているのだ。
囮のおかげで、シールド発生装置を運ぶ回収班はなんとかタンカーへたどり着いた。
「乗船急げ!! 野郎ども状況は!?」
『ギガ級ラミア型が1体! 赤濡れの嬢ちゃんが交戦中!』
「被害は!?」
『すいやせん船長、バックスの野郎が……デカブツのせいで木っ端微塵に!!』
あ、そうだ、言い忘れてた。
「おーい、やられた奴のコアなら回収したぞ」
『はあ!?』
俺はナノメタルに敏感だ。そして人間の命であるコアは純粋なナノメタルの塊だ。なんとなく気配のようなものがある。とはいえ回収できたのは単純に運が良かった。爆発して四散したのが偶然俺の近くに降ってきたので、グロいのを我慢してチョイっと拾っておいたのだ。
「ほら、これ」
『なんで言わねえんだよ!』
「申し訳ない、みんな忙しそうだったから。俺も必死だったし」
『そうかよ! クソが! ありがとな!』
怒りながら礼を言われた。どういたしまして。
「よし! ではとっととずらかるぞ! 嬢ちゃん、そっちはどうだ!?」
『面倒なことになった。倒せそうにないぞ』
「積み込みは終わった! 撤退できるか!?」
『了解、振り払う』
遠くでバシュンと光が昇り、
「やったのかい!?」
『いや、手数を減らしただけだ。やつは再生している』
「再生だとォ?」
『ああ、体内に圧縮庫まで取り込んでいたらしい。切っても撃っても体を取り替えて修復する』
「そりゃ面倒だね。まともに相手するこたァ無い、おさらばしよう。追ってくるようなら釣瓶撃ちだ。」
ホバータンカーのエンジン音が大きくなる。最後の作業用アーマーが吊り上げ途中のまま、発進を開始した。
『おそらく、追ってくるだろう』
「何故だい?」
『知っているか? マーダーは取り込んだ機械の特性を引き継ぐ。原理不明だが、人間に使われていた頃の記憶のようなものすら受け継いでいることがある。アレは私達を許さないだろう』
「……つまり、そういうことかい」
遠ざかりつつある街で爆発が起こる。爆発は連続し、一直線にこのタンカーに向かっている。
あの大型マーダーだ。リンピアに腕を切られたはずだがまた別の腕を生やし新たな武器を握っている。障害物すべてを薙ぎ払い、破壊しながら追ってきている。
その姿には凶暴さだけではない、怒りのようなものすら感じられる。
まるで盗人を逃がすまいとする番人のような。
『ああ……ヤツは、この街の防衛隊を取り込んだマーダーだ』
↵
船上のアーマーから砲撃が放たれ、大型マーダーを穿つ。しかし効いた様子がない。穴は空き、血ような黒いオイルが飛び散っているのだが、新しい機械が押しのけるように生えてきて入れ替わる。スピードを落とさず追ってきている。
大型マーダーが咆哮をあげ砲撃をよこす。狙いは粗いが、いくつか当たって被害が出ているうえ、地面が荒れることで何度も横転しかけている。近づかれたら命中率が上がるだろう。全身の兵器をまともにくらえば、ホバータンカーはひとたまりもない。
この船は輸送用なので強力な艦載砲が無い。攻撃は甲板上のアーマーに頼ることになるが、あいにく全て作業用アーマーのため、火器管制能力は必要最低限。装備も作業用杭打機などばかりで、照準補正センサーなんて無い。ただでさえ不安定な足場でこれではろくに命中しない。普通のマーダーを追い払うなら十分だったが、あの執念深い化け物相手には力不足だ。
『嬢ちゃん、なんとかならないか!? 追いつかれたらちいとばかし不味いよ!』
『厳しいな。私のアーマーは近接戦仕様だ。このように移動しつつ守るとなるとな』
リンピアの撃つライフル砲だけは当たっているが火力不足だ。
『こんな事態のために雇ったんだ、なんとかならないか』
『船を止めてぶつかり合うか? 私がまた囮をするから、そちらが横から削ってくれればいつかは倒せるだろう』
『あんた無視してこっちに来られたら終わりだよ!』
うーん、どうやら手詰まりらしい。絶体絶命というわけではないにしろ、どう運んでもそれなりに被害が出そうだ。
もうちょっとアーマーの戦闘を見たかったんだけどなあ。仕方ないか。
「俺がやろう。俺がアイツを追い払う」
『あぁん!? なに言ってんだい! アーマーも無しに……』
『船長殿、私が保証しよう……ジェイ、やれるんだな?』
「ああ。センチョー、許可が欲しい。船に腕を植えていいか?」
『何を言って……』
『船長殿、やらせてくれ』
『ああもう! 勝手にしな! しくじったらタダじゃおかないよ!』
よし、許可は出たな。
「リン、さっき持ってきたヤツの腕をくれ。握ってるのはそのままで」
『腕を?』
「そうそれを船尾に……はみんなが撃ってて場所無いか。船の横のほうへ持ってきてくれ。」
「その切られた面を下にして船につけて……よし、《錬銀》」
腕をナノメタルで固定する。クレーンのかわりに腕が船から生えたように見える。
続いて機械信号回路を走らせ、腕の制御を奪いにかかる。セキュリティ抵抗があるかと思ったが、破壊されて長時間経つうえに侵食したマーダーからも切り離されたせいか簡単だった。力を込めると火花が散り、薄く砕けるような手応えとともにコントロールを得た。
「フレーム制御よし、火器制御よし……」
ただ動かして撃てるだけではダメだ。狙わないと。照準機能だ。砲の向きを測り、弾道を計算し、着弾地点を割り出す。
俺の脳と胸部コアをナノメタルが激流し、回路を構築。
《機械信号:レティクルくるくる、く~るくる》
視界に光る十字が浮かび上がる。ゲームでよく見る照準マーク。各種計算の結果を視覚へと反映できるようにしたものだ。急いで構築したせいでオヤジギャクのような
「……照準よし、発射」
船から突き出た腕が、バズーカ砲を放つ。
予想外の攻撃だったせいか、大型マーダーは避けることもできずまともにくらい、スピードを落とした。
「よっしゃ、いけるな」
『アタシの船になんか生えてる!?』
「船長、もっと増やすぞ、いいな?」
『チクショウ、アンタあとで戻すんだよ!?』
この船に乗っているアーマーは11機で全部だが、腕パーツと武器だけならもっと数がある。あの街で屑拾いたちが回収してきたものだ。
↵
リンピアはライフル砲を持っているので攻撃のほうへ回ってもらった。腕の運搬はサジに手伝わせている。俺ひとりではさすがにアーマーの大きさの腕を運ぶのは難しい。腕は自動で敵を狙うわけではなく、あくまで俺が視認・計算・操作して撃たせているので集中する必要がある。
作業用アーマーたちと比べて命中率・火力はドッコイドッコイだが、弾幕は格段に厚くなった。
『ジェイさん、運んで来ました!』
「よし、固定して制御してドーン!」
これで何本目か、船べりからは腕が何本も生え、握られた武器たちがバンバン景気よく弾幕を張っている。
武器が故障や弾切れになったら新しいのを握らせてやらないといけない。
むむっ、腕部キャパシタがエネルギー切れだ。
あー忙しい忙しい。
『やめろ! これ以上生やすな! アタシの船に!』
「なんだよ、もういいのか?」
『いいんだよ! 見ろ! アイツはもう虫の息だ!』
楽しくなってきたところだったのにな。
見るとあの大型マーダーはもうボロボロだった。ヤツは結局逃げ帰ることなく、最後まで俺たちを追い続けた。
その体は無惨の極みだった。戦闘用兵器の集合体だったころの面影はどこにもない。被弾箇所を他の機械に取り替えて修復を繰り返した結果、ただの個人用車両や作業用重機に置き換わっていてる。アーマーパーツは胴体や頭部が埋没するように残っているだけだ。戦闘能力はほとんど失ったと見ていいだろう。
『もう振り切ることはできるだろうが、圧縮庫持ちのマーダーは駆除すべきだ。船長殿、完全破壊を進言する』
『待ちな、圧縮庫なら回収する価値が……』
『無理だな。これだけ破壊したのに生え変わり続けたということは、ヤツの核は圧縮庫と同化している。もろとも始末すべきだ』
トドメの一斉射を撃ち込むことになった。船尾に並ぶアーマーたちと俺の操作する腕たちが武器を構える。
サジが通信で発言した。
『ヤツの核はちょうど中央部、あの装甲板を狙えば撃ち抜けるはずです』
『坊や、分かるのかい?』
『はい。圧縮庫も同じ場所にあるでしょう』
『了解だよ。野郎ども構え!──放て!』
パイルランチャーの杭が飛び、溶接プラズマがほとばしり、錆びついた砲弾がマーダーを襲った。
サジの言った通りの場所にコアと圧縮庫はあった。
銀色をした心臓のようなコアが潰れると同時、マーダーの体が膨れるように爆発した。
爆発はゴミの膨張によるものだった。圧縮庫が壊れたことで、内部に溜め込まれていたものがすべて放出されたのだ。
ホバータンカーにゴミが降り注いだ。収納棚、スーツケース、植木鉢、メガネ、自転車、ドレス、子供用オモチャ……全て色褪せてボロボロだ。
それはあのマーダーが溜め込み最後まで手放さなかった物たちだ。
死んだ街で眠り続けていた化け物は、遠く離れた砂漠の真ん中で散った。
亡き住人たちの遺産は流砂へ広がり、飲まれて沈んでいった。
↵
ホバータンカーは帰路についた。移動しながら戦闘したせいで帰還座標計算に手間取ったが、半日後には岩壁の街へ帰れるとのことだ。
今回の出稼ぎは危険だったが収穫は大きかった。
船を出した回収屋は本来の目的の発電機ばかりか、シールド発生装置という大物まで確保した。
サジたちは作業用アーマーと大物の情報料と分前を手に入れて、屑拾いから新米回収屋へ成長した。ベテラン回収屋とのコネも得た。
金を払って船に乗っていた屑拾い達には危険補償として乗賃無料だけでなく飲食までサービスがつくことになり、今は酒盛りの真っ最中だ。
俺はといえば船に生やした腕の撤去作業に追われている。「元に戻らなかったら殺す」と良い歳した女船長から半泣きで命令されたので。
作業用アーマーを借り、操縦訓練を兼ねて残業である。まあ俺とリンピアにも特別ボーナスが出ているので文句は無い。
一息ついていると、船べりで黄昏れているサジを見つけた。
「サジ、大丈夫か?」
「ああ、どうも、お疲れ様です。……いろいろありがとうございました、ジェイさん」
サジからは何度も礼を言われた。作業用アーマー回収協力と、探知回路のことを教えたこと。サジは自分が探知回路を持っていることについて、やはり無自覚だったらしい。一般人にとっての回路とは、第六感に近いものが多いようだ。
俺は気になっていたことを聞いた。
「回収はしなくてよかったのか、サジ。まだ間に合うんじゃないのか?」
「なんのことっスか」
「あのマーダーの中にいたんだろ、親父さんのアーマー」
「……いいんすよ」
防衛隊として命を落としたサジの父親のアーマーは、おそらくあの大型マーダーに取り込まれていた。
だがサジはサッパリと言った。
「屑拾いと回収屋にとって、ガラクタとは捨て置くものです。金に変えられないものは、キレイに砂へ還ればいいんですよ」
サジの顔にはもう、やつれて尖った少年はいない。男の顔だった。
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