ダクトスイーパー
↵
「児童虐待防止法パンチ!」
ファンに続く横穴はバケネズミの魔窟だった。
地底生活でも見なかったようなデカいネズミたちだ。
「児童貧困対策推進法キック!」
大きくて凶暴なだけじゃなく、明らかに戦闘用っぽい角や甲殻がある。
なんなんだよこのクリーチャーどもは。
「教育基本法ブレード! 児童福祉法スラッシュ!」
「ダイバー、すげー……」
まあ俺の敵ではない。安物レーザーソードで遊ぶ余裕もある。これ照射しつづけないと火力ないから、殴ったほうが早いんだよな。ライター代わりにはなるんだけど。
ラスボスはキモかった。
バケネズミマザーだ。
穴いっぱいに巨大な肥満ネズミがミチミチになっていた。なんとなくメスで出産に特化した母体であることがわかる。女王蜂ならぬ女王ネズミか。キモいのであまり見たくない。
「子どもの権利条約ビーーーーム!!!!」
ナノメタルで巨大な杭をつくり、投げつけて済ませた。
女王は脳天から串刺しになり、それでネズミの襲撃は終わった。
↵
「ふう……なんだったんだコイツら」
ナノメタルの固形化を解除、銀を回収する。あのネズミに触れていたものを取り込みたくはないが、節約の為だ仕方ない。……でも表面だけ捨てようかな。
バケネズミマザーには大きな風穴がのこった。
ん? 風穴?
「あ、ダイバーもしかして……」
穴が奥から膨らんだような気がした……瞬間のことだった。
ブヂュウウウウと汚物まみれの風が噴出した。
「ぎゃああああああああ!!!!」
血肉やら臓物やら奥側にあった糞尿やらが、風に乗ってモロに俺へふりかかった。
最悪だ。トラウマになりそう。
ダクトを塞いでいた元凶はコイツだったのだ。ものすごい風……空気の力で切断する工具にも匹敵するような暴力的な風が噴き出し続ける。
↵
グロいことになった。猛烈な風はマザーの肉をじょじょに削りとばし、穴を広げていった。そして手を貸す必要もなく巨体のすべてを吹き飛ばしてしまった。堤防の決壊を見るようだった。蟻の一穴から広がっていくというアレだ。
これだけのクソデカダクトだ。クソデカファンからクソデカ風が来ることを予想するべきだった。
目を開けることもできないほどの風に追われて、ダクト底のゴミ貯めスペースまで戻る。風の通り道から隠れればまだマシだ。強烈な上昇気流ができていて、ゴミが乱舞している。
「やったね、ダイバー!」
「帰ってシャワー浴びたい……風呂が恋しい……」
スイーパーくんは元気ですね。俺を盾にして無事でしたからね。良かったですね。
「でもどうやって上に戻るの?」
「ハァ……考えはある。服を脱げ」
「え゙っ」
スイーパーは脱がなかった。仕方のないやつだ。
自分の服を使おうと思ったが、ネズミのせいで穴だらけだった。
千切られたロープが落ちていた。これだけでいけるか?
「じゃじゃーん、シルバーカイト~」
俺が作ったのは凧揚げだ。ナノメタルを薄く伸ばした本体に、ぶら下がるためのロープをつなげてある。
これだけの風だ、それに乗って出ていけばいい。
「……そんなうまくいくの?」
「嫌ならここに置き去りだぞ」
「ぴっ」
まずテストとして俺だけ風に乗る。
……すぐ落ちた。フワリとはしていたが。風を受ける面積が足りなかったか?
ナノメタル膜をさらに伸ばす。チビ1人が増えることを考えて、2倍……いや3倍くらいか?
「うおっ!?」
やばい! 体が浮く! もっていかれる!
「おい、掴まれ!」
「待って!!!! ぎゃあ!!!!」
「離すなよ!」
俺たちはいっきに吹き飛ばされた。
恐ろしい勢いで上昇していく。
頭上の出口の光がぐんぐん大きくなる。
くそ、出口には雨よけ屋根の鉄板がある! 衝突する!
「ぶつかるぞ舌噛むなよ!」
「んぎい!」
俺の体がぶちあたる。
鉄板はひん曲がって歪み、勢いよく開いた。
↵
俺たちは空にいた。
岩の街の空を、凧で滑空している。勢いでかなり上空まで射出されたようだ。
「ニイチャン、ボク一日ですごく老けた気分だよ……」
「子供が老けたとか……まあ同感だ……」
「でも、この景色はきれいだね……」
「そうな……」
高所なのに余裕あるなあ。こいつ、大物なのかもしれない。
あ、うちのガレージだ。リンピアいるかな。いないか。
シルバーカイトは急造のわりに奇跡的な完成度で、俺たちが着地するまでのあいだ快適な空の旅を提供し続けた。
↵
うちのガレージ近くに着地したので、スイーパーを休ませてやった。テンションが上がってしまったようでピーチクパーチクうるさかったが、余っていたベッドに転がせば一瞬でスヤアと寝た。
俺は斡旋所へとくりだした。今回の件は明らかに管理不足説明不足だ。給料に対して危険度が高すぎた。初見殺し地下探索ミッションみたいでちょっと楽しかったが、それはそれ、これはこれだ。頑張ったスイーパーのためにも、割増しボーナスを要求したい。
斡旋所はジャンク街の中心にある。ついでに言うとディグアウターギルドも同じ場所にある。
実はこの街で初日に食事をしたところが、斡旋所とディグアウターギルドだった。事務所と飯屋酒屋が合体しているらしい。フィクションでよく見る『ギルド』ってやつだ。実際人が集まるし合理的な形だと思う。
↵
「ジェイ様、お待ちしておりました」
ザ・受付嬢という容姿の女性が丁寧な礼をした。この人は街に来た初日、潰れたリンピアのために水をくれた親切な女性店員だ。事務所の受付もやっている。昼は事務員、夜はウェイトレスをして一日中ずっと働いているようだが、疲れているところを見たことがない元気な人だ。ワーカーホリックなんだろうか。
よくお世話になっている人だが、今日は厳しい気持ちで交渉しなければならない。
それにしても……お待ちしておりました?
「俺は振られた仕事について文句を言いに来たんですが。ダクトの中があんなことになってたなんて、聞いてませんよ」
「はい、申し訳なく思っております。止むを得ない事情がありまして。依頼主である『セントラル』の意向です」
「セントラル……」
岩の街の大岩は天然の城塞であり、その内部の街は『セントラル』と呼ばれている。外側にくっついているジャンク街はそのオマケに過ぎない……と最初は思っていた。
セントラルは怪しい。不気味だ。
まずジャンク街はかなり景気の良い場所だ。見た目こそ巨大なスラム街だが、人と金はとても活発に動いている。小都市と言っていい。ディグアウトが盛んで有名なだけはある。警備隊という治安組織はあるし、スイーパーを救った孤児院や病院など福祉系も完備だ。
対して、セントラル──岩の内側はほとんど何もしていない。人が出入りしているのを見たことがないしそもそも出入り口が無い。壁最上部のクレーンが少量の物資を往復しているだけだ。今日の外壁掃除のような仕事はたまに来るが、それ以外に経済的な気配がない。正直、ジャンク街は単独でやっていけると思う。
そのわりに『セントラルには近づくな』というタブーが多い。ダクトへ登る前にも、上から都市を探ろうとするなと忠告された。スイーパーも畏れていた。セントラルはジャンク街よりも数千年も前から存在していて、掟を破るとジャンク街ごと一瞬で消滅させられてしまうのだという。その掟とやらの中身はといえば学校の七不思議じみた荒唐無稽なものだった。尾ひれがつきすぎて意味不明になっているようだ。
「これに関して、セントラルより使者がいらっしゃってます。お会いいただけますか?」
「使者あ?」
「はい。会うことをおすすめいたします」
使者ってなんだ。仕事を発注したエージェントって意味か? こんな日雇い仕事の事後処理のためにわざわざ外に来たのか? なんのために? 金だけ貰って帰りたいんだけど……
だが俺のためを思って言っているのがわかった。セントラルに逆らうのはたぶんまずいのだろう。
受付さんには世話になっているし、なんだかんだで依頼主だし……会うしかないか。
↵
2階の個室に通された。ジャンク街にしてはキレイな部屋だ。前世のオフィスの会議室に似ている。
セントラルの使者はすでに席についていた。
「来たか」
カウボーイのガンマンがいた。砂色の皮帽子とマント。襟で口元を隠している。黒光りした長銃を背負い、短銃で膨らんだホルスターを吊っている。ジャンク街にはありふれた格好のはずだが、高級店にいる用心棒のようなどこか洗練された雰囲気がある。明るいカラーの皮革製品って高級なイメージあるよね。
ますますわからん……こんなデキそうな人間がただの掃除依頼の後始末?
「座れ」
無愛想すぎてちょっとむかつく。あんなバケネズミが居るなんて明らかにおかしかった。その説明無しに安すぎる金額で依頼してきたのはセントラルの側だ。
「俺になんの御用ですか? こっちはやっと仕事を終えたところなんですが?」
「そのようだな」
「腰の重い住人がいたんでね、ケツを叩いてどいてもらったんですよ。立ち退き料は持ち出していただけるんでしょうね?」
「……生身でアレを相手にして、ずいぶんと簡単に言ったものだ。もちろん報酬は増額する。世話をかけたな」
「そりゃありがとうございます」
金を出してくれるんならいーんだよ。だいぶ気が済んだ。
……というか、今気づいた。
この人、前に会ったな。
「あの、ひと月前くらいに街のすぐ外で助けてもらいましたか? ジャンク街の反対側で」
「そうだな」
「あの時はどうもありがとうございました。おかげで餓死する前に夕食にありつけました」
俺は岩の街に初めて来たとき、岩の壁のほうに着いてしまった。そのときガンマンに職質みたいなことをされた。イケメンだけど女性だったはずだ。とても腹が減ってたしわりと危なかったので、ジャンク街の方向を教えてもらって助かった。それが無ければリンピアと再会することもできなかったかもしれない。
「礼には及ばない。助けたわけではない。我々は君を監視していたのだ」
「はい?」
外からくる不審者を見張ってたとか?
そういえば、この人はセントラルの人間のはず。なぜ外に出てきていたんだ?
「私が来た用を済ませよう。我々は君に聞きたいことがある」
「は、はあ」
「ダクトでアレを見たな?」
「アレって、でっかいネズミのバケモノですか?」
「……そうだ」
「そりゃ見ましたけども」
「どう思った?」
「どうって……」
「月がうるさくなかったか?」
「はい?」
「君、
「はいぃ?」
月? この世界にも月はある。だが前世地球とそこまで違わない。ちょっとだけ大きくて威圧感があるくらいだ。不思議なパワーを放っていたりはしない。
意味がわからない。なんだこれ。これを聞くために来たの? 宗教勧誘みたいだな。昔友人だった吉田と大学で再会したときを思い出す。中学のときは普通だったのになあ。もしかしてこの人は中二病とかか? 俺の素晴らしいミッション遂行能力に惚れたか? なんか勝手にシンパシーを感じたとか? そもそもこの世界に中二病って概念あるんだろうか。中学校無いしな。もしかして俺は今、この世界初の中二病の誕生に立ち会っていたりするのか? 歴史的貴重な瞬間なのか? 大切に
「……分からないのなら、よい」
ガンマンは気が抜けたようにため息をついた。
緊張していたのか? 質問をするだけで?
本当に用事はそれだけだったらしい。ガンマンさんは急にてきぱきと事務的なことを説明し始めた。ダクトの中で見たことを秘密にすること。ダクトの構造を言いふらさないこと。かわりに報酬は増額すること。危険度を考えても割の良い金額になった。このあとセントラルのほうでネズミ対策を済ませるらしい。ダクトの掃除は数十年に一度なので、何事もない限りもう依頼は無いだろうとも教えてくれた。結局、あれはセントラルの怪しい実験動物かなにかが逃走でもしたものだったのだろうか。俺たちは後処理のための偵察として使われただけという気がする。
だがガンマンは去り際にもう一度だけ言い残した。
「君、覚えておけ。
↵
嫌な記憶は忘れるに限る。寝たら記憶が定着してしまうので、その前に運動したり遊んだりして薄めてしまうのがオススメだ。前世仕事中にクレーマー対応をしたときはそうしていた。まあ今は回路でチョチョイと誤魔化せるんだが。
今日は妙な仕事だった、だが金払いはよかった。それで十分だ。
あとは知ラネ。幸せとは悩まないことだ。
美味いものでも買って帰ろう。料理プリンターも良いがやっぱりちゃんとした食べ物のほうが美味い。俺も少しずつ美味い屋台に詳しくなってきたところだ。
ガレージにつくと、キャッキャと黄色い声が聞こえてきた。
リンピアが誰かと談笑している。誰だ?
「ニイチャン、おかえりー」
そうだった忘れていた。スイーパーだ。
「ジェイ、臭うぞ。体を洗ってこい」
リンピアに顔をしかめられた。
そうだ、シャワー浴びたかったんだ。意識すると血と汚物の臭いがふたたび鼻について耐えられなくなってくる。いそいで入念に体を洗う。シンプルな石鹸しか無いが汚れはよく落ちる。
スッキリした体を拭いてリビングスペースに戻ると、俺の買ってきた屋台飯は食い散らされ、幸せそうに眠るスイーパーが転がっていた。
コイツ……!
…………。
……まあ、いいか。
↵
「リン姉様、こんにちはー!」
「ああ、こんにちは。仕事か?」
「うん、なんかね指名依頼だって、事務のネーチャンが!」
赤ほっぺのチビはうちのガレージにちょくちょく顔を出すようになった。リンピアにも気に入られている。ちょうど姉妹くらいの見た目だな。ギルドとの連絡役やおつかいなどをしてくれるので小遣いをやっている。
ちなみに本名も聞いた。リンゴというらしい。見た目そのまんまだな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます