デスワーム


 デッドランドデスワーム。荒野の主。

 見た目はぶっちゃけ地球UMAの「モンゴリアンデスワーム」そのまんまだ。地下掘削機のような頭だけでアーマーよりも倍は大きい。岩の皮膚の全長は数十メートルもある。巨大な体で突進してこられては、アーマーでさえひとたまりもない。

 キメラ虫はときおり群れをつくって人間を襲うが、このような大物がボスとなっていることがあるという。今回はその最悪のケースだ。


「リン、無事か!?」

『この程度! おまえこそ巻き込まれるなよ!』


 デスワームの奇襲をうけて、リンピアのダークレッド機は撥ね飛ばされた。

 だが直撃を受けてはいなかったらしい。リンピアはブースタを噴射し自分から後退したようだ。いい腕だ。俺もかすり傷程度で着地した。

 今もリンピアはデスワームの気をひいて跳び回っている。ジャンプと滑走を繰り返し、要所要所で小刻みにブースタ噴射。予想をつかせない華麗な機動だ。

 とはいえヤツに勝てるかどうかは怪しい。


『くそ、硬すぎる!』


 リンピア機の武装はライフル砲とハンドロケット──人間でいう小銃と携帯グレネードランチャー。どちらもスタンダードな武器だ。他の武器はすべて売ってしまったらしい。軽量スピードタイプのアーマーだから悪い装備ではないが、今は全く破壊力が足りていない。

 ガスガスガス──とデスワームに命中はしているが、表面の岩が剥がれるだけだ。ところどころピンク色の生身が見えているが、全体の面積に対しては小さすぎる傷だ。

 俺のヘルコプターも役立たずだ。岩の皮膚を叩いて逆に壊れているものすらある。ワームが移動しただけで薙ぎ倒されていく。


『これならどうだ!』


 リンピアの渾身のグレネードがデスワームの口の中に命中し、炸裂。

 バフ!──と先端が破裂した。

 ……が、すぐにデスワームは動きを再開した。

 とんでもないな。1メートルほど先端が短くなっているが、気にしていない。新しく先端になったところにも歯がずらりと並んでいる。コイツもしかして、脳が無いのか。体のほとんどが口と消化器官を兼ねた、全身パイプのような生き物なのかもしれない。

 そしていちばんの問題は…… 


「リン、もしかして生存信号って──!」

『そうだ! あいつと一緒に動いている! ふたりはあいつの腹の中だ!』


 やばいな。ニールさんたちをさっさと拾って逃げる、という作戦は不可能になった。

 あいつを倒さなければ終わらない。どうする?

 考える。リンピア機はヤツにやられはしないが火力が足りない。ヤツは動きは単純だが重量と勢いが破壊的だ。それを倒すにはどうする? つなげ合わせるとどうなる?


「……ヤツ自身の運動エネルギーを利用して、自滅させる。パワーにはパワーだ」


 作戦は思いついた。準備に時間が必要だ。


「リン! そのまま気をひいてくれ! 時間がほしい!」

『おまえは大丈夫なのか! 虫どももくるぞ!』

「大丈夫だ! 回避重視でいい、そのまま楽しく踊っててくれ!」


 強がりで言ったわけではない。ヘルコプターの隙間からキメラ虫が寄ってくるし、デスワームが暴れるせいであたりはめちゃくちゃだが、やられる気はない。


「──やってやる、全力だ」


 俺は転生してからこれまで、全力を出したことが無かった。振り絞り切ることがなかった。

 地下ではつねに消費カロリーを計算して力を抑えていた。どんな危機を乗り越えても、その後餓死したら意味がないからだ。だが、今はひとりじゃない。たとえここで倒れてもリンピアがいると信じられる。

 この戦いには、価値がある。全力を出すだけの……命を賭けるだけの価値がある。ニールさんたちを助けられなかったら、俺は絶対に後悔する。せっかくアーマーだらけの最高の世界にやってきたのに、暗い記憶を背負って生きるのは御免だ。


 この世界で初めて優しくしてくれた人たちを死なせない。

 リンピアの大切な人を死なせない。


「ウおおぉぉォッ!」


 回路をオーバークロック実行。脳に電流が走り、脊髄が発熱する。


《肉体管制:思考速度最大》

《肉体管制:聴覚鋭度最大・視覚精度最大》

《肉体管制:筋肉強度最大・損害無視》


 飛んでくる虫たちがスローに見える。対して俺の全身の筋肉はみなぎり、最大効率で稼働可能。中型キメラ虫を一発で殴り潰す。


《錬銀術:最大速度・最大容量・最大強度》


 手首から大量出血のようにナノメタルがほとばしり、銀の刃が切り裂く。

《機械信号:圧縮解除:最大速度・慣性維持》

 投げつけた圧縮結晶が空中でアームになり、そのままの速度で大槍として突き刺さっていく。

 さらにおまけにアームとナノメタルの刃を接続し、巨大な大剣として振り回す。キメラ虫の一団がズタズタに切り裂かれる。

 キメラ虫どもはほとんど消えた。だがこれは準備前の片付けにすぎない。

 ここからが本番だ。

《機械信号:圧縮解除・即時解凍・拡大復元》

《錬銀術:最速成形・硬度最大》

《機械信号:牧野式フルコントロール》

 俺はアームをナノメタルで次々と繋いだ。カプセルクリスタルはサイズをある程度操作して解凍できる。力を注ぎ込んで、どちらも最大で何本も解凍していく。それを機械信号で調整しながら、錬金で溶接し、あるカタチを築き上げていく。行くぞ牧野。


「リン、今だ! こっちに引き付けてくれ!」

『わかった……なんだ!?それは!?』


 俺が築いたのは、鉄骨で組み上げられた首なし巨人の上半身だった。最下級アーマーの骨のような構造を参考に、多数の工業用アームで再現した。ド素人による3Dモデルのポリゴンフレームのようだ。胸と肩だけで10メートルの高さはあり、それに巨大な腕がついている。地中から這い出た巨大骸骨ガシャドクロ……まるで巨大なアーマーの亡霊だ。

 俺はその頭があるはずの部分に立っている。ここからがいちばんうまく操作できる。というかこの場所以外からは無理だ。


「こいつでぶん殴る! 質量攻撃だ!」


 パワーにはパワーだ。やつ自身のエネルギーに真正面から大質量をぶつければ、挟み込まれて大ダメージになるだろう。


『メチャクチャだな! おまえに賭けるぞ、ジェイ!』


 リンピア機がライフル砲を速射し、うまくデスワームの気をひいてくる。

 デスワームも急に現れた大物に気づき、こちらに突進してきた。


「どりゃああああああ!」


 鉄骨巨人をフルコントロール。アームの一本一本がきしみ、最大馬力で稼働する。胸から上をひねり、肩を駆動し、腕を突き出す。

 俺も同じ動きをする……自身の体と疑似リンクすることでなんとか制御しているのだ。ヘルコプターを回転させるのとは桁違いの複雑操作。脳内に火花が飛び散り、眼球が飛び出そうだ。ナノメタルが鼻血のように吹き出す。口の中じゅう金属の味まみれだ。頼むぞ、牧野。


 ゴゴゴゴアアア!!──とデスワームが地表をえぐりながら襲い来る。


 鉄骨巨人の拳がデスワームの頭にぶつかり──


 ──そして、負けた。


 拳は砕けた。前腕が裂けてバラバラになり、肘が折れ曲がり、肩が弾け飛んだ。

 それらすべてが俺の実際の腕として知覚され、痛みシグナルが殺到した。脳に異常なフィードバックが襲いかかり、意識が一瞬飛ぶ。全身が神経からバラバラになりそうだ。機械信号回路を全力実行しすぎた。ナノメタルがゲロのように口からあふれ出る。何やってんだよクソ牧野。


『ジェイ! 馬鹿っ! 死ぬなあっ!』

「……俺は、死なねえよォ!!」


《錬銀術:出量限界突破》

《機械信号:スーパー牧野式コントロール》


 腕はまだ、もう一本残っている。


 口からドバドバと大量のナノメタルを吐き出す。両手からも出す。それは生き物のように鉄骨巨人を這い伝わり、残ったもう一本の腕に巻き付いて補強し、そして拳を塗り固める。

 失敗をもとに最適化された機械信号が、鉄骨巨人を再起動する。より滑らかに力強い動きで、銀色の巨腕が振りかぶられる。すごいぞスーパー牧野。スーパー牧野ってなんだよ。

 勢い殺さず突進してくるデスワームに、鉄骨巨人は二撃目を繰り出す。


 大気を押しのけながら、巨大拳が前進した。


 ドパン!──と水音のような爆発音がして、デスワームの先端が潰れて爆ぜた。


 真正面から巨拳をぶち当てられ、デスワームの頭部は瞬時に肉塊と化した。停止した頭部にむかって後続する胴体が次々と衝突し、自分の勢いで潰されていく。岩の破片と緑の体液が周囲に降り注ぐ。

 長大な岩の怪物が、折り畳まれていく。つぎつぎと連続する衝撃に押されて、鉄骨巨人も巻き添えになって倒されていく。

 俺は慌てて飛び降り退避した。


 ↵


『……やったのか?』

「さすがに、やっただろ……あれで無理ならお手上げだ」


 しばらくのあいだ呆然とする。ヘルコプターがカラカラと回り、たまにキメラ虫がそれに触れて弾けている……のどかな音が荒野に響いていた。 

 力を使い果たした。この世界に来てからずっと感じていたエネルギーのようなものが、全て空になっているのを感じる。体の芯が鉛のように重い。

 勝った。これでもう安心だ。安心して……あれ、なんだっけ。

 しっかりしろ、俺はなんのためにここに来たんだ。アレを倒すためじゃない、他の目的がある。

 そうだ、救助だ。ニールさんとヴィンティアさんを助けに来たんだ。

 そのふたりの居場所は……あのグチャグチャのデスワームの……


「なあ! ワームをあんなにしちゃったけど、ふたりは大丈夫なのか!?」

『ああ、コアガードがある。あれくらいなら大丈夫だ』


 めちゃくちゃに焦って聞いたが、リンは平気そうだった。

 コアガード……コックピットだけは無事ってことか? 本当にそうなのか? デスワームは原型すら失いかけている有様だ。そんなに強固に守れるものなのか?


 リンピア機がデスワームの長い胃のうち、めぼしい箇所を突き止めた。体の裂けた箇所からこじ開けていく。胃壁を切り裂くと土石流のように内容物が広がり、異臭がたちこめた。

 気ばかりが急くなか、見守ることしかできない。疲れて体が重いのもあって、集中力が切れかけていてうまく考えられない。

 やや時間をかけて、2機のアーマーが見つかった。どちらも半壊していて、デスワームの胃の内容物でドロドロにまみれている。

 リンピアの機体が強引にコックピットハッチを開ける。

 とたんに刺激臭がした。最悪の匂いだ。死の匂いだ。地下で臭気に慣れている俺でさえ頭がおかしくなりそうだ。

 そこにあったのは……


 ……ドロドロの肉塊の成れの果て。

 ……ピンク色の白骨や黒い固形の何かが、パイロットシートにへばりついている。

 ……胃液で焼けただれた衣服の残骸が、ハンドルレバーにからまっている。


 ニールさんとヴィンティアさんの、無惨な死骸がそこにあった。

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