記憶情報
俺はロボットゲームが好きだった。
正確には、アセンブル・コアというロボットゲームが大好きだった。熱狂的に。
アセンブル・コアはロボットゲームジャンルの代表的なタイトルだ。腕・脚・頭・胴のパーツを組み替えることができるシステムで、機体ペイントも自由度の高い編集ができ、自分だけのロボットで戦うことができる。硬派で奥の深いストーリーも評判だった。
アセンブルコアは俺の心の拠り所だった。俺の人生はあまり幸運ではなかった。灰色の青春。大学受験期に父親が癌で急死。就職直後に母親が事故死。学業には身が入らず、会社ではミスばかりした。今にして思えば鬱状態で脳が弱り、頭が働いていなかったのだろう。
それでもアセンブルコアをプレイしている間だけは、俺は幸せだった。死んだように働いているときも「もう少しでアセンブルコアの新作が出る」というだけで生きていた。
最新作ではオンライン対戦の要素が大きくなり賛否両論だったが、俺は満足だった。ストーリーモードも満足なボリュームとドラマあって楽しめたし、なによりオンライン対戦なら無限にアセンブルコアを遊ぶことができる。「飽くなき闘争の世界」というゲームのキャッチコピーにピッタリではないか。
働いている時間以外はほぼアセンブルコアをプレイした。
ストーリーモードをクリアし終えてからオンライン対戦へ繰り出し、すぐに熱中した。強いパーツを買い揃え、個性的なペイントを施してオリジナルロボットを作り、ライバル同士で領地を奪い奪われ、戦略を練ってトップクランを出し抜き……
だが輝かしい時間はあっという間に過ぎ去った。
当然だがゲームのプレイヤー人口は時間が経つほど減り続ける。発売から数年後のある日、なぜか拍子抜けするほどあっさりとオンライン1位になった。いつも立ちふさがるはずの強敵や高位クランが居なかった。
アセンブルコアを真剣にプレイしているのがもはや俺だけだということに、その時はじめて気付いたのだった。
アセンブルコアはなぜか新作が出なくなった。
俺は信じて待ち続けた。他のロボットゲームでは満たされなかった。若さが衰えはじめて体のあちこちが痛むようになっていたが、アセンブルコアをプレイしている間は気が紛れた。
ごく少数だがプレイヤーは残っていた。本当にアセンブルコアを愛している奴らだ。しかしその数も減っていった。
最後の1人のプレイヤーとは深い付き合いになった。
毎週、土曜深夜に数時間だけ対戦するのが日課になった。名前も顔も知らず、メッセージをやり取りしたことすら無かったが、自然とそうなっていた。数時間待ってもマッチングしなくなったオンライン対戦が、週末の数時間だけは連戦できる。腕前も俺に劣らぬ強者。幸せだった。
次の土曜日はどんな戦いをしようか。俺は週末の数時間のために1週間を生きていた。俺たちはいくつもの新しいセオリーを作り上げ、それ以上の対抗戦法を編み出した。ネット上で最強だの結論だのと持て囃された機体構成は、もはや遠い過去のものだった。完成形が見つかったと思っても、ネタ扱いだった小道具が活躍してひっくり返った。あらゆる武器を撃ち合った。
ある日それも終わった。これまでで最高の闘いだと感じた直後だった。
『子供が生まれたので、遊びは卒業する』
初めて送られてきたメッセージがそれだった。
かなり落ち込んだ。体調はさらに悪くなった。
だが完全な絶望では無かった。
アセンブルコアを制作した会社は別ジャンルのゲームタイトルが好調だった。稼いだ資金でロボットゲームを再び発売するのではないかと期待された。
あるとき、制作会社の求人ページでロボットゲーム開発経験者が募集されていた。ネット上でも少し噂が流れた。「あの続編が出ないゲーム」に新作がでるのではないかと。
そして、あいつから再びメッセージを受け取ったのだった。
『自分は今、アセンブルコアを作る側にいる。おまえとの戦闘データから、新作が生まれるぞ。また、闘ろう』
だがそれが最後のメッセージとなった。
「アセンブルコア? あれよりね、売れるゲーム優先ね。スタッフも離散してもう居ないんでね」
望みは絶たれた。完全に。
制作会社の別ジャンルゲームは好調を重ね、世界で売上を争うほどの人気タイトルとなっていた。その記念イベントで、社長だかCEOだか知らないが偉いやつが断言したのだった。その後、開発会社は利益優先の近視眼的経営に傾いた。人気だったタイトルも陳腐化して飽きられ経営不振になり……倒産した。
アセンブルコアはもう、永遠に制作されない。
正確には一部開発されていたらしいが、特に復活へ熱心だった中核スタッフが消えたらしい。ネット上では過労死したという噂が流れた。
それからの記憶は曖昧だ。死んだように働き、死んだように眠る。客観的に見れば、以前までとあまり変わらない生活だっただろう。
ただし1つだけ変わったことがあった。
アセンブルコアをプレイしなくなった。
そして、俺は死んだ。
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