第31話 あしをなめて

 体験入学。この制度を利用してる人がいるのだろうか、と思う人も多いのではなかろうか。

 結局のところ、入学してクラスメイトに囲まれてみないとわからないってトコはある。いつの時代も人間関係が重要だと思う。


 HAHAHA、とバタ臭い声が聞こえてくる。

 そう、ゴールデンウィーク明けの翌週が吸血鬼兄妹の初の登校日になる。

 杏にせよことりにせよ、そしてこのブラザーズにせよ、どのように手続きしてるのか謎極まりない。

 ひょっとして俺は、世界の暗部に触れているのではと思うときがある。



「グーテンモルゲン! やあやあミオ、今日という日が来たことを神と君に感謝だよ。実にいい天気だ」

 およそ吸血鬼が言ってはいけないセリフのオンパレードに血の気が引く。


「おはようございます、下民。さあ、案内しなさい。今日は私も興奮して眠れませんでしたの。現地に到着したらモーニングにしますわ」

「人前で血液はちょっと……下手したら警察沙汰になりますんで、勘弁願えませんかね」


 あふう、とあくびをしているアマリエ。顔色はいつも通り悪い。

 まずもって目を引くのが、金髪のドリル縦ロール。それセットするのに何時間かかるんすかね。


 終始笑顔なのは兄ヴェリスだ。こちらはいわゆる異世界転生系の主人公のような、金のミドルヘアーをしている。


「ねえアマリエ、無理を言ってはいけないよ。ニポーン人たちは行儀にうるさい民族だそうだから、きちんとランチタイムまで待ちたまえ」

「そうですわね。下民に迷惑をかけるのも悪いので、そうしますわ。ティータイムくらいで今日は済ませましょう」

「それがいいね! 僕はビールとヴルストを持ってきたんだ。ニポーン人はオベントって言うんだっけか」


 もうどこから訂正すればいいのかわからん。

 少なくとも血液パックガブ飲みと、学び舎での飲酒はやめさせたい。


 家の前でワイワイやってると、雪乃宮が小走りでやってきた。

「おはようミオ」

「おはよう、杏。頼む、助けてくれ」

「……なにごと?」


 かくかくしかじかと吸血鬼どものアホっぷりを晒し上げるが、杏サンの反応はいたって冷徹だった。

「べつにいいとおもう」

「駄目だろ。いや、流石に血を取り上げるのは命に関わるからしょうがないと思うが、飲酒は即通報されるぞ」

「学校一棟分であれば、彼らなら大丈夫」


 何か俺の知らない根拠があるんだろうか。

 少なくとも、教室でお茶会や吸血会、そして飲み会にならないよう祈るしかない。


 担任の教師のノリちゃんが、頬を染めている。

 アラサー独身女子で、乙女ゲーマニア。担当教科は日本史。

 ふとした拍子に異世界転生してもおかしくないスペックの先生だ。


 美形外国人を前にして、声が上ずっており、視点も定まっていない。

 すげー緊張してるのな。それか目の保養。


「きょ↑、今日は↑新しいお友達を↑、紹介っ↑しますっ↑」

 ノリちゃんきょどってんな。


「おおおっ」

 同じように、クラスの皆も感嘆と興味、そして緊張の声を上げている。


「やばくね、目がスカイブルー! サラッサラの金髪とかマジ王子」

「俺、縦ロールなんて初めてみた。現実世界にいたんだな……」

「ふひひ、この軍師長谷川の目をしても、斯様な展開になるとは見抜けず……数奇数奇」

「結婚してください!」


 なお最後の一名は即鎮圧された模様。


「じゃ↑、じゃあ自己っ↑紹介↑をお願いしまっ↑す」

 ノリちゃんが促すと、ヴェリスが一歩前に出る。


「初めまして、日本の皆様。僕はヴェリス・フォイエルバッハと申します。父の仕事の関係上、短い間になりますがどうぞよろしくお願いいたします」

 と、優雅に腰を折る。


「お初にお目にかかります。私はアマリエ・フォイエルバッハでございます。まだ日本は不慣れでご迷惑をおかけするかと思いますが、よろしくご指導くださいませ」

 こちらはスカートを摘まんでのカーテシーだ。


「やっべ、ガチ貴族だ貴族! 超映えるー」

「インスタのいいねがえっぐ! 金髪しか勝たん!」


 女子の沸きがパねえ。

 ってかこいつら、ちゃんと余所行きの表情と挨拶はできるのね。

 よかった。酒飲みながら出てきたら、クラスメイト全員記憶なくすまで殴らないといけないところだった。


「朝に席を用意してっ↑おきましたからっ↑。そちらに座ってくださっ↑いね」

「はい、先生。よろしくお願いします」

「承知いたしましたわ」


 うん、どういう手を使ったかはもう問わないよ。

 俺の両サイドに無人の机が二組あれば、否が応でも分かるから。


「では、出席をとりますっ↑」

 若干引きずってるノリちゃんを横目に、着席と同時にウインクしてくるヴァンパイアーズ。もう終わりだよ、この学校。


「っと……」

 またワンコ消しゴムが転がる。本当におこげに似て、ちょこちょこと転がるやつだ。

「やべ」


 転がり込んだ先は、アマリエの足の間。いや、どうしようか。流石に取りに行くのは不審だしな、声をかけよう。


「あ、アマリエさん。ちょっと」

 ニコ、と笑顔で八重歯を見せるアマリエ。顎をくいっとしゃくって、自分で取れと言っているようだ。


「え、まずくないかな。できれば……」

 クイッ、クイッ。

 わかったよ畜生。初日に転校生の外国人の股に手を伸ばすとか、もう学校内カースト最下位確定だよ。


「じゃ、ごめん。ちょっとだけ」

 席を立って、アマリエの足元に手を伸ばす。

 あれ、無い? おかしいな、確かに在ったはずなんだが……。どこにいったかな。


「んんっ!?」

 ワンコ消しゴムが、アマリエの足の指に挟まってる。どうワープしたらこうなるのか、そしてなぜ彼女は裸足なのか。

 誰か世界の知恵者はこの異次元的疑問に挑戦してもらいたい。


「口で取りなさい、下民」

「え、いやダメでしょ。授業中だって――いや授業じゃなくてもそういうのは」

「大丈夫。ほら、しっかりと指まで含んで取りなさい」


 やばない?

 これ、教室にテロリストが来るレベルでやばい案件では。

 俺が周囲を見回すと、他の生徒はまったくこちらを見ていない。一時間目の現代文の先生も、まるで気にしていない。


「あ、アマリエ……何したんだ」

 彼女の青かった瞳は、いまや赫々と輝いている。

「流石純血種ですね、下民。私の注意逸らしが効かないのはお見事ですわ」

「ほう、やるねニポーン人。アマリエはこうみえても一級の術師だ。普通は路傍の石ころのように誰しもが興味を失うんだがね。すごいな君は」


 呼吸するようにクラスに催眠術をかける妖怪ども。

 多分試してたんだろうか。自分たちの力がどの程度通用するかを。


「それはそれとして、下民、早く咥えなさい」

「普通に取ってくれっつの。そんな趣味はねえから」

「ニポーン人はこういうプレイが好きなんだろう? アマリエが折角サービスをしているのにねえ」


 今度はヴェリスの瞳が赤くなる。ぐ、体が言うことを効かなく……口が勝手に……アマリエの足に口づけを――。


 お分かりいただけるだろうか。

 授業中に都合よく催眠がかかり、隣の金髪縦ロールちゃんの生足を嘗め回そうとする、男子高校生の図。

 ひっそりとチラってる桃色の布を目の前に、跪いておみ足を取る。

 

 早くなんとかしなければ……。このままでは人権蹂躙の模範になってしまう。

 俺は残る力を振り絞って、杏の方を見た。


 椅子が、跳ねる。

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