イヌの群れ

ぶざますぎる

イヌの群れ

 K牧師はA教会に赴任して直ぐ、奇妙な体験をした。

「前任者からの引継ぎを終えて、一段落した頃です。翌日は日曜だったので、礼拝に備えて、会堂を掃除していました」

 掃除を終えたK牧師は、説教壇の後ろの壁に掲げられた十字架の前に立ち、祈った。

 "" 何かと力不足の私ですが、自らの精一杯を尽くして働きたいと思います ""

 前任地で厄介な信徒たちから嫌がらせを受けたK牧師は、心身に不調を来し暫時、牧師職を退いていた。そんなK牧師にとって、A教会は復帰後初の任地だった。

「祈ってみると、何だか体が温まるような、心地好い感覚になりました」K牧師は言った「それと同時に、背後に気配を感じて、私は振り返ったんです」

 振り返った先には、礼拝席を埋め尽くさんばかりのイヌの群れ――チワワからドーベルマンその他まで様々な犬種が揃っていた――が居て、皆が大人しくK牧師を見つめていた。K牧師は茫然、突如として現れたイヌたちを見回した。不思議と恐怖は無かった。イヌたちは行儀好く礼拝席の上に座っていた。

 群れの裡の1匹に目が留まった。見覚えがあった。少しとぼけた感じの顔をしたシェルティ。

「あれは絶対に、私が子ども時分に飼っていたイーヨーでした」

 内気な性格で友達も居らず、家に籠りがちな子どもだったK牧師のために、ある日父親がシェルティの子イヌをもらってきた。子イヌは母親が好きだった『くまのプーさん』のキャラクターにちなんで、イーヨーと名付けられた。イーヨーはK牧師の善き同伴者となり、共に成長した。だが、その裡にイーヨーはK牧師を置き去りにする速さで老いてゆき畢竟、K牧師が二十歳を迎えて直ぐに死んでしまった。

 イヌたちの出現に戸惑いながらも、K牧師は群れの裡の1匹が、かつてを共に過ごした、かけがえのない友であるという確信を抱いた。そしてその確信と共に、失われた過去への憧憬を強く感じた。縋るような気持ちで、見覚えのあるシェルティに呼びかけた。

「イーヨー」

 シェルティがK牧師の呼びかけに反応した。好意的に耳を軽く後ろへ倒し、尻尾を振った。礼拝席から飛び降りて、通路で少し伸びをしてから、K牧師の下へやって来た。K牧師の足下をクンクンと嗅ぎ、それからK牧師を見上げた。

「イーヨーと見つめ合って、私は涙ぐんだんです。それで一瞬、目をつむりました」

 K牧師が再び目を開くと、イーヨーも他のイヌたちも消えていたのだという。

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