第6話 水城浦家の当主

 しばらくして——

「と……とにかく」

 ずっと無言で見つめ合っていることが気まずくなったのか、葉一が不意に口を開く。小首を傾げながら。


「……初めまして……?」

 この適当過ぎる言動に、一方の響也は半眼になって指摘をしていた。

「……現実逃避してる場合じゃ……ないぞ……」

「……だよね」


 葉一も、すぐに自省をする。その後、二人ともおもむろに立ち上がると、改めて全身を確認。それが終わると、響也が自らの認識を口にしていた。


「……女子……だよな。お互いに……」

「……うん。そう……だよね……」

「……意味が分からないんだが?」

「……僕に聞かれても……」


 葉一が困惑していると——

「——あ……ッ!」

 と、響也が急に何かを思い出していた。

「⁉」

 葉一がびっくりする中、一方の親友は眉根を寄せる。そして、自らの記憶を必死に掘り起こそうとしていた。


「そういえば……母さんが扱う術に、対象の肉体構造にまで干渉するっていう術式があったような……」

「え……⁉」


「これって……もしかして、その結果か? ここは……家の古い儀式の場だったのかもしれないな。なんらかの理由でその術式がまだ活きていて、俺達が踏み込んだことで、それが発動したのか……? だったら……」


 響也がなおもそんな憶測を呟いている。一方の葉一は水城浦家の真の力を思い知らされ、絶句するだけだった。

「そんなことも……できるのか……」


 だが、一方の響也はその反応を一切気に掛けておらず、この状況の解決策だけを模索している。

「……とにかく、母さんに聞けば、元に戻る方法も分かるかもしれないな……ただ……」

「?」

 葉一が再び小首を傾げる中、一方の親友は自嘲気味に笑いながら尋ねていた。


「……正確な事情を正直に話す必要があるけど……そもそも、この姿でもちゃんと息子だって認識してくれると思うか?」

「どう……だろうね。そうなってくれないと困るけど……」

「二人とも……っていうのが、困りどころなんだよな。どちらかだったら、片方が証言することもできるんだけど……」

「そう……だよね……」


 と——

 そのまま、お互いが沈黙してしまった刹那だった。


 急に——

「——響也ッ!」

 と、この洞窟の入り口の方から、女性の声が。

『⁉』


 二人が弾かれたように顔を向けると——

 そちらの方向から、懐中電灯を持った何者かが近づいてくる。ただ、二人ともその声には聞き覚えがあった。


「ああ……! どこに行ったのかと思ったら……こんな所に……!」

 特に、響也にとっては非常に身近な存在だ。

「……母さん……!」


 その言葉の直後——

 響也の母親——晶乃あきのが、この半球状の空間に辿り着く。和風な出で立ちがよく似合う四十代前半の女性だ。また、この人物こそが水城浦家の現当主であり、この街の陰の実力者である祈祷師だった。


 ちょうど接触が必要だったため、渡りに船だ。また、晶乃の行動に迷いが見られないことから、既に事情を理解しているのかもしれなかった。


 ただ、迂闊な行動でこのような事態を引き起こしたことに、響也がそれなりに動揺をしている。そんな中、晶乃は真っ直ぐに我が子の方へと接近していた。


 そして——

 何の躊躇もなく、その身をそっと抱き寄せる。

「ほんとに……無事で良かった……」


 もっとも、この展開は——

『……?』

 葉一にも響也にも予想外だった。どうやら、急に屋敷から消えしまった我が子を、今まで探していたようだ。ただ、その性別が異なっているという事実を最初から無視していることに、二人とも強い違和感を覚えていた。


 だが——

「……本当に……良かった……」

 晶乃は、我が子をさらに力強く抱きしめるのみ。そのため、当の響也が思わず確認をしていた。


「……え? あの……母さん……?」

「なあに?」

「……俺のこと……ちゃんと認識してるの?」


 すると——

「——何をバカなことを……ッ!」

 と、急に晶乃が怒り出す。

『!』

 葉一も一緒になって驚く中、晶乃はその瞳に涙を溜めながら、思いの丈を一気に喋っていた。


「……母親が……自分の子供を認識できない訳ないでしょう! 例え……性別が変わっていたとしても……!」

 この理解をはるかに凌駕する愛情に——

「……母さん……!」

 一方の響也も思わず感激していた。同じように、その瞳に涙を湛えている。そんな親子の様子は、傍から見れば微笑ましいだけの光景だった。


 が——

 一方の葉一は——

「……?」

 徐々に、何かがおかしいことに気づき始めていた。よくよく考えると、晶乃の登場があまりにも絶妙だったのだ。まるで、タイミングを見計らっていたかのように。そこに、どうしても違和感があった。


 すると——

 ここで、晶乃が思わず口を滑らせる。

「……私の可愛い娘……やっと会えた……」

「え——」

 と、響也もその違和感に気づきそうになった時のことだ。


 突然——

「——とりあえず」

 晶乃の様子が一変し、愛する我が子の顔にそっと手を添える。


 その直後——

「——ッ⁉」

 葉一が驚いていた。響也の全身から一気に力が抜け、母親の方に寄り掛かったからだ。あまりにも急な展開の中、一方の晶乃は我が子にずっと優しい瞳を向けていた。


「……少しばかり眠っていてちょうだい。これから大事な話があるの」

「……母……さん……?」

「……お休みなさい。京華……」


 そう告げた直後——

 響也の意識が完全に途絶える。どうやら、強引に眠らされたようだ。何かの術だったのかもしれないが、葉一には理解が追い付かない。無論、その目的に関しても。

「……えーと……」


 親子の傍で呆然としていると——

「——さて……そっちは……和泉葉一君ね?」

「——ッ!」


 いきなり視線を向けられ、思わず身構えてしまっていた。もう何度も顔を合わせたことがある人物だが、今までとその雰囲気が全く違う。その事実に思わず生唾を嚥下していると、一方の晶乃が急にいつもの優しい顔になっていた。


「色々と聞きたいこともあるでしょうし……とりあえず、私達の屋敷まで戻りましょうか」

「え……」

「悪いのだけど……娘のことをお願いできないかしら? 私が後ろを支えながら、足元を照らしますので」


 そう言いながら、葉一の背に我が子の身を預けようとしている。確かに、下山のための道のりを考えると、その選択が最良だ。だが、葉一はそれよりも相手の認識が気になって仕方がなかった。


「……娘……?」

 怪訝そうな瞳で聞くが——

「何かおかしいでしょうか?」

「——⁉」

 はっきりと告げられてしまい、返す言葉がない。沈黙してしまうと、晶乃はその反応を了承と勝手に受け止めていた。


「……では、お願いいたします」

 そう言いながら、息子——いや、娘の身体を預けてくる。一方の葉一はもう完全に思考が停止しており、唯々諾々と相手の指示に従っていた。


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