親友と一緒に性転換したはずだったのに、向こうは元に戻っただけだとかいう話を聞かされたんですが

宮井くろすた

第一章 交差性転換

第1話 プロローグ

 まだ十代半ばの、うら若い少女と少女——

 そんな二人が、ここまで乗車してきたアルファードの後部座席から静かに降車していた。場所は街中にあるショッピングモールの前。これからその施設内に入り、アパレルショップ等で衣料品を見て回る予定だった。


 時間に余裕があれば、いつもは真横を通り過ぎるだけの甘味処に立ち寄ってもいい。または、ゲームセンターでクレーンゲームに興じてもいい。そういった自由で開放的なひと時を想像すれば、年頃の女子なら心を躍らせるはずだった。


 だが——

「……あー……気が乗らないなー……」


 一方の少女——水城浦京華みきうらきょうかは渋い顔で呟いていた。艶やかな長い髪を背の中ほどまで伸ばしており、青いキャップを目深に被っている。上には厚手のパーカーを着込んでおり、どことなくストリート系を思わせるファッションだ。ただ、アクセサリー等の装飾品は皆無で、どちらかというと無理に男装しているかのような出で立ちだった。


 もう一人の少女——和泉乙葉いずみおとはも、帽子こそ被っていないが、ほぼ同じような装いだ。肩の線で髪を切り揃えており、男性の方がむしろ似合いそうなズボンを穿いている。その乙葉は車両から降りる際、運転席の方に一度視線を向けていた。


「じゃあ、二時間後に合流ということで、お願いします」

「あいよ。お気をつけて」

 運転手は短くそう言い残すと、おもむろにミニバンを発進させる。そのままショッピングモールの駐車場を出ると、車両ごと何処かへと消えていた。


 それを二人で見送ると、ここで京華が再び渋り始める。

「……なぁ……ほんとに行くのか? お前が全部買ってきてくれないか?」

 その縋るような眼差しでの懇願に、一方の乙葉は溜息をついてから突き放していた。


「そういう訳にはいかないから。最初だけは実際に試着しないと、ちゃんとサイズが合うかどうか分からないんだし」

「それって……要するに、女物の下着も買うってことだろ? お前は平気なのかよ……」


 この指摘に、一方の乙葉は一瞬だけ戸惑ってから、諦観した様子で呟く。

「……しない訳にはいかないからね……仕方がないよ。ネットショッピングとかは、そのあとで有効活用しよう」


 すると——

 ここで、京華が不意に相手の胸元へと視線を落とす。

「……ない方が揉みやすいと思うんだけどなー」


 この唐突な言動に——

「——な⁉」

 乙葉は慌てて、自身の両腕を上半身の前でクロスさせていた。


 そんな反応を見て、京華はニヤニヤしながら戯言を続ける。

「乙葉ちゃんもー、そう思わないのかなー?」

「こういう時に限って、そういう言い方を……!」


 乙葉が相手を睨むが、その効果は全くないようだ。京華は平然とした様子で視線を逸らしている。それを見た乙葉は思わず拳を握り締めていたが、そこで理性を総動員させて冷静になっていた。


「……それよりも……!」

「?」

「そろそろ言葉遣いに気をつけ……ましょう。私達……普通の女の子として、しばらく生活しなくちゃ……ならないんだし……」


 それは、明らかにぎこちなくて不自然な物言いだったが——

 一方の京華は、それを笑ったりしない。また、そこで真顔に戻ると、視線を泳がせながら渋々了承していた。


「……分かってるよ。なるべく努力する」

「……ほんとに?」

「俺を信じろ——って、あ……」

「……不安しか感じない……」

 乙葉がその言葉通りの表情を浮かべている。今後の先行きを考えると、とにかく憂鬱でしかなかった。


 そんな時のことだ。

 急に——

「——ねぇねぇ、そこの女の子達……!」

 と、二人に声を掛けてくる者が。

『?』

 乙葉と京華が同時に振り向くと——

 そこには、見知らぬ若い男の顔が二つ。さらに付け加えると、両者ともにチャラそうな風体だった。


 一方の男が、なおも軽々しく語り掛けてくる。

「もしかして、二人だけ? 奇遇だねー。俺達も野郎二人だけなんだ。もし良かったら、一緒に遊ばない?」


 これを聞いて——

「……うわ……いきなり……」

 乙葉はその目的を瞬時に理解していた。いわゆる、ナンパというやつだ。こういったパターンも、確かに想定はしている。だが、ショッピングモールに入る前のこのタイミングで遭遇するとは、全く想像していなかった。


 そんな内心には気づかない様子で、男達がさらに近寄ってくる。

「ねぇ、どうかなー? きっと楽しいと思うんだよねー。だから、一緒に——」


 と——

 そのまま口説き文句を続けようとした刹那だった。

 京華の雰囲気が——

「——今すぐ……失せろ——」

 急に一変。


 それは——

『——ッ⁉』

 ド素人でも分かるほどの、激しい殺気が込められた視線だった。


 意表を突かれた男二人が完全に射竦められている中、京華は重い口調でさらなる威圧を加える。

「……聞こえなかったのか? 俺は……失せろと言ったんだ」


 この激しい通告に——

「……あ……あー……なんか……ごめんなさい……」

「……う、うん。俺達が……悪かった……よ……」

 男二人は顔を真っ青にしながら退散していく。そのまま姿が見えなくなると、京華がやっと殺人的なオーラを解除していた。


「……ったく……見境のない連中だな」

 だが、一方の乙葉には、その一連の手法が看過できない。結果自体は、それで良かったのだが。

「……ちょっと……京華ちゃん?」


 思わず半眼になって見つめていたが、当の本人はぶっきら棒に反応するのみ。

「うん? 今の場合はいいだろ。それに俺達、本当は男なんだからな。ナンパなんてされるかよ……」

 一方の乙葉はこの発言を聞いて、すぐに小言を口にしようとしていた。


 が——

 途中でやめて視線を泳がせると、相手には聞こえないレベルの小声で呟く。

「……本当は、僕の方だけなんだけどね……」

「うん? 何か言ったか?」

 京華が怪訝そうに尋ねると、乙葉はすぐ元の声音に戻っていた。


「……ううん、なんでも……それよりも、言葉遣い」

「……分かってるよ。なるべく努力する」

「……さっきも聞いたような気がするけど……」

 乙葉はそう呟くと、改めて相手を見つめる。


 水城浦響也みきうらきょうや

 自分が知っているその親友は、以前は確かに男だったはずだが——

 目の前にいる同一人物は、今は間違いなく女の子だった。

 そして、これからもずっと——


 一方の和泉乙葉。

 本当の名前は和泉葉一いずみよういちで、性別も本来は正真正銘の男であるはずなのだが——

 今は故あって本物の女の子となり、親友の性格矯正をしなければならないという理不尽な状況に陥っていた。


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