第五話 『森の砦と黒き獣』


 カラシアの街から北西に移動し、丘陵地帯に入ってしばらく進んだ所にレイシアの使い魔であるホワイトウルフシーちゃんがいた。


 「追跡はどうしたの?」


 レイシアが話しかけると、ホワイトウルフはクゥーンと吠えた。


 「なるほど。皆さん、拠点が二つあるそうです。ここから東と西に追跡していた人と同じ匂いの人が集まっている所があるとの事。ここの丘陵地帯に集落は無いので、恐らくは人攫いの拠点だと思います」

 「二手に別れて行くしかねーな。どう別れるよ?」


 ヴォルフがそう言うと、レイシアが魔法陣を展開する。


 「アーちゃん、出ておいで」


 魔法陣から一匹のブルーイーグルが姿を現す。


 「千里眼でここ一帯を見渡して」

 「ピィ」


 ブルーイーグルは空に飛び上がり、辺りをぐるっと見渡しレイシアの元に戻って、レイシアに情報を伝える。


 「ありがとう、アーちゃん。戻っていいよ」


 再び現れた魔法陣にブルーイーグルが入って消える。


 「アーちゃんの固有能力は魔力感知で届く範囲の生き物を感知するモノです。それによると東の拠点は人が少なく、西の拠点は全く感知出来なかったので結界が張られていると思います!」

 「結界が張られてる方が本拠地だな。かと言ってそっちにアリサって子が居るとは限らないから、東の少ない方をノア達に任せて、他は西でいいか?」


 ヴォルフがそう言うと、レイシアがちょっと待ってください、と声をあげる。


 「すいません! アーちゃんの固有能力は魔力を潜めていたら、反応しないので絶対とは言えません! 東の方に大勢の人が隠れている可能性もあります! あ、あと二手に別れないで一緒に行くのはダメなんでしょうか?」


 レイシアの意見にヴォルフが答える。


 「何事にも絶対なんて無いから可能性の話はするだけ無駄だな。で、二手に別れるってのも無いな。今、最優先なのはアリサって子の救出だからな」

 「そうですか……」


 ノア達を気にかけるレイシアにアイリスが声をかける。


 「レイシアさん、そんなに心配しなくても私たちは大丈夫ですよ」

 「そうだぞ! ノアとアイリスはとっても強いんだぜ! それに僕も技を使えるようになったから大丈夫だ!」

 「俺たちは冒険者だ。自分の身は自分で守れる、気にかけてくれるのは有り難いが、そこまで心配されると……な」


 ノアの言いたい事を察したヴォルフが会話に入る。


 「レイシアちゃん、少しはやりなよ」

 「あっ……、いや! 信用してない訳じゃ」

 「じゃあ、信用して任せられるよな?」

 「そ……そうですね! ギルドと冒険者は信頼関係あってのもの、私はノアさん達を信じています! 東の拠点を頼みますね!」

 「ああ、任せてくれ」


 ノアとレイシアの会話が終わり、ヴォルフが本題に入る。


 「じゃあ、それぞれの階級やらなんの魔術を得意とするかを簡潔に話そう。俺からな」


 ヴォルフは刀を抜き、魔力を込める。すると、刀は雷を纏い発光する。


 「これは魔法武器で宿った魔法は雷魔法。剣士の階級は剣聖だ」 

 「俺はヴォルフの一つ下の階級の剣豪。魔術は使え無いが、剣王流の奥義を習得してる」

 「私は光魔術を得意とする超級光魔術師メイジです」


 アイリスは魔術師の階級を示す首飾りを手に持ち、皆に見せる。首飾りには黄色い宝石が付いている。


 「僕は竜の息吹ドラゴンブレスが使えるよ」

 「私は召喚魔術を得意とする上級召喚魔術師ハイウィザードです。使い魔は戦闘向きの魔物じゃ無いです」


 レイシアは翡翠色の宝石が装飾された首飾りを見せる。


 「儂は日天流にってんりゅうの戦士で階級は天王てんおうだ」


 「よし。それじゃ、早速拠点に行こうか」

 「ああ」


 


  ◇◇◇



 ヴォルフ達と分かれて東の拠点に向かうノア達はブラックウルフで森を駆けていた。


 「なぁ、ノア。ヴォルフの持ってた魔法武器って何なんだ?」

 「アレはこの国ガルアース大公国にある大迷宮で入手出来る、が宿った特殊な武器だ」

 「魔法が宿った?」

 「あぁ、魔法は魔術と違い詠唱を必要としない、魔法武器は魔力を武器に込めるだけで武器に宿った魔法が使えるようになる代物だ」


 アルバートはポカンと全く理解出来ていない顔でノアを見つめる。

 それに対しノアは、どう言ったらいいかと考えているとアイリスがアルバートにも分かる様に伝える。


 「剣士でも魔術を使える様になる武器って言ったら分かる?」

 「おお! 凄いな! じゃあ僕でも使えるな!」


 アルバートはアイリスの言葉で魔法武器を理解して、嬉しそうに言った。


 「うーん、アルバートは闘気の基本である魔力制御が出来ないから無理ですね」

 「そんなぁ〜」


 会話をしていると森が開けた場所に辿り着き、そこには壁に囲われた小さな砦が月明かりに照らされていた。

 ノア達はブラックウルフから降りて、見つからないように森の中から砦を観察する。


 「どうしますか? 兄さん」

 「アリサが居るか確認しよう。アルバート上から見てくれ」

 「まかせろ!」


 アルバートは空に飛び上がり、上空から砦の中を見下ろす月明かりと篝火の光で中の様子が窺える。

 砦の真ん中に低い塔があり、その後方にある建物の扉の前で背中に大剣を携えた青い髪の偉丈夫が立っていた。


 「んー? アイツ一人だけか……あ! アイツが依頼者か? 青い髪だし……って! それじゃあ、魔獣!」


 アルバートは男を凝視しながら、顎に手を当てて考えていると男がアルバートのいる方向に振り向く。


 「――うッ! き、気づかれたか?」


 男がアルバートの方向に振り向いたすぐ後に建物の扉が開き、中から黒い外套を纏った人物が現れて、男は建物中へと入って行った。


 「ふー、緊張した〜。 よし、取り敢えずノアに報告するか!」


 アルバートはノア達の元に戻り、砦内の情報を伝える。


 「多分、その青い髪の偉丈夫が依頼者だろうな」

 「魔獣……仕掛けますか? それとも、ヴォルフさんたちを呼びに――」


 「――ガオォオオーー!!!」


 砦から獣の雄叫びが響き渡り、瓦礫が崩れる音が聞こえる。


 「兄さん!」

 「あぁ、行くぞ」


 ノア達はブラックウルフを置いて、砦に向けて走り出す。




 ◇◇◇


 砦の建物の中で青い髪の偉丈夫は黒い外套を纏った者に報酬を渡す。


 「アリサはどこだ」

 「おい、女連れて来い」

 「了解」


 指示された者は部屋の奥に行き、首に鎖をつけたアリサを引っ張って連れて来る。

 

 「やめて! 引っ張んないで!」

 「うるせーな。 とっとと来い!」

 「イッタ」


 アリサは強く引っ張られて、転倒する。

 その光景を見た男は頭に血管を浮き上がらせて、背中の大剣に手をかける。


 「契約と違うぞ! 貴様!」

 

 男は大剣を振り下ろす。


 「あっぶね!」


 振り下ろされた大剣を間一髪で避け、腰の剣を抜き戦闘体勢を構える。


 「おい、アンタ。契約と違うってまさかちょっと転倒したぐらいでガタガタ言ってんじゃねーだろうな?」

 「傷一つつけるなと言ったはずだ!」


 大剣を横薙ぎに振り払い、首を狙う。


 「こいつッ!」


 剣で攻撃を綺麗に受け流し、後ろに飛び退き距離を取る。


 「テメェ、いい加減にしろよ。これ以上、暴れんなら殺すぞ」

 「アリサを守るのが俺の――」

 「マルクス……?」


 男はアリサの声で動きを止める。


 「アリサ、僕のことを覚えているのか?」

 「な、なんで……」

 

 男の顔を見た、アリサは悲しい顔を浮かべる。

 

 「アリサ、僕と一緒に暮らさないか? 鍛えて強くなったんだ。あの時は突然の事で君をおいて逃げたけど、今ではジークにやられたりしない! だから」


 唇を噛み締め、目に涙を浮かべながら小さく呟く


 「お願いだから、やめて……」

 「何をだい? まだ、僕は何もしてないよ。僕はただ君を守りたいだけ――」


 男の言葉を遮り、アリサは声を振り絞る


 「彼の声で! 彼の姿で喋らないで!」

 「……何を言ってるんだ? 君は?」

 「やめて! 彼の記憶を……彼の思いを貴方が語らないで!」


 男はアリサの言っている事を全く理解出来ず、固まる。

 かつてアリサと過ごした記憶が男の記憶に確かに存在しており、思い出すだけで幸せな気持ちになる大切な記憶。


 「ハッ! コイツは傑作だなぁ。 テメェは自分が本来何者なのかを忘れてるって事だろ」

 「本来だと? 何を言っている」

 「フッ、知らないか? 捕食した獲物の力や記憶、姿を得る魔物の存在を」

 「……だと言いたいのか? この俺を」

 「そうだろ。 そこの女の言い分を聞く限り、テメェは女の男を食らってその男の記憶を自分の記憶だと勘違いした馬鹿な魔獣。で、ジークって奴はテメェの正体を見破ったんだろ」

 「違う!」


 男はジークにやられた時の光景が脳裏によぎる。

 顔から腹部までを真っ二つに切り裂かれ、大量の血を流しながら必死で逃げる自分の姿を。

 人間であれば動く事すら出来ない怪我を負った自分が森の中を物凄い速度で駆ける光景が脳裏に焼き付く。


 「知らない! こんなの俺は知らない!」


 頭を抱えて、取り乱す男の身体は徐々に巨大になっていく。


 「知らない! しらない! シラナイ!」


 男は完全に人間の姿から獣に変わり果てる。


 「おい、アンタ。自分の体を見てみろよ」

 「ダマレッ!」


 獣となった男は外套の男の言葉に反応して、巨大な腕を振り下ろす。

 振り下ろされた腕を軽く避けて、入り口に移動し扉に手をかける。


 「だから、自分の手を見てみろって面白いもんが見えるぞ」

 「キサマはさっきカラなにヲ……」


 本来の姿、鋭い爪に黒い毛に覆われた大木の様な太い腕。

 それが自分の腕であると認識した男は理性を無くし、獣のように雄叫びを上げる。


 「ハッ! やっと気づいたか、テメェが魔獣って事に――」

 「ガァッ!」

 

 魔獣は外套の男を体当たりで建物の外へと吹き飛ばす。男は塔の側面に激突して瓦礫の下敷きになる。

 魔獣はアリサの方を向き、アリサの隣に立つ男に大剣を放り投げる。


 「――!」


 男は何も出来ず、大剣が身体を突き抜け大量の血を吹き出し床に倒れる。


 「た、助け……」


 アリサは横で倒れた男を見て、目の前にいる魔獣の力に恐怖する。

 魔獣は息を荒くしてアリサにそっと手を伸ばす。


 【光球ディル・ポース


 建物の外から光の球が飛んで来て、魔獣の腕と顔に着弾する。

 魔獣は外を振り向き、遠く離れた場所に一人の女を視界に入れる。

 魔獣は女に矛先を向け、威嚇の声を上げて一直線に駆け出した。

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