第8話 本気のキスがはじまったら

 自分の下にいた優一に、つよい腕で引きよせられた。

 本気のキスがはじまったら、目をつぶるしかなくなった。


 ああ、角度も、スピードも。動かしかたの強弱や緩急も。彼のキスは、何もかもが違う。


 くるくる、くるくる、くるくるくる。


 探られていく。問われていく。秘密のありかを。

 ほんとうだ。悔しいけど、このひとのキスは。

 とても。


 寒いのに、あつい。あついのに寒い。

 震えるな、と自分を叱咤しても、どうしても震える。


 ただ与えるだけじゃなくて、優一は、きちんと槙の反応を読んでいる。


 ここまで来られる? こっちは、どう?


 年下の槙が自由に動けるように、段階を踏んで。怖がらなくてすむように。


 だめだよ、まだ我慢して。いい子だから。


 甘やかされる。揺らされる。


 きみはちゃんと、リズムを知ってるよ。だからそれを、俺に教えて。


 ここが好きだね? こっちは、きらい?


 もう何度目かわからない、波がくる。

 乗られる。乗りこなす。乗っかる。乗せていく。


 俺はこれがすき。とても好きだよ。ねえ槙、だから、もっと。 

 集中と弛緩、高揚と転調。逃すこと、つかまえること。

 年上の彼は、それらすべてを知悉していて、ふたりの体を、連れていってくれる。

 槙が今まで、行ったことのない場所にまで。


 息をあわせて、手と手をにぎりあって、最後の坂を駆けのぼる。

 驟雨の中を、二人で駆け抜けたときみたいに。


 白いからだは、大きくひらいて、槙を受けいれてくれている。その証拠に、彼は、花のように歓喜して、すべてをほころばせている。


 ああ、これがきっと。

 幸福というものの、色とかたち、そして手ざわりなんだ、と槙が考えた瞬間、優一のなかでも、大きな波がきたらしい。


 大きな目をぎゅっとつぶって、どこかから落ちていくひとのような声をあげて、そして。


 ──紘彦。


 彼は、槙の兄の名前を、このうえもなくはっきりと、呼んだ。

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