第7話 花が笑う

 寒いのに、あつい。あついのに、寒い。

 ベッドに寝転がって、裸の胸と胸をぴったりとあわせると、それだけで、体ごと高い場所に押し上げられていくみたいだった。

 激しい雨が、部屋のガラス窓を打っていて、槙の耳は、それを遠い音楽のように聞いた。

「そんなに緊張しないで」

 白い花みたいな顔が笑っている。

 夏の日中、無人だった槙の部屋は、閉め切られていたからむっとしている。

 半分だけカーテンのひらかれた室内に、弱い光がぼんやり漂っていて、半端に暗くて、半端に明るい。

「緊張なんか、してないよ」

 年下であることをバカにされたように感じて、不機嫌に答える。

「嘘。……だってすごく、槙、震えてるじゃない」

 もう一度、花が笑った。

 確かに。──自分の体はものすごく震えていた。

 でも、これは。

「だって、寒いから」

「そう? 暑くない、むしろ?」

「けど、雨で濡れたから」

 キスからはじめると、感情が速い速度でぐるぐる回った。

 こんなこと、ものすごく間違っている、と思う。同時に、とても正しいことだ、とも。

 ふたつの相反する感情の間を、意識がプラスとマイナスの両極端に振れていく。

 それでもひとつだけ確かなのは、自分がこのキスを、好きだ、ということ。

 とても好きだ、ということ。

 よく知らない兄の友人、そしてたぶん、兄は彼のことが好きだ。

 その彼と、偶然だけを頼りに、裸を重ねあってしまうのは、よくないことだと思う。

 でもその一方で、どうにでもなれ、とも思う。

 ばれなければ構わない。

 だってこんなに。……こんなに、すべてが気持ちよくて。


 ああ、あつくて寒い。寒くて、あつい。

 

 混乱する。わけがわからなくなる。

 からませた舌は、奪っているようで、与えられている。

 甘やかされているのかと思えば、打ちのめされている。

「へったくそ……」

 唇が離れたすきに、優一が笑った。

 普段の彼が見せるのとおなじ、子どもみたいな純真な笑いかた。

「あり得ないほど、キスがヘタだな、槙は」

「……俺、そんなこと、言われたことない」

「それは、相手が礼儀正しいから。真実を言わないでくれたんだ」

「俺がキスした子は、みんなうっとりしてたもん」

「じゃあ、その子たちも槙と同じくらい、ヘタクソだったんだよ」

 からかわれているのがわかって、さすがにむっとする。

「だったら、どうすればいいの」

「自分勝手すぎるんだ、槙は」

 白い花は、やっぱりおかしそうに笑っている。

「相手のリズムを探して、引き出して、それに乗っかればいい」

 ──リズム?

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