第2話 不思議で、つよい魅力

 揃いも揃って秀才ばかりの、槙の兄とその高校の友人たちは、命を削りそうな勢いの受験勉強の末に名門大学へ進学している。

 だが、この蓮見優一だけはそういう場所へ進まなかった。アニメーションを作るための専門学校に行っているとかで、それを兄の紘彦から聞いたとき、槙は、ふうん、と思ったものだった。

 ──ふうん。

 なんであのひと、うちのクソ真面目な兄貴の、友達なんか、やってんだろう。

「どうしてここに、蓮見さんがいるんですか。兄に会いに来たんですか?」

「うん? そうだよ。紘彦と久しぶりに会う約束してたんだ。きみの家で」

 どこか幼い印象があるきれいな顔立ちを、花のようにほころばせて優一は答えた。

「え……だけど、今、うちに誰もいなかったでしょう?」

 槙の両親は、日中のこの時間、仕事で不在のはずだし、大学三年生の兄は、司法試験準備のための予備校主催の「詰め込み合宿」というやつに行っていて、そもそもこの数日ほど、家にいない。

「うん。ピンポン押しても、誰もいないみたいだから。しばらく家の前で、待ってたんだけど。……困っちゃって、紘彦にラインで訊いたら」

 兄とのテキストメッセージのやりとりで判明したのは、どうやら「蓮見が、日にちをまるまる一週間まちがえていた」ということであるらしい。

「紘彦と会うの、二十四日の約束だったんだよね。……でね、てっきり今日が二十四日だと思ってたら、今日は十七日なんだってねえ」

 優一は、まるで他人事のようにそんな言い方をするので、「大丈夫なのか、このひと」という思いを、槙はさらに強めた。

 約束の日づけを思い違いしていた、というならわかるが、今日の日にちそのものを、一週間も思い違いしていた、というのは、いったいどういう精神構造のなせる業なのか。

「まちがえたの、俺のほうなんだけどね。紘彦が『ごめんごめん』って、すごい勢いで謝ってくるからさあ」

 あははは、と蓮見は、屈託なく笑った。

 そんなふうに、兄が平謝りに謝った理由が、槙には手にとるようにわかった。

 兄にとって、蓮見は、ふつうの友人たちとは違う意味合いを持っている。

 こんなふうに約束の日付をまちがえたのが、(兄と同じく)名門大学へ進んだ他の友人たちの一人だったなら、紘彦は「何やってんだよ」と笑い飛ばして終わりだっただろう。

 けれども、蓮見に対しては、優しい言葉をたくさん並べて、彼の機嫌をとるように謝るはずだ。

 甘いお菓子や、小さなアクセサリーや、かわいらしい花束で、恋人の女性の歓心をかうような調子で。

 紘彦がこの友人を家に連れてくるときには、他の友達と一緒ではなく、必ず蓮見ひとりだけを家に招く。そして彼に対しては、接しかたも、向ける笑顔も言葉も、すべてが他の友達に対してのものと、まるで違う。

 このきれいなひとの些細な一挙手一投足、投げかけるちょっとした言葉で、兄は、さまざまに感情を波立たせる。普段は理性的な兄が、その感情を制御できなくなるような、不思議でつよい魅力を、蓮見は持っているからだ。

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