第20話 生まれ故郷に二度目の別れを

 冬が過ぎて春が訪れる頃、ようやくお母様と叔父様との間で連絡と調整が済み、私は第二王子ジュリアン様とお会いする機会を得ることができた。第二王子、つまりは七歳になる私の実の弟との初対面である。

 お祖父様のような武人気質なのか、それともお祖母様やアルバート様に似た文官気質なのか色々と想像を膨らませていたけれど……


「お前がいま王宮をにぎわせている演算宝珠職人のアイリか。僕のために面白い玩具を作ってみせろ」


 普通に甘えん坊だった。綺麗に切り揃えられた黒髪から、お母様譲りのエメラルドの瞳が悪戯っぽく輝いている。

 それにしても玩具なんてなくても外で遊べばいいのにと思って王宮から見える外の風景を眺めていると、お母様が私の考えを察して補足を入れてきた。


「ごめんなさいね。第二とはいうものの二人しかいない王子であまり外に出られないの。十年前の事件の影響で……」

「そうでしたか。それは可哀想ですね」


 この子と同じ頃の私はヒューくんやピーちゃんと一緒に精霊の森の中を駆け回っていた。本は……投げ出されているところを見ると好きなようには見えない。


「では外の風景を見せてご覧にいれましょう」


 私はローデンの街の監視に利用していた監視カメラもどきと暗い場所で映像を結ぶプロジェクターもどきの演算宝珠をリンクさせ、カメラに浮遊魔法を付加することで即席の偵察機を制作した。私の胸元の演算宝珠で遠隔制御を行うことにより、城の周辺までなら好きな場所を飛んで風景を壁に映し出すことに成功する。


「どうですか? まるで空を飛んでいるようでしょう!」


 中庭から空へと舞い上がり高い視点から城を一望する景色が暗がりの壁に映し出されると、ジュリアン様は目を輝かせてお喜びになった。


「わああ! すごい、すごいぞアイリ! 僕はお前以上の職人を見たことがないぞ!」

「当然です。そこいらの有象無象の職人に負けるつもりはありません!」


 なんと言っても私は元・神聖演算宝珠、演算宝珠内部で行われていることのすべてが私の頭の中に記憶されているのです!


「これは僕にも動かせるのか?」

「うーん。ジュリアン様専用とするなら可能ですが、誰でも動かせるようにとなると魔力の伝達にミスリルの鋼線で繋ぐ必要がありますね」

「僕だけで良いから頼む!」

「かしこまりました。演算宝珠とリンクを結ぶために、額を合わせる必要がありますがよろしいですか?」

「もちろんだ! さあ、いつでもいいぞ!」


 前髪を上げて目を輝かせているジュリアン様に微笑ましいものを感じながら、私は顔にかかっていたベールを跳ね上げる。


「あっ……」

「少し、じっとしてくださいね……リンク、仲介者アリシエール、契約者ジュリアン、ファイナライズ……はい、できましたよ!」

「……ありがとう」

「あれ、どうかされましたか? 失敗は万が一にも無いはずですが」


 なぜか顔を赤くしてポーッとしているジュリアン様に、私は小首を傾げて瞳を覗き込むように再び顔を近づける。すると、まるで驚いたウサギのようにジュリアン様は後ろに飛び跳ねて距離を取られた。


「べ、別になんともない。僕はこれで遊ぶからもう帰る!」

「あ、さようなら……」


 私の少しやんちゃな弟。そう心の中で付け加えた私は、走り去っていった方向に挙げていた手を静かに下ろす。短い間だったけど、元気そうでよかったわ。


「ふふふ、どうやら好かれたみたいね」

「え、そうなのですか? 急に帰られたので嫌われたのかと心配してしまいました」

「陛下とは滅多にお会いする機会が無いあの子は母親の私にベッタリなの。そして、そんな私とそっくりなあなたの顔を見たら……あとはわかるでしょう?」

「ああ、ベールを捲った時に大人しくなったのはそのせいだったのですね」


 私はそそくさと捲っていたベールを元に戻した。契約に必要なことだとはいえ、気をつけないといけない。


「ところで契約を結ぶときは本名を名乗る必要があるのですね」

「はい。演算宝珠の擬似魂スゥードゥソウルには、生まれて最初に付けられた名前ファーストネームが必要です」

「声に出さないと契約できないのかしら?」

「そんなことはありません、心の中で唱えても同じです」

「では、次からは口に出さないようにね。あなたの本当の出自が露見してしまうわ」

「あ、そうでした! 次から気を付けます!」


 契約の仲介なんてする機会がなかったから、ついうっかりと名乗ってしまっていた。ジュリアン様は幼いから覚えていないかもしれないけど、四輪駆動の魔導自動車のように特注品を渡す際には気を付けないといけない。


「ところで、春になったら王都を離れて北の辺境の地に旅立つと聞いたのだけど本当ですか? あそこは未だ魔物が徘徊している危険な場所ですよ?」

「だからこそです。今後、高品質な演算宝珠が大量に必要になってきたら、魔石の産地として安定供給してもらう必要があります」


 そのために目ぼしい冒険者に役立つ武器を貸与して冒険者ギルドを通して買取契約を結んでおけば演算宝珠を軸とした文明が開花すれば有望な投資となる。


「それに、王宮にいると無用な殺生が避けられないようですから」


 アルバート様は楽観視されていたけれど、ドリーによるとヒューくんのお母さんに葬り去られた間者が二桁を越えたのだとか。私が狙われているうちはいいけど、無理だと断じてお母様や弟に刃が向けられることになったら目も当てられない。

 余計な波風が立つ前に、早めに王都から離れた方が良いだろうとお祖父様とお祖母様とも相談して決めたのだった。


「無力な母親でごめんなさいね。私にもっと力があれば、あなたが王宮で安心して住める場所を確保してあげられたのに」


 再会した時と同様に優しく抱きしめられた私は、おずおずと手を回してお母様にしがみつく。


「私のことはいいんです、ジュリアン様を……弟を守ってあげてください。遠く離れていても、この温もりは忘れません」


 しばらく無言でいたお母様と私はやがて離れて別れの挨拶を交わす。こうして母親との短い再会を終えた私は、十三歳の誕生日を迎えようとしていた。


 ◇


 樹木の精霊や神獣が守っていることで安心を得たお祖父様とお祖母様が辺境のヴェルゼワースに帰還した後、私は北の辺境ノースグレイスに旅立つことにした。お祖父様が主導してヴェルゼワースで魔道自動車を量産することになったので、演算宝珠の原材料となる魔石が今より沢山必要になる。その点、冒険者の多い北の辺境はうってつけよ!


「お嬢様、旅の支度が整いました」

「何をあらたまっているの? チェスターさんは、そんなの柄じゃないでしょう」

「チッ、折角格好付けたってのに台無しじゃねぇか。というか、北に魔獣狩りに行くなんて正気か?」


 出会った頃と変わらぬ態度に切り替わったチェスターさんに心地良さを感じながら、私は間をおかずに返答する。


「もちろん正気よ。それに、貴族のお茶会で小耳に挟んだのだけど、聖女様がいるかもしれないって噂なの。興味が湧くじゃない!」


 冒険者パーティの回復薬として死んでしまう前に、どうしてイリア様の世界に留まる気になったのかヒアリングしないといけない。一度死んでしまったら、いつどこの誰に転生するかわかったものじゃないわ。


「嘘くせぇ。なんで初代の生まれ変わりがいるかもしれないってのに王宮の連中は放置してるんだ?」

「……本当にいたら、公爵家の派閥にとっては不都合だそうよ。少しは信憑性が上った?」

「マジか。王宮ってところは想像以上にやべぇんだな……」


 本当に王宮の人間は業が深い。御主人様がこの世界に残っていたとして、果たして正統な扱いを受けていたか甚だ疑問だわ。それでも、私はその魂を再び呼び込むことを諦められない。なぜなら……


「衣食足りて礼節を知る。私が演算宝珠を軸とした文明を推し進めた先には、優しい人々で溢れかえる土壌ができているはずよ!」


 下界で良き人生を繰り返した先には、良質な魂が多数を占める世界が待っている。その第一歩として私は魔獣狩りが盛んな北の大地に赴いて魔石の供給ルートを確保する。より良い社会の礎を築くまで、しばしのお別れよ。懐かしき私の生まれ故郷、王都ヒルデガルド。


 そんな決意に満ちた私の胸に、ヴェルゼワースの家紋が入った演算宝珠がキラリと輝いていた。

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