第6話 生活魔道具を沢山作ろう!

 ロイドさんの店に着くと、剣や槍が所狭しと並べられていた。鍛冶の中でも主に武器をメインに商売をしている様に見える。


「剣を鍛える鍛冶師さんに料理や生活に使う金属の箱を作ってもらうのは、なんだか申し訳ない気がするんですけど……」

「ははは、こいつは受けがいいから並べているだけで別に武器を専門にしているわけじゃねぇよ。それに最近は平和になってきて、こいつの需要も落ちてきたしな」

「そうですか? すぐ近くに精霊の森があるから狩りには必要でしょう」

「いやいや。精霊の森には、余程の事がない限り立ち入らねぇだろ。街の住民たち程度の腕前じゃあ命が幾つあっても足りねぇし、かといってBランク以上の冒険者がこんな辺境に来ても割に合わねぇ」


 ふーん……そういえばフォレストウルフの群れでも大変そうだったし、店の中に置かれた武器も見たところ演算宝珠も付いていない普通の剣や槍みたい。生活魔道具の他にも自衛手段として、ロイドさんの武器をベースとした最低限の魔剣の提供を考えた方がいいのかもしれないわ。

 街に隣接している森の端は手頃な強さの魔獣が生息しているから、ビッグボアやジャイアントホーンディアーを使ったジビエ料理が楽しめるようになれば、辺境の料理も美味しくなって文化水準も上がるはず。


「そのうち武器に装着する演算宝珠も作ってみるから、街の人が安全に暮らせるようにロイドさんの剣に装着して魔剣にして売ってみましょう!」

「本当かよ、そりゃ期待しているぜ。だが、まずは鋼を熱する炉を復活させねぇとな。こっちだ!」


 ロイドさんに敷地の奥の鍛冶場に誘われると、割としっかりと作りの炉が設置されていた。幾重にも重ねられた煉瓦は分厚く、超高温にも耐えられそうだ。


「これならミスリルやヒヒイロカネの加工もできる炉にできそうですね。思い切って火力アップしませんか?」

「おいおい、さっき物の値段を教えてやったばかりだろうが。そんな予算はねぇぞ!」

「私が作る魔道具はミスリルを必要とするものがあるんです。同じ値段で構いませんから、ロイドさんのためだけではなく私のためにも最善を尽くしましょう。誰も損しません!」

「ははは、わかったよ。アイリちゃんの好きなようにしてくれや」


 よし! これで生活魔道具のような低出力のものだけでなく、蒸気機関のような高出力の動力装置も街で作れるようになるかもしれない。御主人様を迎え入れるため、スローライフを生み出す高度な文明社会に向けて頑張るわ!

 私は店で見た寿命を迎えた演算宝珠が設置されていたと思しき炉の窪みに適度な大きさのシルバーウルフの魔石を嵌め込むと、鍛冶に必要な超高熱を生み出す演算宝珠に転換するため錬金術を発動させる。


擬似魂スゥードゥソウルにリンク……表示領域生成、演算領域生成、記憶領域生成、六重魔法陣転送、解凍術式転送……」


 通常の鋼の加工向けの高熱を発生させる魔法陣と、ミスリルやヒヒイロカネ向けの超高熱を発生する魔法陣の二つ。さらに、それら二つの魔力を調節して熱量を調整するための魔法陣。残り三つのうち二つは熱を上昇・加工・維持する時間を計測するタイマーと熱量を検知してPID制御のための演算を行う魔法陣で、最後の一つは火事にならないように氷結魔法陣をつけるわよ!


「ファイナライズ! はい、これで三段階の温度設定と時間設定が可能な炉が出来ました!」


 火力の調整やタイマー、それから火事防止のための安全機能をロイドさんに説明して新しい炉を稼働させながら使い方をレクチャーしたところ、ロイドさんは口をあんぐりと開けてつぶやいた。


「はあ……こんなもの見たことも聞いたこともねぇ」

「扱える金属の種類も増えて便利になったでしょう? 扱いに慣れるためにも、こんな感じの魔導オーブン、冷蔵庫の筐体をいくつか作って欲しいです」


 私は異空間から以前使用していた旧型の魔導オーブンと冷蔵庫を取り出した。旧型と言っても、サラマンダーやノームのおじちゃんに作ってもらったから品質は申し分ないはず。


「おいおい。どこから出して……って、ちょっと待て。こいつはオリハルコンじゃないか?」

「これは初めて作ってもらった時のもので、私が想像した頑丈具合と頼んだ精霊……じゃなくて頼んだ人の考える頑丈の度合いに差がありすぎた結果なの。材質は普通の鉄で大丈夫です」

「そういう問題じゃないんだが、もうアイリちゃんのことで深く考えるのはやめだ。わかった、形状を真似て何個か作っておくから二週間後に来てくれ。余裕があれば演算宝珠を組み込めるような剣も鍛えておく」

「ありがとうございます。そういえば冷蔵庫にはアイスクリームという氷菓が入っていますから、家族で食べてください。食べ物を冷やして長期間保存して置けるので、ロイドさんの家でも使ってみてくださいね!」


 私は旧型のコンロや冷蔵庫で使い方を教えると、お代はまた今度清算することにしてロイドさんの店を後にした。


 ◇


 アイリが店へと帰っていった後、ロイドは新しく新調した演算宝珠の試運転も兼ねて鋼の棒を炉で熱していた。鋼に最適な温度に達する時間まで指定できるようになって多機能になっただけでなく、火力も申し分ない高性能な炉に舌を巻く。


「PID制御とか言ってたっけか? どういう仕組みか説明されてもさっぱりわからなかったが、こいつの温度の安定具合はやべぇな……」


 通常は長年の勘で演算宝珠に送る魔力を調整するが、アイリの演算宝珠はそんな職人芸を素人でも可能にしてしまうものだった。アイリの演算宝珠に慣れてしまったら、普通の炉でも鍛冶ができる弟子を育てられない気がする。

 そんな贅沢な悩みを抱えながら、真っ赤になった鋼の棒を炉から取り出し槌を振るう。魔剣のサンプルとするための鍛造の一品として折り曲げては叩いてを繰り返し、演算宝珠を設置するための窪みを残しながらも何層にも及ぶ特殊な構造の剣を鍛え上げた。

 最後に水に入れて焼き入れをしたところで、出来栄えを確認する。


「まあ、久しぶりだからこんなもんか。魔剣用の素体なんて、師匠の元で教わっても一生作る機会はないと思っていたんだがなぁ」


 あらためて炉に設置された澄んだ青色に煌めく演算宝珠を眺めると、そこには六重の魔法陣が浮かんでいた。こんな演算宝珠は王都の腕利きの職人でも到底無理な代物だ。商業ギルドの鳴り物入りだなんて噂が大袈裟に伝わっただけだろうと思っていたが、真実が伝われば国中から演算宝珠の注文が殺到してもおかしくない。次にアイリがやってくるまでには自分に打てる最高の一振りを用意しておかないと、演算宝珠は国宝級なのに土台となる剣が三流だと末代まで恥を掻きそうだ。


「ふっ、面白くなってきやがったぜ!」


 鍛冶師として最高の仕事を見せる機会がやってきた。そう考え胸を熱くしたロイドが次の一本に取り掛かろうとしたところで、鍛冶場の出入り口から大声を上がる。


「ちょっと、あんた! もう日が暮れちまっているってのに、いつまで仕事を続けるつもりだい!」

「何? もうそんな時間か。集中していてまるっきり気が付かなかったぜ」


 腰に手を当てて仁王立ちになった嫁のコリンナと戸口から顔をのぞかせる娘のエルシーに何度も呼んでいたのにと責め立てられ、ロイドはバツが悪そうに頭を掻く。


「待たせちまったみたいで悪かったな。そういえば、その箱の中に客がお土産に持ってきたアイスクリームという氷菓子が入っているそうだから二人で食べてくれ」

「氷で出来たお菓子なんて、こんな暑苦しい鍛冶場に置いていたのなら溶けちまっているんじゃないのかい?」

「この箱は演算宝珠を使った冷蔵庫という魔道具で、食材を冷やして保存して置けるんだとさ。ロビンソン夫妻が住んでいたところに新しく住み着いた嬢ちゃんの受け売りだがな」

「えっ! お父さん、あそこのお菓子がその箱に入っているの!?」

「なんだ、エルシー。あの店の事を知っているのか……って、おいおい。そんな急がなくても冷蔵庫は逃げねぇぞ」


 目の色を変えて冷蔵庫にしがみついたコリンナとエルシーに尻込みしたロイドが、この後アイスクリームを食べた二人に詰め寄られて魔剣よりも先に冷蔵庫やオーブンの筐体を優先するよう迫られるのはまた別の話である。

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