3.ようこそ異世界へ!

 

 


 本名:ノウゼンノットハルトですって。

 

 ──きゃあ!なにそれ、かっこいい。





 しかも職業は宮廷魔法士で、賢者の称号も持っていますよと。


 ──んまあ、賢者ですって、賢いのね!




 わずか6歳で、一般人が学ぶ一生分の知識を習得し、8歳の頃には不老と噂される大魔法士の元へ弟子入りして共に召喚術の研究をしていたそうな。


 げぷ、もう聞いてるだけで胸イッパイ。どんだけチートなのさ。

 

 

 


 さてさて。

 そんな野々原くん(呼び方は変えない)情報に寄れば、イシュタール王国は過去に二度、異世界人を召喚しているそうだ。

 

 一度目に現れたのはごくごく普通の女性で、

 年齢は20歳前後くらい。


 英語しか話せなかったので、たぶんその圏内の人種だと思われる。いきなり見知らぬ世界の神殿に喚び出された彼女は、三日三晩泣き続けたらしい。


 訊けば婚約者がいて、

 5日後に挙式予定だったのだと。


 『帰して、とにかく元どおりにして』と絶叫に近い声で懇願し続けたものの、誰からも相手にされず。それどころか、国境へいきなり連れて行かれ、軍人たちとの共同生活を強いられたことで心を壊す。そうして一日中ひきこもり、食事も一切摂らなくなったことで徐々に体も蝕まれ、心身ともに病んでしまった彼女は


 …わずか3か月後にその短い生涯を終える。


 

 

 

 

 

 二度目に現れたのは、私と同じ17歳の女性。

 

 一度目の轍を踏まぬようにと婚約者がまだいない年齢で、且つ、どうせならばと女神の如く美しい金髪碧眼の女性を招いたそうなのだが。


 これがまた、壊滅的なまでに性格が悪く。

 

 本人いわく、系図を辿れば元貴族で幼い頃から富豪のひとり娘として大切に育てられたのだと。世が世ならば自分は王女だったと喚き、国境なんぞに追いやるのなら死んでやるぞと暴れまくって逃亡を繰り返した結果、周囲も断念せざるを得なかった。


 しかも、当時は元の世界へ帰す術が分からなかったため、彼女の要望はすべて受け入れられることに。さすがに王族との婚姻は断られたが、最終的には準王族である公爵家の次男の元へと嫁いだ。


 結婚後は贅沢三昧の生活を続け、そのせいで公爵家は破産寸前。更に身持ちも悪く、夫に隠れて市販の粗悪な避妊薬を飲み続けていたようで、最後はその薬が原因で急逝してしまう。

 

 

 

 

 

 

 二度も失敗したことで

 さすがに関係者たちも悟ったのだ。


 相手へと望む条件を魔法陣に書き込むだけでは無く、実際に会ってその為人を確認した上で連れて来るべきだと。


 そのために不老の大魔法士が長い年月をかけて血を吐くような努力を重ね、ようやく召喚側から選別者を送る方法を見つけた。


 しかし、誰でも選別者になれるワケでは無い。現地での言葉や慣習を迅速に身に着け、トラブルにも難なく対応可能で、対象者を選び抜くことの出来る高い能力を持っていることが大前提。

 

 大魔法士はその条件に合った人物を探し続ける。


 十年、百年と時が過ぎ、

 候補者が現れる度に試練を与え、成長を促し。


 そして漸く適任だと認められたのが

 今ここにいる野々原くんで。


 そして、


 そんなスッゴイ野々原くんに選ばれたのが、

 この私なのである。



 ……えっへん。





 


 

「って、騙されないからね!」

「は?」


「人って、大事なことは最後に伝えるんだよ」

「何が言いたいのか分からない」

 

「メールとかでもね、ウダウダと近況書いて、最後の最後に本当に伝えたいことを書いちゃうのよねーって、死んだお母さんが言ってたもの」

「それは、つまり?」


 恋愛させてとか、人間らしい生活をとか、そんなもん絶対にメインじゃないよね?っていうか、どう考えても本当の目的は…


「私に、彼等の子供を生ませたいんでしょ」

「あ、ああ?」


 なんだそのどっちつかずの相槌はッ。


「こっちの世界に元々いた魔力多め女性って、優先的に王族と高位貴族へ宛がわれるでしょうし、それも近親婚を避けるため組み合わせに四苦八苦しているだろうから、とても戦闘用の彼等に回すことは出来ないと思うのよ。ってことは、異世界から来たド庶民の女に頼むしかないじゃない」

「あ、あーあ、ああ」


 くっそ、この期に及んでまだその態度かよ!


「あのね、私、生まれてから彼氏いたこと無いんだけど」

「ああ、ああ」


「だから、色恋沙汰を期待されてもムリです」

「…そこは大丈夫だ」

 

 ええっ、急に『あー』をヤメちゃうの?!


「だ、大丈夫なワケがっ…」

「彼等は恋愛どころか、異性と同じ空間にいたことが無い」


 なんか凄いことを言い出したぞ。

 

 戸惑う私に向かって、野々原くんは哀し気に目を伏せながら話し続ける。


「生まれてからずっと、女に会ったことが無いんだ。いや、もしかして村の女を見掛けたかもしれないが、向こうは彼等を恐れているらしいからメチャクチャ遠目だろうな。いいか、国境の軍人達にとって女は伝説の生き物だ。彼等は基本、一生を独身のまま恋も知らずに終える」


 そ、それでは私が唯一の…。


「そうだ!高橋モモ!!お前が唯一の女、つまり女代表だ。心を病んでまで拒絶しまくった女や、国境に足を運ぼうとすらしなかった傲慢女のことは先代の男達から口伝えに教えられているだろう。しかし、実物を見るのはお前が初めてなんだッ」


 OH,NO…。


「比較対象が無いから、堂々としていろ。お前は、国境の軍人達にとってのパイオニアなのだから!」

「せ、責任重大すぎますう」




 なんか、国境に行ってもいいかなと思えてきた。

 ああ、もう本当にチョロイな、自分!


 そんな私に満面の笑みで野々原くんが言う。




 「わはは、ようこそ異世界へ!」

 

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