2.異世界転移した日


※ここからは、元の世界が舞台です。


 

  

  

「本当にごめんね、モモ」

「えっ、全然いいよぉ、気にしないで」


「でも、ミカも彼氏と帰ることになったし、これからはモモひとりで下校することになっちゃうよ」

「あー、うん。でも仕方ないよね…って言うか、三嶋くんを待たせてるんでしょ?早く行ってあげないと可哀想じゃない」


「えっ、だって」

「はいはい、じゃあね、バイバイ」

 

「あのさ、モモの方が私よりもずっと可愛いし、きっとすぐに彼氏が出来るよ」

「んもう、分かったからとにかく行って行って!」


 

 ──放課後の図書室。

 

 5分間の死闘を終えた私はグッタリしていた。そう、仲良し3人組のうち2人に彼氏が出来て、下校を別にしたいとの申告を受けたのである。

 

 それはまあ、ヨシとしよう。

 彼氏が出来たから一緒に帰りたいと思うのは、女子高生であればごく普通の感覚なんだし。それよりも、伝えにきた場所がね。私が図書委員で、たまたま今日が当番だったから仕方ないのかもしれないけど、だからって受付カウンターで話す内容ではないと思うんだな。

 

 だって、すぐ横に人がいるんだよ。

 

 このカウンターすごく狭いから、

 ぜんぶ聞こえてるはず。

 

 うーんと、えーっと、隣りにいるこの図書委員の男子、なんて名前だっけ?確かAクラスで…ウチの学校ってクラス分けが成績順だから、こんなにモッサリしてても中身はすごく賢いんだろうな。って、もしかしてこの鬱陶しい前髪を上げたら実はイケメン!とかいう王道パターンだったりして。ははっ、まさかまさか。ソレなに時代の少女マンガなんだっつうの。

 

 …てなことを考えていたら、スゥと息を吸う音がした。たぶん言葉を発する前の一呼吸ひとこきゅう。思わず身構えた私の脳内に、この人の名前がピョッと蘇る。


「のの、ののむ、のの」

「あー、俺の名前?野々原ののはらだけど」

 

 そう、それ。

 

 いやあ、物覚えは悪くない方なんだけどね。だってほら、必要の無いことはあまり記憶に残らないって言うから。

 

「半年」

「は?」


「俺、高橋モモさんと半年間も図書委員の受付業務でペアを組んでるんだけど」

「やだ、ここで敢えて私をフルネームで呼んじゃう?あはっ、そうだね。でも、なんか普通、野々ってなったら『村』じゃない?『原』ってどうよ」

 

「どうよと言われても、変えようが無いし」

「毎回、『野々原くん』って名前を呼ぼうとするたび『村』が邪魔してくる」

 

「だからどうしろと」

「例えるならさ、バイト仲間にいたのね、子持ち主婦で岡さんって名字の人が。でもさ、私はつい『奥さん』って呼んじゃう。だって、音で聞くと『おかあさん』と『おくさん』でどっちも彼女には当て嵌まるワケよ。紛らわしくない?まさにトラップだよね、トラップ」

 

「いや、それとこれとは全然違うし」

「ところで野々村くん、さっきの会話聞いてたと思うから、ちょいと愚痴らせて。あのさあ、なんかさあ、ほんと申し訳なくて。仲良し3人グループのうち、ひとりだけ彼氏いないなんて、そんなの絶対気を遣わせちゃいます案件だよね。通常であれば、惚気まくりのウカレポンチな時期のはずなのに、それがモテない友人のせいですべて台無しなんだよ。まったく、不憫でしょうがないわ」

 

「おいこら野々原だってば。というか、いきなり話題が変わり過ぎ」

「はい、更に話題は変わりまーす。さっきの愚痴はイントロダクションでこれからが本題よ。あのね、私も彼氏つくろうかと思ってるの。ねえ、オトコ目線で見て、私ってどうかな?正直に答えてみてよ」

 

 えっ、ここでダンマリ?

 

 ちょ、やだ、そんなのなんか切ないんですけど。

 

「ごめんね、野々む…原くん」

「は?どうして謝るの?」

 

「答え難い質問を振って悪かったわ。ただでさえ思春期の男子は取り扱い注意の難しい年頃なのに」

「んー、あー、あのさ、幾つか質問してもいい?」

 

 顔の上半分が前髪で隠れているせいで、その表情は分からない。けれど、緊張しているのは伝わってくるので、相手を怯えさせぬよう満面の笑みで快諾してみた。


「人から聞いた話なんだけど、高橋さんって今、身寄りが無くてひとり暮らししてるってホント?」

「うん、ほんとほんと。ウチのお母さん、高校生の時に妊娠して私を産んだんだけど、最後まで父親の名前を明かさなかったんだって。んで、お堅い家だったから、親子の縁を切られて、バイトを掛け持ちしながら私を育てていたのに去年、脳梗塞で死んじゃった。だから、それ以来ひとりで暮らしてるの」

 

「そう…、話し難いことを訊いちゃってゴメン。…あの、他に頼れる親戚とかは?」

「残念ながらいないんだなあ。でも、家事全般はひととおり出来るし、お母さんが残してくれた貯金と保険金でどうにか食べていけるから、特に問題はないよ」

 

「ふうん、それじゃあ、もし高橋さんが行方不明になっても誰も探さないね」

「あ、うん。日頃から『ぶらっと旅に出たい』とかホザいてるし、友達も騒がないかもね」

 

「ん?でも高橋さんって定食屋でバイトしてなかったっけ?急に行かなくなったら、困るんじゃ?」

「あは、よく知ってるね。だけどあの店、閉店しちゃったから。ほんと残念だよ」


 も、もしかして野々原くんって、

 私に気が有るんじゃ?


 だって、私のことを知り過ぎじゃない?

 しかも、更に知ろうとしてるし。

 

 ジッとその顔を見つめてみる。

 ん?あれ??お、おかしい…。

 

 少しは照れるかと思えば、『何か用?』とばかりに見つめ返されて。これがまた、私に対する恋慕というよりも、むしろ挑戦的な感じの表情というか。







 その後、なんだかんだで時間は過ぎて、ようやく図書室も閉店ガラガラ。『じゃあね』と別れたはずの野々原くんと、下校途中で偶然再会したのでそのまま駅まで一緒に行くことになり。ヒョコッと足を踏み出したその瞬間、辺り一面が光に包まれた。

 

 

 ひゃああ。


 なんか、落ちていくうううう。

 なのに、浮いてるううううう。

 

 

 …んで、気が付けば『ギリシャ神殿かよ!』と突っ込みたくなるような真っ白い建物の中。それからこうして、黒髪ロン毛からイシュタール王国の成り立ちについて教わっているワケなのだが。





 どうやら黒髪ロン毛は、続けて異世界召喚について語り始めるつもりらしい。実は私が初めてでは無く、過去にも召喚された人は存在したのだと。


「わ、わお。その方たちはどうなったのですか?」

「んー、その前に伝えておくけどさ」



 とってもサラリと明かされたのは、

 目の前の彼がなんとビックリ


 野々原くん


 …なの…ですと。

  


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