32 3時3分何してた?③

 どこまでも続く奈落。


 真っ暗な世界。


 だが、風の騒めく音が聞こえる。

 それに人の喧騒も。


 そして、一定のリズムで刻まれる鼓動。


 重い瞼を開ければ、視界に映るはよく見知ったひょろりとした眼鏡の男。

 「ケイ……ト?」

 むくりと上半身を起こし、自然と口から零れ落ちた一言。


 「あぁ!あぁっ……奇跡だ」

 「何言って?モガッ!おい、苦しい!やめろ!」

 そして、普段のコイツからは想像もできない強い力で抱き着いてくる。


 「もう……もう会えないと……ばかり」

 ついには、人目を憚らずにわんわんと泣き出してしまった。


 「どうしたんだよ、まったく……」

 まだぼんやりとする頭で周りを見渡せば、なんと皆が勢ぞろいしているではないか。

 その表情はまるでバケモノでも見たかのように固まっている。


 「えぇっと……皆さんお揃いで」

 「なぁ……本当に本当に脇崎なのか?」

 「え……何当たり前のこと言って」

 「そうか……よかった……本当によかった……」

 「崇まで何泣いて」

 「とりあえずこれだけは言わせてくれ……おかえり」

 「えっと……ただいま?」


 その瞬間、沸き起こる歓声。

 駆け寄ってきた涼介や江口に、もみくちゃにされる。

 視界の端でイインチョが泣き崩れ、助宗さんに介抱されているのが見えた。


 しばらく好き放題された後、すっと涼介たちが離れる。

 そこには、ハンカチで涙を拭いながら近づいてくる三森先生の姿があった。

 

 「脇崎君、簡単な確認をさせてください。どこまで覚えていますか?」

 「へっ?どこまでって、その……奈落に落ちて……あれ?いつの間に学校に?」

 そこまで言って、気づく。


 そもそも何で俺は生きているんだ?

 俺は死んだはずだ。

 なぜ生きている?


 自分の身体を見渡すが、何ともきれいな肌の色に戻っている。


 そもそもの話、俺は世界の崩壊に巻き込まれて奈落へ落ちたはず。


 全部、夢だった……とか?


 いや、そんなことはないだろう。


 最期の瞬間を思い出す。


 そうだ、確か崩れゆく世界の中、メイドさんが飛んできたのだ。


 そして、メイドさんは何かを口に咥えていた。


 それとなく思い出せば、あれは……。


 ……そこまで、気づいてバッと立ち上がる。


 「糸出さんはどこに?」

 皆が顔を向ける方向を見れば……。


 なんですぐに気づかなかったのだろう。


 糸出さんは俺のすぐ横に仰向けで眠っていた。


 だが、その人形のように青白い肌からは生気は感じられず、制服の胸元には何かが食い込んだ跡があり、真っ赤な血の花を咲かせていた。

 そして、その制服の袖の先には……あるべき物がついておらず……ただ、地面を赤く染め上げていた。


 「そ……そんな」

 ただそれだけ呟くと、力なく膝をつく。


 最期に見たあの光景。

 メイドさんが咥えていた物。


 見間違いなどではなかった。


 あれは糸出さんの左手だったのだ。


 人間の死体をパペットとして使役する。


 今まででたった一度だけ使われた禁じ手。


 そして、使役の条件は糸出さんの手の甲へ人形が口づけすること。


 そのために手の甲を切り離し、俺の元まで駆けつけたのだろう。

 適正距離を遥かに越え、自身の身体へ負荷がかかる中で。


 なんということを。


 「糸出嬢が学校を覆うバリアを通り抜けた際、使役中のパペットも転移する」

 ぼそりとケイトが呟く。


 「そんな……」

 つまり、俺を救うために犠牲になったということだ。


 よろよろと糸出さんの亡骸へと近づく。


 「ごめんね……俺のせいで……ごめん」

 頬に触れ、いつの間にか零れ落ちた涙が彼女の頬を濡らす。


 すると、ゆっくりと人形の目が開いた。


 !?


 至近距離で目と目が合う。


 しばらくすると、人形のように大きな目が更に見開かれ、同じく人形のように白い肌が見る見るうちに紅潮していく。


 「うひゃぇああああああああ!?」

 糸出さんが謎の叫び声と共に、思い切り腕を振った瞬間……。


 俺は謎の力で無理やり引っ張られ……宙に磔にされた。


 「えっ……これ何事?」

 「貴様が死より復活を遂げたのだ。糸出嬢も同様の結果が訪れても不思議ではあるまい?」


 「生きててくれて本当によかった!!てか、やっぱ俺死んでたんだ……って、いやいや、そうじゃなくてさ!何で俺は宙に浮いてるの?」


 「それは糸出嬢のパペットになった影響だろう。ふむ、非生物から生物に戻っても使役化の効果は残るのか。なるほど、これは興味深いな」


 「あっ……うっ……」


 「とりあえず下してもらえると助かります」


 「あぅ……ごめんなさい」

 糸出さんが指を動かせば、徐々に高度が下がり始めゆっくりと着地する。

 

 「ありがとう……それと身体がうまい事動かせないんだけど」


 「あっ……今解除しま……す」


 「ごめん、ありがとう。あと……ごめん。左手……俺のせいで」


 「ぃえ……その……あなたのためなら……その」

 「本当にごめん。不便になるだろうけどさ、責任取って俺が代わりに手……あっ!」

 「……いぃ!?なにを!?せっ、責任!?」

 突然腕を掴まれたことによって、顔が再び紅潮させる糸出さん。


 だが、俺が掴んだ左腕の先を見たとたんに、その表情が固まる。


 無理もない。


 なにせ無くなった左腕の断面から、モゴモゴと肉片が隆起していたのだから。

 そして、二人してあんぐりと口を開けて見つめていれば、隆起を続けた肉片は徐々に形を変え、あっという間に掌ができあがったのだ。


 「肉体の再生!?原理は!仕組みは!過程は!くそっ、邪魔だ!」

 ケイトが鼻息を荒くして近づいてくるが、ミッツェルに押し止められていた。


 「動く……痛くない?」

 「……はぃ」

 信じられない物を見る目で、細く長い指を動かしたり、掌を閉じたり開いたりする糸出さん。


 「ふん、復活時に完治とは聞いていたが、随分と都合がよいものだな」

 「まっ、まぁ……こんな理不尽な世界なんだ。たまにはこういうことがあってもいいじゃないか。てか、さっきから気になってたんだけどさ……これも誰かの能力?」

 「あぁ、それは……」


 「ジンっ!!」

 「マサ兄っ!」

 人垣を割って駆け寄ってきたマサ兄に抱きしめられる。



 「よかった……よかった」

 「心配かけてごめん」

 「いいんだ……いいんだよ……お前さえ生きてくれていれば」

 そのまま泣き出してしまう。


 「笛吹教諭。感動の再会を邪魔して悪いのですが、サスケの容態は?」

 「だいぶ安定している。あの様子なら、能力を使わなくても大丈夫だ」

 「それは何より。復活時に完治するとはいえ、無理に息の根を止めるのも酷ですからね」

 「てっきり林なら、合理的な判断を下すかと思ったよ」

 「いえ、流石にオレとてその程度の分別はつきます」

 「冗談だよ冗談」

 「笑えませんね。友が死ぬのは……もう懲り懲りですよ」


 「もしかしなくてもさ……俺が今生きてるのって」

 「あぁ、私の能力が発現したんだよ」

 「俺や糸出さんを助けてくれて本当にありがとう!」

 「ぶっつけ本番だったけど、上手くいって本当によかった」

 「マサ兄は命の恩人だね。しっかし、土壇場で覚醒するとか、流石マサ兄!」

 「ジンを救いたい一心が奇跡を起こしたんだろうね」

 「マサ兄……どうしたケイト?」

 「……いや、何でもない」

 「でも、復活能力とかチートじゃん!」

 「この能力は……そんな便利なものじゃないよ」

 「そうなの?まぁ、この世界の能力だもんね」

 「あぁ。でも、とにかくジンが無事でよかった」


 ひとしきりの感動の再会を終えた後、ふと、ビッグウェーブ前のことを思い出した。



 「そういえばさ、ケイト」

 「……何だ?」

 「ビッグウェーブが始まる前に、この世界の終着点が見えたとか言ってなかった?」


 「あぁ、言ったな」

 「あれってどういうことだったんだ?」


 「そのままの意味だ。諸々の条件からの推察でしかないが……3にこだわったこの世界のことだから、おそらく間違いないはずだ」


 「なんだよ!林!そんなの聞いてないぞ?」


 「そうだな……ちょうど皆がいるしな。よい機会かもしれん。だが、その前に一つ……果たして本当に終わりを知りたいか?」

 「当たり前だろ!何言ってんだよ!」


 「終わりが近ければ慢心もするし、遠ければ絶望もするだろう。それでも本当に知りたいか……よく考えてくれ」

 皆が少しだけ騒めき始める。


 「俺は知りたい」

 が、すぐにそう答えれば、他の皆も賛同し始めた。


 「ふむ……そうか。よかろう。では、語ろうではないか。この世界の終着点を」

 どかりと地べたに腰を下ろすと、ケイトは徐に語り出した。



 「まず、前提として次の3つが挙げられる」


 「3日と15時間33分おきに発生する通常のウェーブ」


 「33日と4時間おきに発生するビッグウェーブ」


 「ビッグウェーブの開始時にだけ鐘は二重に鳴る」


 「以上を踏まえ、すべては2020年3月3日15時3分から始まった」


 「だから、何だっていうんだよ?」

 「わからぬか?」

 「……?」


 「なぜ通常のウェーブは15時間なのか。どうしてビッグウェーブは4時間なのか。3にこだわるこの世界のことを考えれば、3時間であるのが自然だろう?」

 「え……そんなの偶々だろ?意味なんて」

 

 「意味があるのだ」

 「……?」

 「すべては調整のため」

 「調整……?なんのだよ?」


 「ここで重要になってくるのは、ビッグウェーブの開始時だけ鐘が二重に鳴る点だ」

 「……そういや、開始時だけ二重に鳴ってるな」

 「そう、予鈴や本鈴を差し置き、開始時だけ二重に鳴るのだ」

 「言われてみれば確かに変だけど、それが何か意味があるの?」

 「あぁ、大ありだ。逆に訊こう。なぜ二重なのだ?」

 「えっ……?より目立つから?」


 「訊き方が悪かったか。では、こう訊こう。何故三重みつえじゃないのか?」


 「……は?」


 「3にこだわるこの世界だ。鐘の音が三重に鳴った方が自然だろう」

 「でも、実際に二重でしか鳴ってないじゃんか」


 「あぁ、そうだな。だが……鐘の音が三重になる……そんなタイミングがあるとしたら?」


 「それって、通常のウェーブが開いている最中に、ビッグウェーブが始まるってことか?」


 「その通りだ。さらに言えば、通常のウェーブの予鈴や本鈴の鐘の音と、ビッグウェーブの開始時の二重の鐘が鳴るタイミングが重なって、三重の鐘が鳴る」

 「いやいや、そんな偶然」


 「だからこその調整なのだ!15時間や4時間という中途半端な数字はそのためにある」

 「……はぁ」


 「では、どこへ向けての調整なのか。実は絶好のタイミングがある」

 「……絶好のタイミング?」


 「あぁ、そうだとも。3にこだわったこの世界において、これ以上ない絶好のタイミングだ」

 「それって、いつなんだよ?」



 「33回目のビッグウェーブが始まる瞬間だ!」

 「33回目のビッグウェーブ?」


 「あぁ、そして33回目のビッグウェーブの始まりの鐘が鳴る瞬間、それは300回目の通常ウェーブの予鈴が鳴るタイミングでもあり、33回目のビッグウェーブの開始時には鐘が三重に世界に響き渡るのだ!」

 「300回目の通常のウェーブと33回目のビッグウェーブ……てことは」


 「あぁ、それは言い換えれば、通算で333回目のウェーブが始まる瞬間でもある」

 「333回目のウェーブ……」


 「それこそが、この世界における最後のウェーブとなるだろう」


 「たしかに3にこだわったこの世界らしいけどさ。それって……具体的にはいつなんだよ?」


 「すべてが始まった2020年3月3日からちょうど……」



 「だ!!」



 ケイトの叫びが学校全体に木霊する。


 「3年後の3月3日……まさに3ずくしだな」


 「これ以上絶好のタイミングはない。となれば、そこが終着点だと考えて間違いないだろう」

 「……たしかに」


 「ふん、やはり終わりなど知らない方がよかっただろう」

 「何でそんなこと言うんだよ?」


 「3年だぞ!3年!我々は今だ通常ウェーブ27回、ビッグウェーブ3回の計30回を乗り越えただけにすぎん。ビッグウェーブであと30回、通常のウェーブ273回合わせて303回も残っているわけだ。道半ばどころか十分の一にも満たない道程なわけだが、すでにこれだけの被害が出ており、今回もジンスケと糸出嬢が死にかけた。とてもではないが、お先は真っ暗じゃないか」


 「そんなことはないよ」

 「ふむ?」

 「終わりが見えぬなかで、目指す明日も分からぬまま暗黒の海で舟をこぎ続けるよりは……気の遠くなるほど遠くとも目指す先が分かっていたほうがいい……私はそう思う。それが希望の光になるから」

 「イインチョ……」

 「衣米の言うとおりね。終わりがあるのが分かっていれば、辛くて挫けそうになっても……きっとがんばれる」

 「……そうか」


 「それに、あとたったの303回だろ?俺たちなら余裕余裕!なんだかんだ今回も何とかなったしさ」

 「たく、お前はなぁ……今日のフグ戦だけでも、何回危うい場面があったことか……」

 「でも、タカが助けてくれたじゃん。でさ、今度タカがピンチになった時は、俺が助けるって」

 「お前はまたそんな調子のいいこと言って」


 「でも、涼介の言う通りだよ。俺たちは一人じゃない。仲間なんだから。皆で力を合わせれば、きっとどんな強敵や困難にだって打ち勝っていける。俺はそう信じてる」

 「そうか……そうだな」


 「それに希望だってある」

 「希望だと?」

 「仲間は減ってくばかりじゃないってこと」

 「あぁ……なるほど。だが、今回は……」


 「たっ、大変やぁあ!」

 「ばっか!勝手に離れるな!また時間切れでロストとか洒落に」

 こちらに駆け寄ってきたのは黒い小さな鯨と、それを追いかける坊主頭の少年だった。

 ホエホエが復活し、三子神君も発声機能が返ってきたようだ。


 「どうしたの、ホエホエ?」

 「裏庭がエライことになってるんですわ」

 「エライこと?」

 「光のシャワーが降り注いでな、びゃーって感じで、とりあえず見に来てぇな」


 その一言で皆で顔を見合わせる。

 そして、ホエホエたちの先導で裏庭へと向かうのだった。



 裏庭にたどり着けば、確かに神々しい光で満ちていた。

 発生源は奈落の穴の底で、そこから噴出した光が裏庭に降り注いでいるようだ。


 「あれは……祠があった場所か」

 「時間切れだと、海浜公園の噴水じゃなくてここになるんだね」

 「ちゃんと変わらず3人出てきてくれんのかね?」

 「さぁ、そればかりは……」


 こちらが話している間にも光は段々と強くなっていき、目も開けていられぬほどになっていく。

 ふいに光の奔流が空へ打ち上げられて地上へと降り注げば、次第に3つの光の塊を作り出す。

 そして、人を包めるサイズになると、役目を終えたように光はすっと消えた。


 光が消えたそこには、よく見知った3人の姿。

 「あれ……ここは?」

 「む……儂は一体」

 「夜……になってるわ」


 3者共に困惑の様子。

 まぁ、当たり前か。


 たくっ、ここでお前が来るのかよ。


 俺は3人の中で最もよく見知った、美丈夫びじょうふへと近づく。


 「よぅ……アキラ」

 「かぁく……ジン。なんか……逞しくなった?」

 「まぁね。でも、本当に会いたかったぜ。色々さ……積る話も、聞きたいこともいっぱいあるだろうけど……さ。これだけはまず聞かせてくれ」

 「……何さ」


 そう、これだけは聞いておかねばならない。





 「3時3分何してた?」



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