31 少年少女は過去を乗り越え、今を生き、明日を目指す③

2020年6月11日6時0分 三重第三高等学校 校門前



 「カタツムリ撃破!三葉虫残り2!」

 「了解、桑田へマップを送ってやってくれ」

 「うん、わかった!」


 「次はマーカーを順番に変えて索敵」

 「カニさんもクラゲさんも反応なし……イカさんがあと1……あっ、いなくなったよ」

 「糸出嬢が校長を向かわせていたから、それだろう」

 「……あとはもうヒットなし!」

 「ご苦労!残りは三葉虫のみだが、樋本たちが対処するだろう」

 「うん、今向かい始めたみたい」

 「ふむ、重畳。となれば、少し早いが……今回も我々の勝利だ!」


 「敵はもういない……なら何で二人は帰ってこない?エイは全滅させたんだろう?」

 「先生……ちょっとまってください。えぇっと……さっき確認したときはエイさんの生体反応は残り1で……あっ、無くなってる」

 「ふむ……三子神も帰ってきていないな。百々、光のサークルは?」

 「ちょっと待ってね……三子神くんも佐々木くんたちも近くに光のサークルの反応があるよ」


“キーンッコーンカァンコーン”


 「予鈴が鳴ったのに何故帰ってこない?はっ、まさか動けないんじゃ!!そうだ!そうに違いない!なら助けに行かないと!海浜公園ならすぐだ、見に行こう!」

 「コーチ、落ち着いてください!アイツらならきっと大丈夫ですよ」

 「……すまない、少し取り乱した」

 「もしかしてさ、魔法陣にビビってんじゃね?」

 「在り得るが……おや、うわさをすれば……」

 「桑田たちにしては早すぎる……ということは」


 「あれ……学校?」

 「佐々木!ジンは!ジンはどこに」

 「佐助!アンタその脚どうしたの!」


 「おれのケガはいいんだ!それよりも、みんな、聞いてくれ!カゲロウがいるんだ」

 「はぁ!?」

 「え……そんなはずないよ?カゲロウさんはヒットしなかったよ?」

 「巡!もう一度サーチして!」

 「うん、ちょっとまって……」

 「佐々木!カゲロウがいるってマジかよ!」

 「あぁ、しかも3匹!」

 「3匹も!?」

 「おいおい!どうすんだよ!」


 「カゲロウとは昆虫のカゲロウか?」

 「そう、そのカゲロウよ。足も遅いし、戦闘能力も大したことなく、特別な能力ももたない間違いなく最弱のバケモノ」

 「ならば、この慌てぶりはどういった理屈だ?」


 「今までのは全部、幼虫の時の話なのよ」

 「……羽化するというのか?」


 「えぇ、カゲロウは海へ向かうの。それで海の底でじっとその時を待つ。そして、その時が来れば成虫になって浮上してくるのだけれども、成虫にはあらゆる攻撃が効かないの」

 「あらゆる……?」


 「脇崎のⅲでも駄目だった。多分この前のミツマタヤリウオみたいに、実体がないんだと思う。でも、向こうの攻撃はこちらに干渉できる」

 「倒すのに時間制限があるとは、どうして中々厄介だな……」

 「えぇ、でもそれだけじゃなくて……何より厄介なのは、校舎消失ペナルティが桁違いに重い点なの」

 「ふむ……」


 「これまででウェーブに失敗したのは3回。でも、今の校舎があんなになったのはほとんどがカゲロウのペナルティによるものなの。そして……あの時倒せなかったのは……たった1匹だった」

 「それが今回は少なくとも3匹か」

 「えぇ、放っておいたら大変なことになるでしょうね」


 「あのね……3匹じゃない」

 「巡?」

 「カゲロウさんのマーカーがたくさんなの!」

 「……はぁ!?」

 「今すぐ倒しにいかねぇとヤバイじゃん!!」

 「行けないの!」

 「行けない……どういうことだ?」

 「あのね……カゲロウさんのマーカーがあるのは……海の上なの」

 「海の上……」

 「見せてくれ……ふむ、なるほど……こういうことか。どうやら、貨物船の上か何かに密集しているようだ。数えるのが莫迦らしくなる数がな」


 「オイオイ、どうすんだよ!これ!」

 「それよりも佐々木!脇崎は……ジンはどこだ!一緒にいたんじゃないのか!」

 「……」

 「……まさか」


 「すぐに追いつくからー、心配いらない……よー……だ……だいじょうぶ」


 「大莫迦者が……」

 「うそだろ……うそだと言ってくれ」


 「百々。アヤツのマーカーを出してくれ」

 「……赤いマーカーに埋もれてるけど、お船の上に反応があるみたい」


 「やはり……そうか。だが、どうやって」

 「黒い魔法陣があったんだ。そこへカゲロウたちは消えていった。罠だとわかってたけど、カゲロウを逃がせないからってじんすけはそれを追って……」

 「なら今すぐ追いかけよう!」


 「多分だめです」


 「どういうことだ!」

 「黒い魔法陣はおれたちが見ている内にも小さくなっていってたので、もうなくなってると思います」


 「そ……そんな……いや、助けに行かないと!」

 「でっ、でも海の上ですよ。時間だってない」

 「どのみちカゲロウを一体でも取り残せば、校舎消失ペナルティで全滅なんだ。火力を集中するべきだろう?帰りは光のサークルを通ってくればいい。それなら間に合うだろ?」

 「それはたしかに……」

 「アヤツの救出は糸出嬢に頼むとして……百々、最寄の光のサークルは?」


 「一番近いのは三重湾大橋だけど……あっ」

 「この光は……」



 「ほら、やっぱガッコの前に出ましたやん」

 「たまにはホエホエの勘もあたる……って、何この空気?」

 「三子神はん、また何かやっちゃったんちゃいます?」

 「毎度ワテがやらかしてるみたいに言うなや」


 「髪がしゃべってる……だと?」

 「あら、お初にお目にかかります。ボクね、面白話す鯨のホエホエ言いますねん。三子神はんとトップシェアしてましてね、あっ……これトップシークレットですさかい、そこんとこよろしゅう頼みます」

 「三子神の能力か……興味は尽きんし、何故三子神が怪しい関西弁なのかも気になるところだが、今はそれどころではないな。随分と帰還が遅かったみたいだが、何かあったのか?」


 「あったもなにも、今の今まで闘ってましたねん」

 「増援がいつまでたったも止まらなかったんや」

 「百々のマーカーには引っかからなかったということは、新種か?」

 「やたらゴッツイ見た目の魚でしたわ」

 「たしかに初めて見る魚やったわ」


 「これ、スマホで撮ったやつやけど」

 「ミカヅキツバメウオか!百々!」

 「ちょっとまって……あっ」

 「……いるのだな?」

 「うん……まだ街や船の周りに何匹か」

 「くそっ!時間がないというに!百々!全員にマップを送って」

 「もうやってる!」


 「なんや、まだおったんか。中々にケッタイな相手やったで。ボクらやから難なく倒せたけど、ありゃ戦闘組ほど苦労すると思いますわ」

 「……出来るだけ詳細な情報を頼む」

 「……ほな」



 「とりあえず、佐助。アンタは向こうで治療してもらってきなさい。三森先生や衣米が看てくれてるから……一人で歩ける?誰か、佐助の補助を」

 「大丈夫。一人で行け……いや、けいと頼めるか」

 「頭でも打ったか……?他に適任などいくらでもいるし、何より作戦の立案に忙し……」

 「頼むよ」

 「……よかろう」


 「林で大丈夫かしら」

 「林くんならきっと大丈夫だよ」

 「まぁ、そんな距離もないし大丈夫か。それにしても……今回はやけに脚の怪我が多いわね……」

 「ケガする人が出るのはしょうがないよ。だって、ビッグウェーブだもん」

 「そう……そうね。死者が出てないだけ……まだマシね」

 「……きっと明日もみんな一緒だよね?」

 「うん……そうね」




2020年6月11日6時6分 貨物船上



 「はぁ……はぁ……まったく、勘弁して欲しいよね」

 鉛のように重い身体に鞭を打って腕を振るえば、目の前のカゲロウが真っ二つになる。


 ボテリと甲板に落下した死骸の上を別のカゲロウたちが乗り越えていく。

 カゲロウたちが目指すは船のへり

 海に飛び込もうとしているのだ。


 動きは緩慢なものの、厄介なのはその物量。

 辺りを見渡せば、積まれたコンテナの表面はびっしりとカゲロウの卵で埋め尽くされている。


 それがどんどんと孵化し、海を一目散に目指すのだ。


 一体全体どれだけいるのか……。

 一匹であれだけのペナルティなのだから、これだけ残っていれば学校どころか町全体が消滅してしまうことだろう。


 だが、厄介なのはカゲロウだけじゃない。


 後ろからの風切り音を察知し、思い切り甲板かんぱんを蹴って飛びのく。

 すると、三日月形の風の刃が甲板を抉る。


 飛んできた方を見れば、宙に浮かぶは三日月形の魚。


 クルリと身体を反転させれば、風の刃を纏ってこちらへ突っ込んでくる。


 近場のカゲロウをほふりながらそれを大きく避ける。

 風の鎧は甲板をベキベキと削り取るが、当の魚は甲板の上で力なくビチビチ跳ねている。

 まるで攻撃チャンスだと言わんばかりに……。

 だが、それが罠であることはもう知っている。


 知っているのだが……こいつもバケモノである以上、倒さねばならない。


 ため息を一つつけば、意を決し……腕を振り下ろす。


 次の瞬間、海上に響き渡った断末魔は……俺の物だった。




2020年6月11日6時8分 三重第三高等学校 校門前



 「ダメージ反射?」

 「そや、風の刃を飛ばしてくるのもまぁまぁ厄介やけど、本命はコッチやね。と言っても、斬られたら同じ場所に切り傷が出来るーとかやなくて、なんか攻撃した瞬間にな、そのまま同じだけの痛みが返ってくるねん」


 「反射ではなく……痛覚の共有といったところか……厄介だな」


 「そそっ、そんな感じ。まっ、ボクは痛み感じへんからよぉ知らんけど」

 「同様の理屈ならば、糸出嬢のパペットなら大丈夫だろうな」

 「逆に他の面子じゃどうしようもないだろ、これ」

 「仕方あるまい、糸出嬢に頑張ってもらうとしよう。百々」

 「さっき送ったから、たぶん人形さんたちが向かってるよ」

 「重畳。だが、くれぐれも糸出嬢にはアヤツのことは内密に」

 「……あっ」


 「彼を見捨てるって、どういうこと!?」

 「……おや、糸出嬢。さきほどぶりではないか。しかし、折角の出会いに水を差すようで恐縮なのだが、この場所では適正距離を取れないはずだが?」

 「答えなさい!!彼を見捨てるって、どういうこと!?」

 「何のことやら……」


 「私が伝えた」

 「ほぅ……笛吹教諭……時間が無いというにこの行為。合理性の欠いた判断としか考えられず聊か理解に苦しむのですが、何かこの愚生には想像つかない素晴らしい理由があるのでしたら、是非ともご教授いただきたいですね」


 「現状、ジンを助けられるのは糸出だけだ」

 「市内に散ったミカヅキツバメウオを討伐できるのも彼女だけです。しかし、ジンスケのことを知れば、糸出嬢が他を差し置いて救いに行くのは火を見るより明らかでしょう。しかし、ミカヅキツバメウオは三子神か糸出嬢にしか倒せない。そして、今のところカゲロウの撃破は間に合っている。ならば、市内に散ったミカヅキツバメウオを速攻撃破し、その後にカゲロウへ向かう。それが最適解でしょうが!何よりも時間がないのです!」


 「カゲロウを1匹でも取り逃したら大損害なんだぞ?それが数えきれないほどいる。今はよくてもその内に対処しきれなくなるかもしれない。ミカヅキツバメウオのペナルティの重さは分からないが、今はジンの元へ駆けつけてカゲロウの討伐を助力するのが一番。糸出のパペットでジンを救出、その後船ごと樋本に燃やしてもらう。そういった方法だってあるだろう。合理性に欠いた判断はどちらだ!どうした?林らしくないじゃないか!」



 「たしかに樋本に船ごと燃やしてもらうのはいい案ですね。樋本は三重駅にいるから時間的に実現は厳しそうですが」

 「カゲロウの撃破方法なんて後から考えればいい、とりあえずジンだけでも救出を。糸出」

 「はぃ」

 「……糸出嬢のパペットを向かわせてはなりません」

 「何故だ!校長の銅像だけ救出に向かわせ、他のパペットで魚を撃破。ただでさえ時間がないんだ。これならいいだろう?」


 「……糸出嬢のパペットを向かわせてはなりません」

 「さっきから何を言っている!本当にジンを見捨るつもりか!」


 「……」

 「林!」


 「サスケのやつが血を吐いて倒れました」

 「……は?佐々木が?」

 「現在、救護班が対応に当たっています」

 「なっ……なんで」

 「何でも毒ガスを出すエイがいたそうで」

 「……まさか」

 「えぇ、サスケは少量の吸引でそのザマです。そして、ジンスケのやつは下敷きにされていたこともあって、随分と吸い込んでいたらしく……」


 「は……おい、こんな時にたちの悪い冗談は」


 「それはアヤツ自身がよくわかっていたのでしょう。だから、サスケを光のサークルに押し込め、見え透いた罠を一人で踏み抜いた」

 「ぃ……嫌……」


 「アヤツは元より……死ぬつもりなのでしょう」




2020年6月11日6時13分 貨物船



 人間、慣れというのは恐ろしいものだと常々思う。


 四肢が引き千切れんと紛うばかりの幻痛も、指先を動かすだけで全身の神経を逆なでするような激痛も、吐き気を催すほどの悪寒も、焦りや恐怖に後悔といった感情も……今や何も感じなくなってしまった。


 「さてと……これで魚は終わり……うっ……」

 真っ二つに分かれた魚の上に、赤く染まった吐しゃ物を盛大にぶちまける。

 すでに何度目か数えることすらできなくなってきたが、よくぞまぁこんなにも出るものだなと、変なところに感心してしまう。


 「船酔いは……する方じゃなかったんだけどな……まぁ、いいか……あとはカゲロウ……だけ」

 霞む視界にぼやける思考。

 棒になった脚を引き摺り、船の傾きに合わせて動く身体の勢いを利用して腕を振るう。


 今やどうして自分が動けているのかも不思議なくらいだが、そんなことを考えても仕方ないし、何よりそれすら考えるのが億劫なため、何も考えずただただ腕を我武者羅に振るう。


 カゲロウの数は今だ衰えを見せないが、徐々にその追加ペースは遅くなってきているように感じられる。


 「さぁ、もうひと踏ん張りだ……もってくれよ……俺の身体」




2020年6月11日6時13分 三重第三高等学校 校門前



 「ジンが……死ぬ?」

 「……アヤツは毒が身体を蝕む中で戦っているはずです。カゲロウを全て討伐すれば光のサークルが出現するかもしれません。でも、どのみちそれを踏むだけの力は残っていないでしょう。きっとそれは本人も分かっていた、だから自らを捨て駒とした」

 「そんな馬鹿な話があるか!」


 「しかし、そのお陰で船上のミカヅキツバメウオは討伐され、カゲロウもその数をどんどんと減らしています。このペースならおそらくカゲロウの全討伐が可能でしょう。」


 「駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ!!!そんなの駄目だ!」

 「笛吹教諭?」


 「ジンを……ジンを見捨てるのか?」

 「……アヤツは命をかけて我々のために戦っています。ならば、我々はウェーブのクリアを目指すべきであって」

 「だからって!ジンは!ジンは仲のいい友人だったろう?林、お前はそれを見捨て」

 「見捨てたいわけないであろう!!どうしようもなくありふれて陳腐でチープな……いや、珠玉の3年を共に過ごした、かけがいのない親友なのだぞ!!オレとて出来ることなら救いたい!だが!だが!一体どうすればいいのだ!」

 「……っ」


 「この非現実的で理不尽な世界には回復魔法などありはしないだろう!死体を回収する?それならばできるかもしれない。だが、それをしてどうなる?回復するのか?生き返るのか?分かっているとも!丁重に弔ってやるべきだろう。最期の別れを告げるべきだろう。そんなの分かっているさ!だが……アヤツの死体を前にしてしまったら……オレは……オレは……それが怖くて怖くてたまらないのだ!」



 「死体さえあれば生き返らせるさ」



 「……は?何を世迷言を」


 「今!今!名前が下りてきたんだ!!の能力が」


 「……」

 「を信じてくれ」


 「本当なのですか?」

 「あぁ……本当だ」

 「百々!助宗と江口と佐助を救急車に詰め込んでくれ」

 「……え?救急車?」

 「すまない!早く!」

 「わっ、わかった!」


 「信じてくれてありがとう」

 「少しでも可能性があるなら、それに縋るだけです」

 「……すまない。しかし、何か策があるのか?」

 「上手くいくかわかりませんがね。とりあえず本当に時間がない。あとは道中で」

 「……すまない」



 「林、どこへ向かってるんだ?」

 「駅前の方ですね」

 「少しでもジンへ近づくためか」

 「それもありますが、商店街の光のサークルは残してありますので」

 「帰還時に使わなかったのか?」

 「駅前からなら車やバイクを使えば15分もかからず帰ってこれますので。ならば怪しいサークルになど誰が入りましょうか」

 「だが、ここにきて帰還手段として使える……というわけか」

 「それでも到着すらかなりギリギリですがね」

 「制限速度を守ってたら、間に合わなかったろうな」

 「うまいことルールの穴がつけてよかったです。とはいえ、それでもアヤツのいる場所は遠い。回収している内に世界が崩壊してしまうでしょう。そうすればパペットはアヤツごと奈落に堕ちる……」

 「……」

 「こんな方法しか思いつかなくて申し訳ない。糸出嬢」

 「大丈夫よ……彼のためだもの」


 「今一度聞くが……本当に良いのだな?」


 「いつか彼に言われたわ。この理不尽な世界を一緒に生きる仲間のために、出来ることがあればやってやるのは当然だと。ならばどうして私が躊躇うというのかしら」


 「……そうか。すまない」


 「……本当にすまない、糸出。いつもいつも生徒ばかりに負担をかけて。私は本当に教師失格だ」

 「笛吹教諭?」


 「本当はずっと……ずっと前からこうするべきだって私は分かっていた……でも、俺は自分の身の可愛さにずっとずっと騙していた……でも、わかってたんだ、ジンや助宗が同じことになったら俺は迷わず使うだろうって……いざという時まで取っておいてあるんだって……ずっとずっと言い訳して……俺は何人もの生徒を見殺しにしてきたんだ。あぁ、私はどうしようもなく教師失格さ。でも……ジンだって糸出だって命をかけてるんだ。生徒が命をかけてるんだ。もう迷わない。これからは私も教師として命をかけるよ」


 「生徒選べば殉職となりトゥルー生を選べば天職ではなコーリングくなる」


 「それが……私の……いや、俺の能力だよ」




2020年6月11日6時32分 貨物船



 最後の一匹を倒すと同時に倒れこめば、生暖かな感触が身体を包み込んだ……気がした。


 光のサークルが出現する気配は……ない。


 やはり……罠だったという……わけだ。


 一人で来て……よかった。


“キー……コー……ン……ン”

 途切れ途切れにチャイムの音が聞こえる。


 本鈴か……。


 なんとか……間に合って……よか……た。


“ピシッ……ピシピシ”


 世界が割れる音がどこからかする。


 最後の力を振り絞り、首を回せば。


 世界が奈落へと落ちていく。


 それをただ見つめる。


 怖くはない。


 痛くもない。


 でも、やりとげた達成感なのだろうか。


 今は心地よく……ただ眠い。


 さよなら、みんな。


 きっと、生きて。


 いつか無事にもとの世界に……。


 奈落は空を……海を……世界を……飲み込んでいく。


 船が大きく傾く。


 俺も一緒に傾き、転がる。


 落ちる船。


 落ちる俺。


 暗くなる世界。


 自然と目を閉じ始める。


 徐々に狭くなっていく向こう側の世界。


 それに伴って視界は闇に覆われ、光は小さく狭くなっていく。


 その一筋の光の中から何かが飛んできた。


 最期に見たのは。


 こちらへ高速で突っ込んでくるメイドさん。


 その口には何かを咥えていた。


 あれは……。


 そこで俺の意識は奈落へと沈むのだった。



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