27 少年の告解と存在しない少女②

2020年6月6日15時11分 三重第三高等学校 1―11教室



 「水品文香を知っているかだと?」

 目を細め、眉間にしわを寄せるケイト。

 こいつがこの顔をするのは、相手の真意を図りかねている時だ。


 「クラスメイトなのだから当然であろう」

 何を頓珍漢なことをとでも言いたげな口調で、返答される。


 「うーん……やっぱそうなのか」

 「貴様に至っては、3年間同じクラスだったろうに」

 そう言うと、親指の爪を鼻頭に当てるケイト。

 「瞬きする間に終わるこの喜劇はブリンキングやがて名作として眼裏に投影されるシアター


 一拍を置き、黒板に映し出されたのは、揃いのクラスTシャツを着て整列する集団。

 「懐かしいな、一年の体育祭の……」

 嫌が応にも中央へ目は吸い寄せられ、隣で肩車するサスケとダブルピースを決める俺の姿に目が留まる。

 

 「前列の右端が水品だ」

 ケイトが指さしたのは、レトロな雰囲気の丸メガネをかけた、三つ編みの少女。

 どこか無理をしているような……そんな笑顔を浮かべている。


 しかし、やはり知らない少女だ。

 ただ、初めて見たはずなのだが、何となくどこかで見たことがあるような気もする。

 そんな不思議な印象を受けた。

 隣を見れば、サスケも同様なようで、何とも言えない顔をしていた。


 続いて映し出されたのは、二年の文化祭の映像。

 教室の扉の前で肩を組む、吸血鬼姿の俺と狼男姿の涼介。

 そして、傍らで椅子に座って受付をしているのは、貞子ファッションの少女。


 最後に映し出されたのは、三年の合唱コンクールの映像。

 発表と同時に立ち上がるクラスメートたち。

 女子たちは飛び跳ねるように手を合わせたり、抱き合っている。

 そして、泣き崩れる少女。

 イインチョや助宗さんに介抱された少女は、ゆっくりと立ち上がって壇上へ向かう。

 途中で涼介が両掌でメガホンを作って何かを叫んだのか、少女は振り返り、目を細めてはにかむように笑った。

 

 薄気味悪い。

 

 それが正直な感想だ。


 記録に残っている以上、たしかに水品文香という少女は存在していたのだろう。

 だが、まったく記憶にはない。

 該当の場面を思い出そうとすると、何となくもやがかかった感じになる。

 それがまた薄気味悪いのだ。



 「なぁ、ケイト。変なこと言ってるって思うかもしれないけどさ……俺もサスケも水品さんのことを覚えてない……というよりも、まったく知らないんだ」

 「そうか」

 どうとでもないように答えるケイト。


 「驚かないんだな」

 「いや、合点はいった。こんな世界だ。そういったことが起きても不思議ではあるまい」


 「そう……そうかな?」

 「あぁ。だが、検証はしておいた方がいいだろうな」

 「検証?」

 「誰が忘れているのか、そして、忘れられているのは水品だけか……な」




2020年6月6日19時30分 三重第三高等学校 調理実習室



 「もえの……出席……番号?29……だよ」

 オイリーな魚のソテーとレタスが挟まれたパンを口いっぱいに頬張り、リスのようになった三月さんがそう答える。

 「こらっ!食べてる時はしゃべらない!」

 トレーを持った助宗さんが叱りつけながら、対面へ着席する。

 

 「どうしてそんなこと聞くの?」

 床に零れたパンくずを拾いながら、イインチョがそう聞いてくる。


 「いや、三月の出席番号は30だ」

 「うん、そうだったかも」

 「……そうやってアンタはまた面倒くさがって。30じゃなくて29でしょ?」

 「うん、そうだったかも」

 「ふむ……そうか。では、合唱コンクールの指揮とピアノが誰かは覚えてるか?」

 「ピアノはみーみみで、あれ……指揮は忘れちゃった」

 「何で忘れてるのよ……あれ?でもアタシも思い出せないわ」


 「そうか……最後に、水品文香を覚えているか?」

 「もえ、知らなーい」

 「助宗や八尾はどうだ?」

 「覚えてるってか、そもそも聞き覚えすらないんだけど?」

 「私も聞いたことないかな」


 「ふむ……やはりか。情報提供感謝する。食事中に失礼した」

 「ちょっと、何だったの?気になるんだけど?」

 「情報が揃ったら伝える。行くぞ、ジンスケ」

 「あれ?サスケは?」

 「アヤツはしばらく使い物にならん」

 ため息をつきながらケイトが指さした先では……。


 「美味いっ!美味いぞぉ!!」

 山盛りになった魚の切り身を掻っ込むサスケの姿。


 「たしかに。でも、昼にあれだけドーナッツ食べたのに、よく食べるよ……」

 「ドーナッツ……?」

 「あっ、いやなんでもない。ほらっ、行こうぜ」

 そう言って歩き始めるが、ケイトはついてこない。


 振り返れば、ケイトは難しい顔をしていた。

 「どうした?もしかしてドーナッツか?悪い、残ったのは涼介にあげちゃって……」

 「いや、それはいい……それよりも、百々はどこだ?」

 「百々さん?それなら、さっき助宗さんと一緒にトレーを運んで席に……」

 そう言いながら首を回せば、手つかずのトレーが机の置いてあるだけでその姿はなく、なんなら席に座っているのは三月さんだけで、イインチョや助宗さんの姿すらなかった。


 「あ~……これは」

 「よし、オレたちも探すぞ!」

 「仕方ないな……」

 まだ飯食べてないんだけどなと思いつつ、ケイトと共に部屋を後にするのだった。




2020年6月6日19時59分 三重第三高等学校 図書室前



 「百々!」

 図書室の前でぼーっと佇む百々さんの元へ駆け寄るケイト。


 「あっ、林くん」

 「こんなところに居たのか。心配したぞ」

 「心配かけてごめんね。お手洗いに行こうとしたらね……ちょうちょが飛んでたの」

 「蝶々?」

 「うん。キラキラしててね、とってもきれいなんだよ」

 「そうか……綺麗なのだな。それでどうしてここに?」

 「ちょうちょがまたわたしを呼んでたんだ」

 「……ついていったら、ここに辿りついたということか?」

 「うん」

 満面な笑みでそう答える百々さん。

 今日も百々さんは平常運転だ。


 その時、ガラリと横へ開く扉。


 「どうしたこんなところで?」

 そこに立っていたのは崇だった。

 昼のことがあっただけに、若干気まずい。


 「いや、百々さんを探してたんだよ」

 「そうか。だが、見つかったようだな。大事にならなくてよかった」

 そう告げる崇は、いつもの崇だ。


 「そういや、飯まだだろ?一緒に食べ行こうぜ」

 「あとで頂く」

 「脂載ってて美味しそうだったし、早くしないとサスケに全部食われちまうぜ。いやぁ、チョウチンアンコウなんて食べるの初めてだから楽しみだよ」

 「あれはミツマタヤリウオだぞ?」

 すかさずケイトから訂正が入る。

 どうやらチョウチンアンコウではなかったらしい。

 てか、なんだミツマタヤリウオって。


 「気持ちは有難いが、あまり腹が減ってないんだ」

 「うーん、そっか。でも、何かは食べとかないと身体壊しちゃうし、出来れば食べに来いよ」

 「あぁ」

 崇はそれだけ言うと、図書室へ戻り扉を閉めようとする。


 「そういえば、水品は図書委員であったな」

 ケイトのその一言で扉が閉まるのが止まった。


 「それがどうした?」

 「ここに入り浸るのは、水品のことを忘れぬためか?」

 「……」

 再び閉まりだす扉。


 「記憶が無くなったのは、バケモノの能力か?たとえば食った相手の記憶を……」

 「文香を殺したのはバケモノじゃない……俺たちだ。皆忘れてしまったようだがな」

 「崇、それってどういう!?」


 ぴしゃりと閉められる扉。

 最後に扉の隙間から見えたのは、見たことのないほど冷え切った表情の崇。

 次いで鍵が閉まる音が不自然なまでに響き渡った。




2020年6月6日20時11分 三重第三高等学校 調理実習室



 「巡っ!」

 「あびちゃん!」

 抱き合う二人。


 「もう、どこ行ってたの?心配したんだよ?」

 イインチョもそこへ加わる。


 「ごめんね、こよちゃん」

 「一人でどこか行ったら駄目っていつも言ってるでしょ?」

 「ごめんね……」


 「脇崎君と林君が見つけてくれたんだね、ありがとう」

 「いや、百々が心配だったのでな。礼には及ばぬ」


 「……脇崎君?」

 「あっ、ごめんごめん、考え事してた。えっと、何だっけ?」

 「めぐりを探してくれてありがとね」

 「あぁ、それね。うん、それくらいお安い御用だよ」

 「……脇崎君、どこか調子悪い?」

 「えっ……そんなことないよ。元気元気……あっ、お腹すいてるからかな、はは」

 「そっか、めぐりを探してくれてたもんね。今、もってくるから座ってて」

 「いいよいいよ、イインチョだってまだ食べかけでしょ?」

 「うん。でも、やっぱ顔色も悪いし、それくらい私が……」

 「コヤツはさきほどのことを気にしてるのだ」

 いつの間にか自分の分だけトレーを持ってきたケイトは、席に座りながらそう告げた。


 「さきほどのこと……?」

 「水品を殺したのが自分たちで、それを忘れていると告げられたのだ」

 「私たちが……殺した?」

 「あぁ、山崎はそう言っていたな」


 「山崎が?そういや、何か分かった?情報が揃ったら教えるって言ってたでしょ?」

 「ふむ……まだ仮説の域を出ないのだが、まぁよかろう」

 ケイトはそう告げると、味わうように一口切り身を食べ……ゆっくりと口を開く。


 「全員に聞いたわけではないが、とりあえず3組で忘れられているのは水品だけだった。また、三月が知らないということは、水品文香のことを覚えているのは、おそらく前回追加された3人と山崎だけで、ほかのメンバーはどういうわけか、水品のことをすっかりと忘れている」

 「アンタら3人が架空の人物の記憶を植え付けられている可能性は?」

 「それも考えたが、それをする理由が不明であるし、その場合だと山崎が水品の存在を知っているのが不自然であろう」

 「それは……たしかに」


 「では、次に考えたのがバケモノの能力だ。例えば食した相手の姿に化けて、その状態で他人を攻撃すると化けた相手の記憶がその者から消えていく……とかな」

 「いやいや、マンガじゃないしあり得ない……とは言い切れないのよね」

 「あぁ、可能性としては十分あり得るだろう。その場合だと、山崎だけ攻撃される前に倒したなどが考えられるが……それは本人が否定した」


 「アタシたちが殺したってやつね」

 「あぁ。となれば、考えられるのはオレたちの能力となる」

 「アタシたちの?でも、記憶の消去や操作なんて能力もってるメンバーはいないはずだけど?」


 「すべて正直に能力を開示しているとは限らぬだろう?」

 「なに……アンタ、もしかしてアタシたちを疑ってんの?」

 肩眉を吊り上げ、嫌悪感を滲ませる助宗さん。


 「ふむ……八尾や江口の件があったのでな」

 びくりと大きく身体を震わすイインチョ。


 「衣米はともかく……江口?」

 「あー……そうでなくても、全員が自身の能力の仕様を完全に把握して、名前が判明しているわけではないのだろう?」

 「たしかに……まだ名前が判明していないメンバーも多いし、何人かは能力自体が発現してないけど……」


 「そこでいくつかのパターンが考えられるが……ひとつは山崎の能力だ」

 「新参の3人を除けば、唯一記憶をもってるものね」


 「オイオイ、ケイト……崇はプロ野球選手みたいに腕力が強化される能力だろ?」

 「キャッチボールをしていたから身体能力強化……果たしてそんな単純で素直な効果で能力が発現するだろうか?」

 「言われてみればたしかに……」

 

 「例えば、ボールを当てた相手の記憶を消す力があっても可笑しくはないだろう」

 「それはそれで飛躍しすぎな気がするけど……」

 「あと考えられるのは、デメリットや副作用だな。球速を上げるためには他人の記憶を奪ってしまう……などだな」

 「でもそれって、アタシたちが殺したって記憶を、山崎が意図的に消したってこと?」

 「あぁ、そうなるな。だが、それだと、水品のことを忘れてしまっているという発言は不自然だ。何せ、消したのは自分なのだからな」

 「それにさ。崇本人も忘れかけてたっぽいんだよね。想起と牢記って言ってたし」


 「と……なると」


 「一番可能性が高いのは、水品の能力によるものだろう」

 「記憶に関わる能力……だけど、私たちはそれ自体を忘れている……と」


 「貴様らは水品のことを覚えておらず、それに関わる記憶が抜け落ちているようだった。そればかりか、存在すら無かったものとして改ざんすらされている」

 「……もえの出席番号を聞いたのはそういうこと」

 「あぁ」

 そこまで言うと、再びソテーに箸をつけるケイト。



 「そして、おそらくだが……殺したというのも比喩表現だろう」

 「比喩表現?」

 「誰かが水品に直接手を下したのなら、能力で記憶を消してやる義理もなかろう?」

 「それは……たしかに」

 「大方、介錯や見殺しなどだろう」

 その一言を聞いた瞬間、心臓が早鐘を打ちだすのを感じる。

 見殺し……どうしても、思い出すのは先月のこと。

 水品さんがいつまで生きていたのかは分からないが、記憶を消去できるのなら、この記憶も消していってもらいたかった。


 「見殺しって……」

 「生き埋めやバケモノに捕らえられて、他の者が責任を負わぬように記憶を消した……とかな」

 「それじゃなんで山崎は覚えてるのよ……」

 「それは……」


 「そんなの直接聞くのが一番だろぅ?」

 奥の席から聞こえてきた間延びした声。

 それはサスケだった。


 まだ食べていたのかこいつ……。

 

 「いやいや、本人には聞けないだろ。なんか忘れてたことを怒ってたっぽいし」

 「だったら、ここでウダウダ考えてもしょうがないじゃんかよぉ。いくら考えても答えなんて出ないし、仕方ないだろぉ?おれたちが今すべきは、明日を生き残れる強い身体を作るために、腹いっぱいめしを食べることだぜぇ」

 そう言うと、空になった大皿をもって立ち上がり、部屋の奥へと向かう。


 まだ食べるのかこいつ……。


 だが、サスケの言うことにも一理ある。

 これに関しては、考えても仕方ないのだ。

 記憶に存在しない少女がいたのも、俺たちが殺したというのも物凄く気になる。

 だが、唯一この件について知っていそう……というか、覚えていそうな崇がしゃべるつもりがないのなら、どうしようもないのだ。

 それに水品さんのことを忘れて欲しくないのなら、積極的に伝えてくるはずではないだろうか?

 それをしてこないってことは、崇もせめて自分さえ覚えていればいいと思っているのではないのだろうか?

 ならば、崇が話してくるまではどうしようもない。

 なにしろ、俺たちは思い出すことすらできないのだから。


 そして、なにより……なによりだ。

 今更になって腹が減ってきた!


 それは、サスケが大皿に山のように盛ってきた切り身のせいだろう。

 匂いからして、さっきまでと味付けが違うのが分かる。


 堪らず鳴りだす腹の音。


 「さぁ、めしにしようぜぇ」

 どかりと大きな音を立て、机の上に大皿を載せるサスケ。

 テラテラと輝く照り色と芳ばしい匂いが食欲をそそる。


 「うぉおっ、美味そっ!」

 「脂ノリノリで絶品だぜぇ!おれが言うんだから間違いねぇ」

 ケイトと共に席につけば、サスケがそんなことを宣ってくる。


 「そうか。時にサスケよ……ドーナッツは美味かったか?」

 「なんのことかーわからないよー」

 「嘘つけ!」

 「ドーナッツ!?お土産は!?もえ、まだもらってない!」

 「あれ?朋いつの間に!?」

 「ふっふっふ、エロミツと秘密の取引をしていたのだ」

 見れば、開いた調理準備室の扉から、江口のエプロンの裾が見える。

 そして、ほんのりと漂ってくる甘ったるい匂い。


 「この香り……キャラメル?」

 「もえ?牛乳や砂糖はともかく、バターや水あめなんて入れた記憶は……」

“ポーン……ポォーン”

 さらに何かが弾ける音。

 扉の隙間から、芳ばしい匂いが漂ってくる。

 「ポップコーンまで」

 「ここだけのナイショだよ?」

 「はぁ……まったくアンタは……今回だけよ?」

 「流石あびあび話がわかる~」

 「おーい、三月。塩とキャラメルとバター醤油どれがいい?」

 調理準備室から聞こえてくる、威勢の良い声。

 「ぜんぶー!あとキャラメルチョコも追加で」

 「わがまま言わないの!というか、それこそチョコなん……」

 「おー、了解。三月もそれ好きだなぁ」

 「朋……?」

 「今回だけよ?」

 「……はぁ、まったくアンタは。江口、アタシ塩大盛りでお願い」

 「おぅよ」

 「江口君、わさびマヨとかできる?」

 「いけるぜ」

 「えっ、じゃあ、俺もそれで」

 「ふむ……では、ショコラ・ブラン&ブール・ノワゼットを頂こう」

 「オイオイ、いくら江口でもそれは」

 「いけるぜ」

 「マジかよ江口!」

 「江口~、おれも今までの全部で」

 「あっ、ずるいっ!もえも全部で!」

 「もう!アンタたち少しは自重」

 「あびあびは塩だけでいいの?」

 「……やっぱアタシも全部で」

 「大皿でどんどん持ってくから、好きにとってってくれ」


 ミツマタヤリウオの照り焼きやポップコーンアソートに舌鼓を打ちながら、弾む会話。

 にぎやかに夜は徐々に更けていくのだった。




2020年6月10日2時51分 三重第三高等学校 グラウンド



 ランタンを囲んで輪になる一同。


 「今夜は、いて座流星群が見ごろを迎えます。流れ星の数は次第に多くなっていき、最終的には地上を覆いつくす見込みです。さらに、霧が立ち込めることも予想されるので、天体観測には絶好の環境といえるでしょう……以上です」

 告げられた予報に難しい顔になる一同。


 「また未知の予報か……」

 「ここのところそんなんばかりじゃない?」

 「それにしても、流星群かぁ。敵の数は多そうじゃない?」

 「これってさ、何かしないと増え続けるってことじゃね?三葉虫みたいによ」

 「それに霧ってのが気になりますね」

 「視界不良は勘弁してほしいぜ」

 「それなのに天体観測に絶好の環境……ってのも引っかかります」

 予報をもとに始まる討論。

 最近ではおなじみの光景だ。


 だが、予報はあくまで予報。

 そして、そこから推測できる情報など、たかが知れている。

 ましてや、この世界のバケモノは俺たちの理解の及ばぬ、真性の化け物なのだから。

 

 俺たちはそれをすぐに味わうのだった。

 

 


2020年6月10日2時54分 三重第三高等学校 校門前



 一瞬の浮遊感の後、地面に足がつくのを感じる。

 そして、周りを見渡し、その異変に気付く。


 「……コンブ?」

 誰かがぽつりとつぶやく。


 「ミツイシコンブというわけか……だが、これは一体」

 ケイトが困惑気味に呟くのも仕方あるまい。


 何せ、周囲の家屋や地面の至る所で、長さ3mくらいの海藻が繁茂しており、それがゆらゆらと揺れているのだ。


“ヒヒーン……ブルルブルル” 

 そして、どこからとなく聞こえてくる馬のいななき。


 「サンマ……?」

 イインチョが指さした先にいたのは、テカテカと身体を光らせる軽自動車大の……サンマの群れだった。


“ブロヒヒーン”

“ヒヒーン”

“ヒヒーン”

 サンマたちは道端でたむろし、その黄色いくちばしから何故か馬の嘶きを発しながら、塀や電柱から生えた海藻をんでいた。


 「へへっ、先手必勝!」

 「オイ馬鹿!」

 大きく振りかぶって投げられた野球ボールは、一匹だけ色の違うサンマの元へと一直線に向かっていく。


 だが……。

“ペッシィイイイン!!”

“ブロヒィッヒィイイイイン!!”

 鞭のような音が聞こえれば、サンマは大きく首を持ち上げ、激しい嘶きと共に跳躍した。

 その動きに釣られ、他のサンマたちも回避行動をとる。

 涼介が投げたボールは地面から生えていた海藻をえぐり、大きくバウンドするのだった。


 サンマたちはゆっくりとこちらを向き……


 「あぁあああああああああああああああ!!」

 突如聞こえる悲鳴。

 そちらを振り向けば、糸出さんが床に倒れていた。

 クマのぬいぐるみとミッツェルも、目の前で力なく地面に倒れる。

 

“パカラッパカラッパカラッ”

 聞こえてくるのは、複数の蹄のような音。

 今すぐ駆け付けたい気持ちをおさえ、前を向く。


 案の定というか、蹄のような音はサンマたちの口から発せられており、今まさに色違いを先頭に猛突進してくるところだった。


 「へへっ、俺に任せてちょーだいってね!食らえ!必殺ツイントルネード!」

 サンマへ一直線に向かっていく野球ボール。

“ペッシィイイイン!!”

 だが、鞭のような音と共に、サンマたちは進路を変えてそれを避ける。


 「あれ?もういっちょ」

 涼介は再びボールを放るも、軽く避けられる。


 「僕が!友思火フレンドリーファイア!!」

 樋本君の叫びと共に、サンマたちは燃え始めた。

 先頭の色違いはたまらず身体をよじらせ、コンクリート塀にぶつかり、その拍子にその背中からナニかを振り落とす。

 次の瞬間には、身体の色が他のサンマと同じになり、途端に統率を失ってそれぞれが勝手に動き始めた。

 その後も、周囲に芳ばしい香りが漂わせながら、ヨレヨレと宙をくサンマたち。


 すると、傍らの電柱から生えていたコンブがピクリと動く。

 次の瞬間、鞭のようにコンブが撓ったかと思えば、サンマの尾に触れ……。


 一瞬のうちに、サンマが消え去った。


 「……は?」

 その様子を呆然と見つめる一同。

 その後もコンブに触れられたサンマが次々と消えていく。


 「うっ、上だ!」

 その声に釣られて空を見れば、上空にプカプカと浮かんでいたのは、先程のサンマたち。

 だらりと力なく横向きに浮いている。


 そして、そのサンマたちは……。

 何十匹ものサンマにむらがられていた。

 

 ほぐし身がポロポロと地上へと降り注ぐ。


 よく見れば、空の上には相当数のサンマが泳いでいるではないか。

 

 「あっ……あれ」

 そして、またもや誰かが指さす方を見れば、そこには地面で藻掻くナニか。

 平べったいマンホール大の身体からは5本の長い鞭が出ており、それが地面をベシベシと叩いていた。

 位置的に、さっき先頭のサンマから落ちたのはアレなのだろう。

 


 「ミツアナクモヒトデだな」

 ポツリと呟くケイト。


 どうやら、あれはヒトデらしい。

 ヒトデは鞭で砂をかき集めては自身に振りまき、燃え移った火を消そうとしている。

 意外と知能が高いのかもしれない。

 さきほどのコンブがヒトデの方を向く。

 コンブが伸びたかと思えば、ヒトデが消える。


 どこか確信をもって、上を見上げれば……。


 ヒトデはサンマたちについばまれていた。


 ……。

 あー、つまり今回はそういうことなのだろう。


 「あの海藻に触れては……駄目……」

 女子に介抱され、よろよろと立ち上がる糸出さん。


 「一度触れれば最期……上空へ転移させられ……魚の餌にされるわ」

 そして、物々しくそう呟くのだった。


 「霧が立ち込めることも予想されるので、天体観測には絶好の環境といえるでしょう……か。そういうことかよ、くそったれが」

 メンバーの一人がそう吐き捨てた。



“ブロヒヒーン”

“ヒヒーン……ブルルルル”


 音がする方を見れば、再びサンマの群れ。

 さっきは気づかなかったが、一匹だけいる色違いのサンマの背中にはヒトデが2本の鞭を絡ませて張り付いていた。

 さらに、ヒトデは2本の鞭を伸ばしてコンブを千切り取る。

 そして、棒状に丸めて握り直せば……最後1本の鞭をサンマの尻めがけて振り下ろす!


“ペッシィイイイン!!”

“ブロヒィッヒィイイイイン!!”


 それを合図にこちらへ突進してくるサンマの群れ。



 「友思火!」

 再度燃えるサンマたち。


 だが、ヒトデは手に持ったコンブで、そっと燃えている部分を撫でれば……。

 次の瞬間には、火は消えていた。

 その方法で、どんどんと消化していく。


 「はぁ!?嘘だろ!!」

 「驚いている暇があれば腕を動かせ」

 そう叫びながら、崇は腕を振りかぶる。


 サンマたちはボールや矢を避けながら、どんどんと距離を詰めてくる。

 色違い以外は相変わらず燃えているのだが、先程までと違い、その足並みを崩すことはない。

 さらに、コンブの近くを通るたびに燃えていたサンマが消えるが、他のサンマがそれを気にする様子もない。


 「なら、もう一度!友……」

 減速する色違いと、2匹で大きく前に出て色違いを隠すように塞ぐサンマ。


 「友思火!」

 炎が立ち上ったのは、手前の二匹からだけだった。

 こいつ、樋本君の能力の仕様を学習した!?


 燃えながら地に沈むサンマを乗り越え、色違いは再度迫り来る。


 「だけど、もう手下はいない!これなら!友思……」


 その時だった。


 ヒトデが鞭を撓らせたかと思えば、握っていたコンブを投げてきたのだ!

 いつの間にか折り目を付けられていたコンブは、一直線へ樋本君の元へ向かう。


 「ひっ!」

 予想外の出来事に硬直する樋本君。

 「れん君!!」

 樋本君の前に躍り出る涼介。


 「うぐっ!!」

 「涼介!!」

 崇の悲痛な叫びも空しく、涼介は上空へ消え……なかった。


 「あれ!?」

 「莫迦者!ブラフだ!来るぞ!」

 こちらが上空へ気をとられていた一瞬の隙に、大きく距離を詰めてきた色違い。

 顔などあるはずもないのに、ヒトデが嘲笑ったように感じた。


 「うぉおおおおおおおおおお!!」

 いつの間にか前に躍り出ていたサスケが釣り竿を振りかぶる。

 だが、その進路上に置かれたコンブに当たった瞬間……。


 「あれぇっ!?」

 サスケの握っていた釣り竿は跡形もなく消えていた。

 そして、間髪入れずに振り下ろされる二本の鞭。


 「うわぁああああああああああ!!」

 「サスケェッ!!!」

 

 不自然なまでにゆっくりと流れる世界の中……。


 サスケと鞭の間に滑り込んだのは、二体の剣道の鎧。


 竹刀が一本の鞭をはじき返すが、やつにはまだアレがある。

 鞭の先端で握ったコンブが剣道の鎧に触れる、その瞬間……。


 剣道の鎧は宙に浮くのを止めた。


 コンブと鞭は、落下する剣道の鎧を弾き飛ばしながら、サスケへと向かう。

 だが、そのわずかに発生した、到達の遅れ。

 その一瞬の隙をついて、ミッツェルがサスケを引き摺って離脱した。


 それを追って、こちらへ突っ込んでくる色違い。


 だが、この時を待っていた。


 この距離は……俺の間合いだ。


 「イマジナリーイアイ

 矢筒を抜けば、本能で何かを察したのかコンブを盾として構えるヒトデ。

 だが、残念ながら狙いはそこではない。


“ヒッヒーン”

 悲鳴のような鳴き声と共に、地に沈むサンマ。

 当然、ヒトデも無様に地べたに転がる。


 それを確認する間もなく、今度は斜めに蓋を振り抜けば、ヒトデはコンブもろとも真っ二つになった。

 

 将を射らんとするものはまず馬を射よってね。

 ……いや、コンブが斬れるのなら先に将を狙っても同じだったな。

 結果論だけど。



 「うっへぇ、助かったあぁ。ありがとう、糸出さん」

 「イヒヒ……別にお礼を言われるほどのことじゃないわ」

 「糸出さん、サスケを助けてくれてありがとう!流石だね!」

 「イヒ……あぅ……どぅもでぇす」

 俯きながら、両手の親指と人差し指をこね合わせる糸出さん。


 「そうだ!涼介!無事か!?」

 「おっ……おぅ、ピンピンしてるぜ」

 「たくっ、あんま無茶すんなよな」

 「いやぁ、れん君がピンチだと思ったら、身体が自然と動いちゃったんだよね」

 「桑田君……ありがとう」

 「いいってことよ」

 「だからって身体張って盾になるなよ。その手に持ってるバットで受けるとか色々あったろ」

 「その手があったか!でも、何で無事だったんだ?」

 「そうだよぉ。おれの愛竿は消されたのによぉ」


 「能力を帯びていたかだろうな」

 落ちていたコンブを拾いながら、ケイトがそう呟く。


 「おい、それ!」

 「……やはりな」

 いつまでたっても、ケイトが消える気配はない。


 「大丈夫なのか?それに能力?」

 「あぁ、最初は熱に反応していると推察したが……糸出嬢のパペットにサスケの竿。どうやら、オレたちの能力を帯びている物を上空に転移させる効果があるようだ」

 

 「へぇ……つまり、自身を強化するような能力じゃなきゃ、触れても転移されない?」


 「おそらくはな。だが、だからといって、海藻の近くでは能力の発動は控えるべきだろう」

 「それもそうか」

 樋口君の炎を纏ったサンマやヒトデが転移していたのを思い出す。


 「そして、悪い知らせが3点ある」

 「悪い知らせ?」


 「あぁ。一つ目はヒトデが流星群だ。百々。」

 「うん。ヒトデさんのマーカーは今も増え続けてる。それで、サンマさんのマーカーへ近づいていってるの」

 「それって」

 「あぁ、放っておくと、あの色違いがどんどんと増えるってことだろうな」

 「それはマズイな」

 ヒトデはかなり頭が回るようだった。

 それだけでなく、周りのサンマへ命令し、統率する動きも見られた。

 そんなのが増えて連携でもしてきたら、大変なんてもんじゃないだろう。


 「そして、二点目は」

 ケイトは百々さんの方を見る。


 「ヒトデさんが出てくる場所なんだけどね、林くんに言われてマーカーしたら、ヒットしたの」

 「ヒットした……?」

 「うん、ウニさんがいるんだ」


 その言葉で騒めく周囲。

 思い出されるのは、いつぞやの爆撃。

 あの時はケイトの機転で何とか撃墜できたが……。


 「おい、ケイト。今回のマップにトンネルは……」

 「二姫山ふたひめやま方面へ西に伸びたマップだが、山の手前で途切れている」

 「じゃあ、どこかに長い筒は……」

 「無いな」

 「おいおい、どうすんだよ!」

 「……考えがないわけではないが、準備に時間がかかる」

 「くそっ、早く対処しないとヒトデが増え続けるってのに……」


 「それで三点目だが……」

 珍しく歯切れが悪いケイト。


 「どうしたんだよ?」

 「マップ上ではウニはわりと近くにいることになっているのだ」


 「え……何言ってんだよ?ウニ何てどこにも」

 言われて空を見上げるが、視界に映るのは青空を泳ぐサンマたちだけ。

 そこへヒトデが寄っていくも、直前で矢に射られて落下する。


 だが、早くも次のヒトデが雲の隙間から降り注ぎ、サンマへと近寄っていく。


 ……雲の隙間?


 よくよく目を凝らしてみれば、雲の向こう側に見えたのは、極々小さな黒い点。


 「なぁ……もしかしてだけどさ」

 「あぁ、あれがウニなのだろう。そして、ウニが前回と同程度のサイズなのだとすれば、高度3000mといったところか」


 ケイトの口から告げられた衝撃の事実。

 なるほど、高度3000mね。

 道理で雲の向こう側に見えるわけだ。


 納得納得……え?これどうすんの?



 「ここが……切り時……なんだろうな」

 ぽつりと発せられたその一言。

 小さな声だったのにも関わらず、周囲の視線が崇に集まる。


 「皆、聞いてくれ。俺、いや俺たちならあのウニを何とかできるかもしれない」

 更に崇はそう続ける。


 「まじかよ、山崎」

 「本当に!?」

 周りがにわかに活気づく中、崇が次に発したのは……


 「涼介、俺とキャッチボールをしよう」

 まるで、予想外の言葉だった。


 「えっ……今?おいタカ、フザケ」

 「ふざけてなんかないさ。あの時の……あの時の続きをするんだ」

 「何言って……」


 「言球遊戯CROSS lose fiend告解之牡羊バープアリエス】」

 崇がそう呟けば、左手を覆うように、黒い光を放つグローブが出現する。


 「俺の……いや、俺たちの能力ならそれが出来る」


 は……え?拡張能力?何で使えて?あれ?

 周囲の混乱を他所に本人は飄々とした顔で、いつの間にか出現した禍々しい雰囲気の黒い球をグローブの中で遊ばせている。


 そして、徐ろに口を開く。


 「さぁ、キャッチボールをしよう涼介。あの日……あの時の続きを。俺はお前に伝えなくちゃいけないことがたくさんあるんだ」


 静寂な世界に、グローブの中で黒い球を弾ませる音だけが響き渡るのだった。

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