3章

25 プロローグ③

 「私はあの日あの時、元生徒会長のとどろきあきら君に呼び出され、温室の近くでその……愛の告白を受けました。正直戸惑いました。恥ずかしながらあのように真っすぐに告白をされたのは初めてでしたから。でも私は教師で彼は生徒。応えられるわけがありません。私は断ろうとしました。それを察してか、彼はことさら真剣な表情で想いを伝えてきました。自分は本気だ。自分が大人になるまで待ってくれないかと。その後も熱烈にアプローチを続けました。そんな彼に、私は……私は……揺れてしまいました。そして、そんな真剣な彼へ答えを出すことなく、逃げて出してしまったのです。私は指導者として……教師として失格です」

 裏庭のベンチに腰掛け、ポツポツと語りだす三森先生。


 「教師失格だなんて、そんなことありません。三森先生はよくやってますよ」

 「いやぁ、でも実際あの生徒会長だったらなびいちゃうっしょ。どう考えても将来有望株だしさ。ほら、青田買いってやつ?」

 「轟は卒業すれば問題ないと思ったのかもしれないが、教師となれば世間や保護者の目というのもある。そう簡単な話でもないだろう」

 「それで……?御神石を割ったっていうのは?」


 「逃げる途中で轟君に腕を引っ張られたんです。驚いて振り返れば、彼はすがるような表情をしていました。そして、自分でもそんな方法をとったことに驚いたようで、咄嗟に手を離しました。しかし、力強く引っ張られて体勢を崩していた私は、急に手を離された結果バランスをとれずに……」


 「もしかして……」


 「はい、祠に倒れ掛かってしまったのです」

 今にも泣き出しそうな声色で三森先生はそう告げた。

 そして、途切れ途切れになりながらも続ける。


 「すると、ぶつかった拍子に祠の扉が開いて、中から箱が転がり落ちてきました」


 「箱は派手な音を立てて地面を転がりました」


 「慌てて拾って、箱の中を覗けば……お札が貼られた透明な球が割れていました」

 

 「私は頭が真っ白になってしまって……気づいたらあの日の海浜公園でした」

 

 「だから……だから、この異常事態は私が御神石を破壊したことによって引き起こされた三つ首クジラの祟りなんです!!生徒や笛吹先生を巻き込んでしまって私は……私は」

 三森先生はそう言い切ると、ついにポロポロと涙を零し始めてしまった。


 なるほど。

 嘘をついているというか、何かを隠していると思っていたが、こういうことだったのか。

 

 たしかに祠は温室の近くにあった。

 というよりも、祠の近くが空いていたからそこに温室を作ったのだ。

 温室から逃げた際に倒れ掛かったとしてもオカシな話ではない。


 だが、この話にはいくつか不可解な点がある。

 というよりも、明らかにオカシイのだ。



 「そもそも、なぜ扉が開いたのです?あの祠には過剰なまでに南京錠がついていたと記憶していますが」

 ケイトが疑問を呈するが、その通りなのだ。

 たしかに祠の前面は観音開きで開くようになっていた。

 しかし、その扉にはゴテゴテとした南京錠が3つもついていたはずだ。


 「……あれ?たしかにそうですね?何ででしょう?」

 「実は世界が止まった後、祠を確認しに行ったのですが……その時、祠の扉は開きっぱなしになっていて、南京錠も近くに落ちていました。ですが、南京錠は外部から力をかけられたのか、ねじ切られていたんです」

 「……えっ、そうなの?それは初耳だけど」

 「余計な心配をかけまいと黙っていたんだ……すまない」

 「あれ……?でも、前日にはちゃんとついてたと思います」

 ぼそりと樋本君が呟く。

 

 「本当か!樋本!」

 「ひっ……いや、うん。温室に行くとかで前を通る時は、お参りしてたから……間違いないと……思います」

 樋本君は周囲の視線が集まったことに一瞬萎縮するが、すぐにそう話し出した。

 というか、卒業前日まで花の世話しに行ってたのか。

 真面目というかなんというか……まぁ、暇だったのかな?それに家、結構近いもんね。


 「樋本、それは何時ぐらいの話だ?」

 「えっ……夕方の16時くらいだったと思う」

 「となれば、鍵は3月2日の夕方から3月3日の15時3分までの間に壊された?」

 「一体だれが何のためにそんなことを?だって転がり落ちてきたってことは、箱はまだ中にあったんだろ?てか、その箱は?」

 「たしかに……安置してあるはずの祠の中や、南京錠周辺にも落ちていませんでしたね」


 「あっ、思い出しました」

 握りこぶしを掌にポンと打ち付ける三森先生。

 周囲の視線が注がれる。


 「ショックで気が遠くなってしまって、思わず箱を落としかけたんです。それを轟君がキャッチすると同時に、倒れる私を……」

 そこまで言うと、かすかに頬を赤らめる三森先生。

 これはどうやら、アキラが箱を持ってるっぽいな。


 まぁ、それはともかく、この話で最もオカシイ点は他にある。

 それは……

 


 「もう一度よく思い出してほしいんですが、箱の中には何が入っていました?」

 「何って……御神石ですよ?お札が何枚も貼られた、透き通るようなきれいな透明な球で、妖しくも神々しい光がキラリと」

 「それ、御神石じゃないですよ?」


 「……へ?」

 急に間の抜けたような顔になる三森先生。


 「本物は黄色がかった灰色の石で、それになんか歪な形してたもん」


 「オイ……貴様は何故それを知っている?」

 「まぁ、入学してすぐの頃に……探索したからね」

 「……たしかにオレの記憶では入学してすぐの祠の扉には南京錠はかかってなかった。それがいつの間にかついており、次第に一つまた一つと増えていったと記憶しているが……」

 「……へへ」

 「呆れて物も言えんな」

 

 「いや、俺は一度だけよ?それに手を合わせただけだし。でもほら、何か本社から分け与えられた貴重な石らしくてさ、ご利益ありそうだってほかの皆にも伝えたら……ね?」

 「この学校は阿呆ばかりなのか……?」

 俺を含めた何人かが顔を逸らす。


 「いや、でも一応神社の跡取りから許可をとったから」

 「跡取り……がみか」

 

 「そっ、御子神君。別に見るくらいならいいんじゃない?って言ってた」

 「それはまた適当な……」

 こめかみに指を宛がうケイト。

 

 「でもさ、本人も言ってたけど、あんなに厳重に守らなくてもいいのにな」

 「あんな風に厳重に保管されてると、余計に見ちゃいたくなるよね」

 「それな」

 「貴重な御神石とは言え、結局はただの石なわけだしさ」


 「この場は阿呆の集まりなのか?」

 呆れたように告げるケイト。


 「なんだよ」

 「ただの石なわけあるか。先程本社から分け与えられたと言っていたが、この場合の本社とは三山神社のことだろう。であれば、それはりゅうぜんこうということなのだぞ?」

 「龍涎香……?何それ?」


 「マッコウクジラの胃の中に出来る結石だ」


 「うわっ、汚ねっ!普通に素手で触っちゃってたよ」


 「何が手を合わせただけだ!思い切り手に取っているではないではないか!」


 「……ははは、まぁまぁ。でも学術的に貴重ってことだろ?そんな」

 「金銭的にも高価なものだ。品質にもよるが……それこそ塊で見つければ億万長者になれるほどのな」

 「マジかよ!めっちゃ高級品じゃん!」

 「そうだと言っているだろう!だからこそ、厳重に管理すべきもので、南京錠もかけていない初期の管理体制などお粗末にもほどがある。本来貴様らのような阿呆が自由にその手垢塗れの汚い掌で触れることが出来るはずもない品なのだ」

 「あーくそ、もうちょっと早く知ってればな」

 「……知っていれば?」

 「……いや、何でもないです」


 「そもそも、そんなことを知れば安易に盗む輩も出てくるのは想像に難くなにない。であれば、本社から分け与えられたという情報は、本来秘匿されて然るべきはずなのだがな」

 「でも聞いたら普通に教えてくれたよ?」

 「本当にアヤツは……」


 「というか、なんだ?つまりあの日すでに御神石、龍涎香は盗まれていたってことか?」

 「状況を整理するに、そういうことだろうな」

 「3月2日の未明から3月3日にかけて、南京錠を壊して中の龍涎香を窃盗。そしてバレないようにか、代わりの水晶玉か何かを入れておいたと」


 「それはおかしいです」

 何やら考え事をしていた三森先生がそう呟く。


 「おかしい?」

 「だって、2年前私が見た時はすでにきれいな……あっ」

 しまったという表情で両手を口に当てる三森先生。


 「……」

 「……」


 「つまり、とうの昔に龍涎香は盗まれていた?」

 「ふむ……とんだ茶番劇だな」

 「外部の犯行か内部の犯行かはわからないけど、これではっきりしたことがあるね」

 「あぁ、そうだな」

 「はっきりしたこと?」

 頷く俺とマサ兄と、ピンとこない様子の三森先生。


 「あの日割れた御神石は偽物だったわけで……そんな物が割れたところで祟りがあるとは思えません。つまり、三森先生はこの異常事態の原因でも何でもありませんよ」


 「え……そんな……うそ」


 「それどころか水晶玉を割ったのも三森先生じゃない可能性だってあります。あの日何者かが南京錠を壊したのは事実なのですから」

 「むしろ腹いせに割った可能性高くない?」

 「話が違うじゃないかってね」


 「私が原因じゃ……なかった?でも……でも……」

 今だ信じられない様子の三森先生。


 「でも、だって……現に祠は無くなってるじゃないですか……きっと祠を傷つけられた三つ首クジラの祟りで……」

 「校舎消失ペナルティで消えただけですよ」


 「へ……そうなんですか?」


 「はい、頑丈な造りの祠ですし、三森先生が倒れ掛かったくらいじゃビクともしませんよ」

 「それに祠を傷つけてバチがあたるなら……ねぇ?」

 何人かのメンバーが苦笑を浮かべる。


 「どうしたんです?」

 「いや、ダメ元で……ね?」

 「一日で原形が無くなったよな」

 「……まさか」


 「能力使ってぶっ壊してみたんだけど、何もなかったんだ」

 「え……そんな罰当たりな」

 「やはり阿呆なのか?阿呆の集まりなのか?」


 「いや仕方ないじゃん。あの時は世界が開くとか知らなかったから、何か突破口が必要だったんだよ」

 「それはつまり三日ももたなかったということか!」

 「二日目の夕方だったね」

 「赤子でももう少し我慢を知っているぞ!?」

 「でも、ほら。祠を壊したから世界が開くようになった可能性も無きにしも非ず」

 「……いや、それは関係ないと思うが」



 「まぁ、そういうわけですから、三森先生のせいでは絶対ありませんよ」

 「そうそう、てか言ってくれればよかったのに」

 「そうですよ、水臭いじゃないですか」


 「そんな……私は皆さんをずっと騙していて」


 「騙して……あっ、そっか。美鈴ちゃんの能力考えなきゃ。てっきり生徒会長に告白されたからそういった方向の能力かと思ってたけど、これなら違うじゃんね」

 「たしかに……これは再検証が必要だな」

 「状況的に気絶する能力……?」

 「たしかによく気を失ってるけど。いや、それ何に使えるんだよ?」

 「じゃあ、ほかには」


 「はい、そこまで」

 マサ兄のよく通る声が響く。


 「今日はこれくらいにして、もう寝ましょう。明日に備えるよ」

 「……ふむ、確かに一理ある」

 「そうだね……てか、サスケとかもう寝てるし」

 「会話に参加してこないと思ったら……」

 「おい、行くぞ」

 「……ふぁあ~……あれぇ、ここは?」

 「立ちながら寝るとか佐々木も器用だな」

 「ねーてないよー」

 「嘘つけっ」

 「おーい、ジンたちも早く行くよー」

 「分かってる!ほら、行くぞ」

 こうして俺たちは寝床のある本棟へ向かうのだった。



 「じゃあおやすみなさい」

 「おやすみなさい……あれ?マサ兄は入らないの?」

 「途中まで三森先生を送っていくよ」

 「ふぁあ~……わかった。先寝てるよ?」

 「あぁ、おやすみ」

 「おやすみ~」



 「すいません……送ってもらっちゃって」

 「いえいえ。女子部屋まで行くわけにはいかないので、途中までですが」

 「ありがとうございます」


 「もしかして今日みたいなことを今までも?」

 「はい……何度か。あんなことをしても無駄なのは頭では分かっているのですが、居ても立ってもいられなくなってしまって」

 「失礼ですが、あまり夜中に出回らないほうがよいかと。狭い世界でいらぬ問題は起こしたくありませんので」

 「そうですね……今思えば軽率でした。今後は気を付けます。実際あんな時間でも出会い……あれ?そういえば、皆さんこそあんな時間に何をしていたんですか?」

 

 「作戦会議を少々」

 「あぁ、明日の……あっ、もう今日ですね」

 「……そんなところです」


 「笛吹先生はすごいですね。生徒に慕われて、それをまとめ上げて導いて……私なんて今でも頼りないから」

 「三森先生だって生徒にとても慕われてるではないですか。先生が来てから皆が明るくなりましたよ」

 「それはきっとお調子者の桑田君や優秀な林君のおかげで……」

 「いえ、先生は皆の精神的な支えになってますよ。特に女生徒たちは男の私には相談しづらいことだって多かったでしょうしね」

 

 「そう言ってもらえると心が少し軽くなります。でも……でもやっぱり、私は教師失格です。最初に全部本当のことを話せばよかったのに、自分の身可愛さに嘘をついた……私……責められるのが怖かったんです」

 「そんなの当たり前ですよ。結局のところ、誰だって自分の身が一番かわいいものです。それに皆、大なり小なり嘘をついたり、隠し事をしてるもんですよ」

 「そうでしょうか?」

 「はい。あ~……でもジンとかはガキですので、隠し事とかできなさそうですね。佐々木も嘘が物凄い下手だし」

 「ふふ……彼らがこんな異常事態の中で、今も普通に生活できているのは、きっと笛吹先生のおかげ。笛吹先生はやっぱりすごいです、理想の教師ですね!」

 「理想の教師……」

 「えぇ。あっ、ここまでで大丈夫です。送ってくださってありがとうございました」

 「今日もお互い生き残れるよう頑張りましょう。おやすみなさい」

 「はい、おやすみなさい」



……。



 「理想の教師……ね。笑えるな……本当に教師失格なのは俺だってのに」

 吐き捨てるように呟いたその一言は、どこまでも広がる奈落へと吸い込まれていった。

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