本気のおにやらい

大竹あやめ@電子書籍化進行中

本気のおにやらい

 人間界の風習に、節分という季節行事があるらしい、というのをニコは祖母の本で知った。

 だからどうしてもそれを真似てみたくて、必要なものを集めてみたけれど、一人じゃどう工夫してもできない。


 ここは魔界。悪魔が住まう世界でニコは魔王の孫。絶対的な力と権力を持つ彼には、友達がいなかった。だからニコは、これはもう彼に頼むしかない、と腐れ縁であるバーヤーンを呼び出し、協力を仰いだのだ。


「……という訳で、バーヤーンに鬼役をやってもらいたいのです」

「何がどういう訳で俺が鬼役なんだ」


 バーヤーンは顔を引き攣らせてこちらを睨んでいる。ニコはさっきも説明したでしょう、と祖母の本を広げて見せた。


「人間界には節分と言って、鬼を追い払う行事があるのです。追儺おにやらいという宮廷の行事が発祥らしいですね。殿上人てんじょうびとと呼ばれる身分の高い貴族が、桃の弓、葦の矢を持ち、鬼に扮した家来たちを追いかけて逃走させるんですよ」

「だからって、何で俺?」


 どうやらバーヤーンは、自分が鬼役なのが不服らしい。彼は腰に手を当てため息をついた。彼は長身で黒い角が二本生えている。髪はグレーブルーの長髪で、手足が長いバランスの取れた体躯をしていた。容姿端麗ではあるが、その角と時折見える牙が彼の獰猛さを倍増させており、ニコは思ったのだ。


 人間界の青鬼にピッタリだと。


「いいじゃいですか。ちょうど角もあることですし」

「この場合鬼に相応しいのはお前だと思うけどな?」

「いえ。僕は悪魔であって鬼ではありませんから」


 それに身分が高い方が家来を追いかけるなら、やはりバーヤーンはうってつけだとニコは説明する。観念したのかバーヤーンはふう、と息を吐き出すと、やればいいんだな、と呆れたように言った。


「ありがとうございます」


 ニコは礼を言うと、持っていた本を閉じて机に置いた。そして用意しておいた桃の弓と葦の矢を早速構える。弓はあまり扱ったことはないけれど、……何とかなるだろう。


 ニコは弓を構えたまま、バーヤーンに矢を向ける。彼は両手をポケットに突っ込んだまま、片足に体重をかけて立っていて、じっとニコを見据えていた。


(怠そうに見せかけて、隙を見せませんね)


 ニコは彼の髪と同じ、グレーブルーの瞳を見つめる。バーヤーンは一見身体の力を抜いているように見えるけれど、それはいつでも瞬発的に、どのようにも動けるようにしているからだ。


 しばらく見つめあったあと、ニコはフッと息を吐くと同時に矢を放つ。するとバーヤーンの後ろの窓ガラスが派手な音を立てて割れた。


(さすが。避けましたか)


 そこそこ近い距離で矢を放ったにも関わらず、バーヤーンは一歩、足を動かしただけで躱す。さすが、戦闘が得意なだけあって、すぐには仕留めさせてくれない。


「逃げればいいんだな?」

「ええ」


 バーヤーンはそう言うと、ニコの返事を聞いて今しがた割れた窓ガラスから飛び出す。ちなみにここは六階だ。ニコもそこから飛び降りると、着地した時にはもう、バーヤーンの姿は見えなかった。


 そしてはた、とニコは気付く。


 この行事はどうなったら終わりなのだろう、と。


(まあいいや。仕留めればいいのでしょう)


 そう思ってバーヤーンを探すべく、走り出した。



 本気の追儺おにやらいの、開始だ。



 [完]

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