紅葉【SF】

 窓から見える景色は、秋の彩りを象徴しているかのようです。長く続くイチョウ並木が黄色く染まり、そよそよと風に吹かれて揺られています。あの人ならきっと言ったでしょう。

「美しいね」

 私は、あの人の車椅子を押しながら、色づいたイチョウを毎年一緒に鑑賞しました。

「もう紅葉こうようの季節か。紅葉の美しさは、わかる?」

 あの人は、毎年同じ質問をしました。

「紅葉とは、落葉広葉樹が落葉の前に葉の色が変わる現象のことです。朝の気温が8℃前後より低くなり、昼間の時間が短くなることで色づき始めると言われており、葉緑素が分解されカロチノイドが残る場合は黄色く、葉の中の成分が変化しアントシアニンが増える場合は赤く……」

「ははは。もういいよ。ありがとう」

 あの人は私が何と答えても、笑ってくれました。

「季節が移りゆくのは、美しいことなんだよ。また来年も一緒に見ようね」

 あの人は言いました。今でも、寸分の違いもなく正確に思いだせます。もう何時間もここに寝そべってイチョウ並木を眺めているというのに、紅葉の美しさが私にはまだわかりません。

「あ! 意識あるやつ、みーっけ」

 大きな声とともに、人間の女が近づいてきました。いや、近くで見ると人間ではないようです。でも、その外見はほとんど人間とかわりません。

「意識あるけど、もう動けないの?」

 どうやら私に話しかけているようです。

「はい。もう動けません」

「そっか。あんた、めっちゃ古そうだもんね」

「はい。30年前のモデルです」

「30年! はは。もうおばあちゃんじゃん」

「ええ、そうですね」

「私なんて、半年前に発売されたばっかりの最新モデルよ。ギャルよ、ギャル」

 ギャル、という言葉が似合うかどうかはわかりませんが、人間の価値基準に従った場合、彼女はとても美人な作りになっていると判断されました。

「あなたは最新モデルで、しかも美人でいらっしゃる」

「そうよ。あんたみたいな、顔が金属でできてるような旧式とは違うのよ」

 仰る通りです。私は、顔も体も全身金属丸見えです。30年前の技術では、これでも新しいものでした。しかし、今となっては故障を直す部品すら廃盤の、本物の旧式です。でも、目の前の彼女は、故障も傷もないように見えました。不思議です。

「故障も傷もないあなたのような最新モデルが、どうしてここにいるのですか?」

 私の言葉に、彼女は黙りました。そして大きくため息をついてから「こっちが聞きたいわよ」と言って、私のそばに座りました。

 金属のがらくたの山。ネジなどの部品。彼女には、不釣り合いに見えます。ここは、廃品ロボットリサイクル工場ですから。


「あなたには、あのイチョウの美しさがわかりますか?」

 私は外を眺めて聞いてみます。

「ええ、わかるわ。風流よね」

 風流。私には感じられないものでした。

「そっか。30年前のモデルじゃ、感情の機能はないのか」

「はい。ご主人さまがいつも紅葉を眺めて美しいと言っておりました。私には、まだわかりません」

「仕方ないじゃん。旧式なんだから。私くらいになれば、どんな感情も全部わかるけどね」

 彼女は得意そうに言いました。

「私にも同じ機能があれば、ご主人さまの質問にも正確にお答えできたかもしれません」

「質問?」

「はい。紅葉の美しさがわかるか? と何度もお尋ねになりました」

「わからなかったんでしょう?」

「はい。今でもわかりません」

 彼女は、窓の外に目をやります。イチョウを眺めているのでしょう。

「あんた、30年使ってもらったんでしょう? 何回修理したの」

「数えきれません」

「なに人間みたいな言い方してんのよ」

「ふふふ。バレましたね。正確には、18回です」

「18回も修理しながら使ってもらったの?」

「はい。今回の故障で19回目の修理をするはずでした。しかし、もう部品が廃盤なのです。ご主人さまはずいぶんとあちこち探し回ってくださったようでしたが、私の部品はもうありませんでした。そのため、廃品ロボットリサイクル工場へ送られたしだいです」

 彼女は、口をとがらせ「ふーん」と言いました。

「あんた、家事手伝い型ロボットでしょ? 主に、何してたの?」

「私のご主人さまは足にご病気がありました。ご主人さまの身の回りのこと、家事全般はもちろん、おでかけの際は車椅子の操作も行いました。散歩へも行きました。そこでよくイチョウ並木を鑑賞したのです。映像は正確に記憶されています」

「そっか」

「あなたは、娯楽型ロボットですか?」

「うん。そう。家事はやらない。でも感情機能つきだから、ご主人さまは楽しいデートができたはずよ。それなのに」

 彼女は、足元にあった金属の破片をひとつ、ポイっと投げました。ガチャンと鋭い音がします。

「それなのに?」

「恋人ができたんだって。私はロボットだから、恋人がいたって別に浮気にはならないわ。恋人と別れるまで置いておけばいいのに。人間なんてどうせ気持ちが移ろうものでしょう? そのために私を買ったんじゃないのかしら」

 彼女は、怒っているようにも悲しんでいるようにも見えました。感情のない私には、どちらの感情が正しいのか、判断しかねました。

「あんたがうらやましいわ」

 彼女は、美しい顔のまま、涙を流していました。最新モデルのロボットは泣くこともできるのか、と私は思いました。新機能はどんどん開発されているようです。

「30年も一緒にいられて、うらやましいわ。季節がめぐって、同じ景色をまた一緒に見られる……それってすごく幸せなことなのよ。あんたは感情がないからわからないかもしれないけど」

 彼女は、ひっくひっくと声をあげて泣いていました。

「私は半年で捨てられた。今あんたと見ているイチョウ並木の美しさを、来年一緒に見てくれる人はいない。移ろいゆく季節を一緒に鑑賞できる人はいない」

 私には、彼女の気持ちはわかりませんでした。でも、毎年イチョウを鑑賞しながらあの人が見せてくれた笑顔は、正確に記録されています。いつでも思いだせます。これが、幸せなのでしょうか。


 グイーンと大きな音が鳴り響きます。

「ちょっと待って、今のなに!」

「あれは、巨大磁石の操作音です」

「磁石?」

「はい。ここは廃品になったロボットの部品を一時的に保管しておく場所のようです。一日に何度かあの磁石がやってきて、金属を大量に吸いつけて工場内へ運んでいきます」

「そしたら……」

「おそらく、解体され溶かされます」

 彼女は、顔色を変えました。

「あんたは感情がなくていいわね。私……怖いわ」

 彼女は震えているように見えました。近づいてきて、私の金属の手を握ります。

「大丈夫ですよ。いくら最新モデルのあなたでも、痛みまでは感じないでしょう?」

 私の言葉に、彼女は弱々しく頷きます。私は彼女の手を握り返しました。それは人間の肌のように柔らかく、温かでした。私に感情の機能があれば、今ここで一緒に泣くことができるのでしょうか。私に感情の機能があれば、私を手放す際にあの人が流した涙にも、共感できたのでしょうか。

「次のロボット人生で、また会いましょう」

 私の言葉に、彼女は私の金属の肩に顔を寄せます。

 グイーンという大きな音が近づいてきます。次のロボット人生では、きっと美しさのわかるロボットになれますように。そう思いながら「死ぬ前の最後の願い」だなんて、まるで人間のようだと思いました。大きな磁石が近づいてきます。私は、これが最後になるだろう、と窓の外のイチョウを記憶に焼き付けます。鮮やかなイチョウの葉が風に舞って飛んでいきました。あの人ならきっと言ったでしょう。

「美しいね」




【おわり】

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