第7話

「今野君、お役に立てなくてごめんなさいね。気を落とさないで。きっと何か事情があるのよ。でなければ、こんなに優しい今野君を置いて行くはずはないわ。

お兄ちゃまも有難う。なにか噂でもいいから、聞いたら教えてね」

 2人は車で東京に帰っていった。


 翌日の昼下がりまたインターホンが鳴った。麗歌だった。

フキがドアを開けると麗歌は猛然と怒りながら入ってきた。


「子供の頃から住んだ家だから隅々まで知っているわよ。飾り棚の奥のお部屋もね。訳ありかと思ったから案内しなかったけど、居るんでしょ。誰か。」


 飾り棚を開くと隠し部屋になっていて、階段下から申し訳なさそうに頭を下げたシャミが出てきた。

「この方はどなた?」


 楡屋敷には様々な仕掛けがある。飾り棚は開くと階段になっていて、下の部屋に繋がっている。戦前は使用人の部屋として使われていたものだ。


「神音さんには全く関係なく、私が無理に願いしたんです。」

「あなたは今野君の奥さんなの?あんなに良いご主人なのに?

それになんでうちにいるの」


「暴力を振るうそうですよ」

フキが口を挟んだ。


「そんなことないわ。長野の小学校の頃から知っているけど、とても優しい人よ」


「昔は優しい人でした。信じてもらいないかもしれませんが・・・あの人は精神的に病んでしまったんです。私はお花や木が好きで花屋さんに勤めていました。その頃、知り合って結婚したのです。後で知ったのですが、彼は東京本店に勤務している優秀な行員で、副頭取のお嬢さんと結婚の話が決っていたそうです。でもそのお嬢さんが別の同僚と結婚してしまい、彼は左遷させられたそうなのです。私は支店に出入りしている花屋に勤めていました。最初は優しくて幸せでした。でもだんだん私や子供に暴力をふるうようになったんです。それで子供はオーストラリアの寄宿制の学校に留学させて危害が及ばないようにしたけれど、でも一人になると、どんどん酷くなって」

 シャミが語った。

「信じられないわ、そんな話。それに、だとしても何故あなたが兄のうちにいるの?」

「麗歌様、シャミさんは私の仕事の手伝いをしてくれてるんです。とても助かってますよ。」

「もしも、牧野君がそんな恐ろしい人だったとしたら、お兄ちゃままで危険じゃない。昨日も何か察したから、私にここまで連れて来てって言ったんじゃないかしら。そんな危ないことにお兄ちゃまを引き込まないでよ。関係ないのなら出てって。」

 シャミは深く頭を下げると言った。

「すみません、このままでは神音さんに迷惑をかけてしまうかもしれないので、明日には出ていきます。」






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