第35話

「美優、それじゃあ、また学校でね」

「は、はい! 愛さんと勉強できて、とても楽しかったです!」

「私もよ。また今度機会があれば、一緒に勉強しましょう」

「い、いいんですか?」

「ええ、もちろんよ」


 そう、2人は別れを惜しんでいた。

 血走ってしまうほど美味しいハヤシライスをご馳走になり、週末の勉強のプランを土屋さんと一緒に考えたのち、俺たちは土屋さんの家からお暇することにした。


「森本くんはまた明日ね」

「ああ、よろしく頼む」

「明日は9時くらいに、集合でいいかしら?」

「分かった。それじゃあ、また明日」

「ええ、帰り道には気をつけるのよ」


 3回目の勉強会以降、土屋さんは玄関までの見送りとなっていた。

 土屋さんにどういう心境の変化があったのかは知らないが、土屋さんの家と最寄りの駅の間を2往復しなくて良くなったのは、俺にとって喜ばしいことだった。


 しかし、明日は土屋さんと2人きりで勉強会か。

 勉強するという目的があるとはいえ、今から少し緊張してきてしまうな。



 そんな土屋さんに見送られ、俺と松本さんは街頭で照らされた夜道を歩き始めた。こうやって松本さんと一緒に帰るのも、これで最後になるのか。


 少し寂しい気持ちを心のどこかで抱きながら歩いていると、おもむろに松本さんが話しかけてきた。


「も、森本くん、本当にありがとうございました」

「……俺、なにかお礼を言われるようなことしたっけ?」

「わ、わたしを、勉強会の輪に入れてくれたじゃないですか。わたしは不登校で得体がしれなかったはずなのに、そんなわたしを快く迎え入れてくれて。きっとこの勉強会の輪に入れてもらえなかったら、今頃、学校を辞めようか悩んでいたかもしれません」

「そんな大袈裟な……」

「いいえ、決して大袈裟じゃないんです。ほ、本当に悩んでいたことだったんです。だから、ありがとうございました」


 そう松本さんは、俺に感謝を伝えてくれた。

 人に感謝を伝えられる機会などあまりなかったし、なんだか少し照れくさかった。


「まあ、勉強を教えていたのは土屋さんだけどな……」

「それでもです。2人の微妙な距離感を知っていながら、厚かましい真似をしてしまったこと、本当は申し訳なく思ってたんです。でも自分の事情を考えると、背に腹は変えられなくて。結局、2人の間に、おこがましくもお邪魔しちゃって。だから明日は2人きりで思う存分、イチャイチャして過ごしてください!」

「いや明日も今まで通り、普通に勉強するだけだから。イチャイチャなんてしないから。……っていうか、もしかして明日用事があるっていうのは……」

「う、嘘とか、気を使ったとかではないです。明日は本当にちょっと、用事があって行けないだけです。それに愛さんのお誘いを、予定もないのに断るなんて言語道断、ありえません! 死んでも行きます!」

「この2週間で、土屋さんに相当懐いたよな松本さん……」


 松本さんは、土屋さんをまるで神のように敬うまでになってしまっていた。

 なんか似たような人間をもう1人、俺は知っている気がするな。


 しかし、松本さんと2人きりで話ができる機会など、これからそうそうないかもしれない。この機会に、俺は松本さんへ伝えておきたいことがあった。


「土屋さんも言っていたけど、俺も松本さんには、学校に毎日来るようにしてほしいな」

「ど、どうしてです?」

「この2週間、松本さんと過ごして、純粋にそう思ったんだ。成績不良の問題児である俺が心配するのもアレだけど、出席日数とか大丈夫なのかなって思うし。それに、何回も俺たちは勉強会を共にした仲だろ? だから俺たちってもう……と、友達だろ?」

「なんで照れてるんです?」

「し、仕方ないだろ! こういうのは久しぶりなんだ!」

「ふふふ、そうですね! わ、わたしたちはもう友達です!」


 高校に入学してからあまり友達ができず、こういった雰囲気になるのは久しぶりだった。

 土屋さんとはそういう感じじゃなかったし、なつみは友達というより理不尽な上司って感じだったし。


「だから友達として、松本さんのことを心配しているんだ!」

「……そこまで心配してもらえるなんて、嬉しいです。お2人の期待に答えられるよう、ちゃんと毎日学校に行くのを頑張ります!」

「ああ、くれぐれも無理はするなよ」

「はい! あと、今回のお礼の件も含めて、もし森本くんが何か困っていることがあれば、わたしに相談してください! ち、力になれることは少ないかもしれないですが、それでもなんとかお力になれるように頑張りますので! 私たち、もう友達ですからね!」

「あ、ありがとう」

 

 友達、という単語にお互いに恥ずかしさを覚えながら、そんなやりとりを交わした。

 小学生か、俺たちは。



 ——それにしても、困っていることか。

 ここは駄目元で1つ、松本さんに聞いてみようか。


「早速なんだけど、実は俺、委員会みたいなものに入っててさ。学校紹介のPVを作る仕事を押し付け……じゃなくて、任されたんだ。だけど、ぜんぜん動画の編集の知識と経験がなくてな。どうしようかと困ってる最中なんだけど、松本さんって動画編集の知識とか経験とかって、あったり……しないよな?」

「それならわたしに任せてください! 動画編集はわたしの得意分野といっても過言じゃありませんから!」

「そうだよな、変なこと聞いてごめ…………って、え?」



 その松本さんの予想外の返事に、俺は思わず驚きの声をあげてしまった。

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