森本 司の定期テスト

第34話

 それから、2週間弱が経過した。


 今日は金曜日で土日を挟んで月曜日になれば、いよいよ初の定期テストを迎えることになり、ますます教室の雰囲気はピリついたものになっていた。


 この2週間弱、俺はたんまりと勉強をした。

 高校入試の受験期ほどとは言わないけれど、それに負けず劣らずの勉強時間を確保していたと思う。


 それでも、勉強内容の理解度や習熟度は、その時を遥かに凌駕する出来だった。それは効率のいい勉強の仕方を、土屋さんが教えてくれたからだ。


 この調子なら、テストではまずまずの点数が取れるんじゃないか、という予感がこんな俺にも湧いてきていた。

 あれもこれも、土屋さんのおかげである。



 だから今、俺の頭を悩ませているのは、なつみからの頼み事の方で。

 2週間前、なつみは俺に『学校のPVを作りなさい』と言った。


 期限は1ヶ月と指定され、かなり猶予があるように思えたが、もちろんPV作成に取り掛かれるのはテストが終わってからである。

 だから、実質的な期限は1週間ほどで。


 PVを作るための素材は、もう既に渡されていた。

 だから俺に求められた仕事は、それらを繋ぎ合わせ字幕や音楽を適宜挿入して、いい感じに動画を仕上げることだった。


 俺は動画編集などをやったことがないし、特に編集の知識もない。

 そう何度もなつみに訴えかけたのだが、なつみは俺に「やりなさい」と言うばかりで、聞く耳を持ってくれなかった。


 作ったPVは学校のホームページに載せるとのことだったし、生半可なクオリティのものでは許されないだろう。

 まったくなつみはいつも、厄介事しか持って来ないなあ。


 まあ、ともかく今は、目の前の定期テストに向けて頑張るのみだ。

 他のことにうつつを抜かしていられるほど、俺も余裕があるわけじゃないからな。




「美優、あなたすごいわ! 2週間でここまで成長するなんて!」

「あ、ありがとうございます! あれもこれも愛さんのおかげです!」

「いいえ、そんなことはないわ。美優がこの2週間頑張ったから、この結果をえられているのよ。自信を持っていいわ」

「あ、愛さんにそう言っていただけるなんて……光栄です!」


 そして、放課後に土屋さんの家で行われている勉強会。

 テスト3日前の今日で、勉強会は5回目となった。


 勉強会の回数を重ねるごとに俺と松本さんの学力は成長していて、特に松本さんの実力の伸ばし方には凄まじいものがあり、土屋さんは絶賛していた。


  同時に松本さんと土屋さんの仲も深まっていたようで、いつの間にか2人はファーストネームで呼び合うほどの仲になっていた。


「これだけの成果を出してくれるなんて、教え甲斐があるってものだわ」

「え、えへへ」

「これだけ勉強をしたのだから、きっとテストではいい点数が取れるはずだわ。あとは学校に来てくれれば、美優は完璧なのだけれど。今週、今日をふくめて、あなた何回学校に来たかしら?」

「2.5回です」

「学校に来る回数って小数点になるものだっけ!?」


 俺は思わず、2人の会話にそうツッコミを入れてしまった。

 よくよく話を聞いてみれば、どうやら0.5回と計算したのは、遅刻して登校してきた日のことを計算しているようだった。


「まあ、途中から来ただけでも偉いわ。出席日数のことも気にしなくちゃいけないだろうし、とにかく学校にくる癖をつけることから始めるのよ」

「はい!」


 土屋さんからのアドバイスに、松本さんはそう元気のいい返事をしていた。

 すっかり松本さんは、土屋さんの弟子のようだった。



 それからいつものように勉強会を開始した。

 5回目ともなれば、それぞれが自分のやるべきことを理解し、それぞれが集中して勉強に取り組むことができていた。


 分からない問題にあたれば、すぐに土屋さんが分かりやすく解説してくれたし、それは非常に有意義な会となっていた。



 だからこそ、あっという間に3時間は経過した。

 この2週間のおかげで俺にも、集中して勉強に取り組む体力と集中力が少しはついてくれたようだった。


「今日はここまでにしておきましょうか。今日の夜ご飯は、ハヤシライスよ」

「す、すいません! いつもご馳走になってしまって」

「いいのよ。私がしたくしてしていることなんだから」

「あ、あの。野暮な質問かもしれないんですけど、ご両親とか大丈夫なんですか?」

「気にすることはないわ。いつも帰ってくるのが遅いのよ。それにちゃんと夜ご飯は別に用意しておいてあるから」

「流石は愛さんです! ご両親の分まで夕ご飯を作られているなんて!」

「そんな褒められることじゃないわ。まだまだ頼りきりな部分が多いから」


 土屋さんのご両親のことは、俺も気になっていたことだった。

 ここ数週間で5回もお宅にお邪魔していたし、1度くらいは挨拶をした方がいいんじゃないかと思っていたのだが、1度も遭遇することはなかった。


「そういえば明日、最後の勉強会を開催しようと思うのだけれど、2人とも予定は大丈夫かしら?」


 そんな土屋さんの問いかけに、特に予定のなかった俺は大丈夫だと返答したのだが、隣の松本さんは顔を曇らせていた。


「す、すいません! 明日はちょっと用事があって……」

「いいのよ。その代わり、しっかりと勉強するのよ」

「はい! ってことは、今日がわたしが参加する最後の勉強会ってことになりますよね。本当に、愛さんにはお世話になりました。面識もなにもなかったわたしにここまでよくしていただいて、本当に感謝しかないです。いつかこのご恩は、必ず返します! 定期テストも頑張っていい点を取ります!」

「ええ、期待しているわ」


 松本さんが用事で来られないのなら、明日の勉強会は中止になると俺は予想していたのだが、どうやら土屋さんは明日の勉強会を中止にするつもりはないようで。


 ——ということはつまり、明日は2人きりで勉強会をするということで。

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