第27話

「aiさん、お疲れー。今日もよろー」

「TSUKAくんも、よろー。体育祭、お疲れさまー」


 あれから体育祭は何事もなく、進行し終了した。


 最後の徒競走の土屋さんの走りは圧巻であったし、うちのクラスは土屋さんの活躍もあって、なんと体育祭総合優勝を成し遂げていた。


 そのままの盛り上がりでクラスのみんなは打ち上げに行ったようだったが、俺は参加はしなかった。


 決して、俺は打ち上げに誘われなかったのではない、参加を遠慮したのだ。

 ここはテストに出る、ひっかけ問題としてな。


 と言うのも、借り物競走で土屋さんと一緒に走った俺は、クラスでの認知度が少し上がり、打ち上げに誘われるまでになっていたのだ。

 

 ではなぜ打ち上げの参加を遠慮したのかと言われれば、それは心身ともに疲れていたからだ。


 借り物競走の時の全力疾走を超えた走りに俺の体は悲鳴をあげていたし、土屋さんの告白やなつみによる親衛隊の任命に、俺の心は揺さぶられすぎた。


 それは明らかに、俺の許容範囲をオーバーしていたのだ。



 家へ帰ってすぐに仮眠をとった俺は夜の11時過ぎに目を覚まし、aiさんからゲーム通話のお誘いが来ていることに気がついた。


 そのままそれに了承し、いまゲーム通話を始めたといった具合だ。



「そういえば約束通り、借り物競走見てきたよ」


 aiさんと借り物競走を見てくると約束した俺は、今日俺が見た限りの借り物競走のことをaiさんに話した。

 

 特に『好きな人』というお題を引いて女子生徒を借り物として指名した男子生徒の話を、少し盛りながら話したのだが……。


「あなるあなる」

「あれだけ借り物競走を見てきて欲しい、って俺にお願いしてきてたのに、aiさん全然興味なさげじゃん」

「うん」

「あっさり認めちゃったよ、この人!?」


 なにかをかけてゲームをやりたかっただけで、別にかけるものは何でも良かったのかなあ、と推測してみたり。

 まだまだ底知れないaiさんの生体だった。


 ちなみにあなるというのは、『あー、なるほどね』の略で、別に肛門のことを連呼しているわけではないそうだ。

 せめて略すなら『あーね』とかにして欲しいところだ。


「じゃあ今日もゲームやっていこっか!」

「aiさん、ごめん。ちょっとゲームやる前に相談があるんだけど、聞いてもらってもいいかな」

「ん? 別にいいけど?」


 俺は今、少し悩んでいることがあった。


 それを誰かに相談したかったのだが、今の俺にaiさん以外にそのことを相談できる人などおらず、結果的にaiさんを頼ることにした。


「それで、どうしたって言うの?」

「今日、例の右隣の席の美少女に告白されたんだ」

「ふ、ふうん」

「……あれ? あんまり驚かないんだ?」

「ま、まあね。TSUKAくんが魅力的な人だってことは、私が1番分かってるからね。当然の結果じゃないかしら?」

「そりゃどうも」


 もっといいリアクションをaiさんはとってくれると思ったが、意外にも俺の報告を冷静に受け止めたようだった。



 仮眠をとって整理された頭で、俺は改めて考え直した。

 土屋さんからの告白に、これから自分がどう応えていくべきなのかを。


 自分なりにたくさん考えて、自分がどう思っているかを整理した。


 それでもやっぱり、俺には恋愛の経験値が圧倒的に足りてなくて。

 そこで、誰かの意見を聞いてみたくて。


「嬉しかったんだ。初めて女の子から告白されて、初めて自分が他人に肯定された気分になったんだ。しかも相手は高嶺の花の美少女で、本気で俺のことを好きでいてくれてるみたいで……って、なんかごめん。自慢話みたいになっちゃって」

「ううん、続きを聞かせて」


 aiさんは優しい声で、そう相槌を打ってくれた。

 今日はこのまま、aiさんの優しさに甘えてしまおうと思う。


「本当に俺にはもったいないくらいの綺麗な子で、今日の体育祭だって彼女は本当に輝いていて、みんなの注目の的だった。体育祭のMVPは誰だってアンケートを全校生徒に求めたら、全校生徒の8割くらいは彼女に票を入れるんじゃないかな。それくらい校内のみんなが彼女に見惚れていたし、俺も正直、その1人だった」

「……えへへへ」

「ちょっとaiさん、ちゃんと俺の話聞いてる?」

「今日はちゃんと聞いてるよ! もっとその子のことを褒めなさい!」

「なんでだよ……」


 こないだまでは俺に彼女ができることに対して否定的だったのに、今日のaiさんはえらく上機嫌だった。

 まあ、今日はちゃんと俺の話を聞いてくれているみたいだし、このまま相談を続けてしまおう。


「だからこそ、冴えない俺なんかが、そんな彼女の隣にいていいのかなって思っ——」

「いいんだよ」

「まだ俺は最後まで言ってないんだが!?」

「TSUKAくんがくだらないことを言おうとするからでしょ」


 aiさんは俺の悩みに対して、キッパリとそう言い放った。


「いいこと、TSUKAくん。好きと告白されたからには、堂々としてなさい。その彼女が好きになったのは、紛れもなくあなたなんだから。この何億人もの人類がいる中で、あなた1人を選び抜いたのよ。キミが気がついていないだけで、キミの魅力はたくさんある」

「そ、そうかな」

「ええ、そうよ。それにね、まわりの目や評価なんて気にすることはない。キミに告白した彼女は、そんな周りの目や評価なんて気にしていなかったはずよ。純粋にキミを見て、キミを知って、キミのことを好きになった。だからまずは、彼女のことを見てあげて。そして彼女のことを知ってあげて。まずはそれからなんじゃない? ……だから、そんなこと言わないで」


 そんなaiさんの言葉は、俺の心の中にすうっと染み込んだ。


 俺は自分を冴えないやつと定義することで、楽になろうとしていた。

 彼女と自分は釣り合わないと考えて、彼女から逃げ出そうとしていた。


 まだ俺は彼女のことを、なにも知らないというのに。

 彼女の本気の告白に、なにも答えられていないというのに。


 それはあまりにも、ひどい話だった。


「さすがaiさんだな……。aiさんに相談して良かったよ」

「そう? またなにかあったら、私に相談するといいわ」

「ぜひそうさせて貰うよ」

「ちなみに性の悩みも受け付けているわ」

「それは自分でなんとかするから……」


 aiさんの言葉で、弱気になりかけていた俺は持ち直した。

 来週から始まる土屋さんとの勉強会に向けて、俺は1つ気持ちを作り直すことができた。

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