第8話

「あたしには、高校3年間を土屋様に捧げる覚悟がある」



 その石田さんの言葉に、ただならぬ覚悟が込められているのが、単細胞の俺でもよく分かった。


 石田さんは、本気だ。

 本気で土屋さんに青春を捧げる覚悟でいる。


 その覚悟さえあれば、きっとファンクラブも3年間安泰だろう。

 そう思えてしまうほどに、石田さんの気迫は凄まじかった。


「一体どうしてそこまで土屋さんのことを……」

「それをあんたに話す義理はない」


 そうだろうな。

 まだまだ石田さんとの関係値が低い俺に、そんな大事なことを話してくれるわけがないだろう。


 それでも、気になってしまったのだ。

 どうして土屋さんのために、そこまでできるのか。


 そこにはのっぴきならない事情があるに違いない。


「そして、土屋さんを護るため、土屋さんと隣の席のあんたにこうやって幹部になってくれって頼み事をしているわけ」

「そこに話が戻ってくるわけか……」

「土屋様の隣の席っていうのは二つしかないの」

「当たり前だな」

「しかも今、土屋様はクラスで一番後ろの席でしょう? 授業中、誰が土屋さんの異変に気づいてあげられるの?」

「先生とかじゃないか?」

「一応、先生の中にもファンクラブ会員はいるけれど、全員が土屋様のファンクラブ会員ってわけじゃない。土屋様のすぐ近くで、見守ってあげられる存在が必要なのよ」

「ちょっと待て、今さらっととんでもないこと言わなかったか?」


 先生の中にもファンクラブ会員がいるって……。


 生徒のファンクラブに所属するって……それって意外とグレーゾーンすれっすれのことをしていないか?


 ……もしかして、その先生が先生という立場を使って、色々とファンクラブの活動を支援していたりしてな。


「そうね。ここは元々、文芸部の部室だったのだけれど、今年、最後の文芸部員が卒業してしまってね。それでこの教室を放課後に使う許可を出してくれたわ」

「マジかよ……っていうか、当然のように人の心を読むな」

「ミドリムシの言いそうなことは、考えなくても分かるわ」

「ミドリムシが言葉を喋るか!」

「ツッコむべき場所はそこじゃないでしょう」


 その通りだ。


 なんだか石田さんと話していると、自分がミドリムシなんじゃないかと錯覚してきてしまえた。


「残念ながら、土屋さんの右隣の生徒は、野球部に所属しているそうでね。あなたは知らないかもしれないけれど、うちの学校の野球部って忙しなく活動しているじゃない? だから幹部に任命しても、期待したパフォーマンスを発揮できないと考えてね。その点、左隣のあんたなら、暇そうだったし。それにほら、あんまり優秀な幹部を持つと会長のあたしも肩身が狭くなるし、あんたくらいのポンコツがちょうどいいのよ」

「……ポ、ポンコツ」


 たしかに俺は暇そうに見えるかもしれないが、こう見えて放課後にはオンラインゲーム仲間とゲームをしなければいけないという、責務がある。


 それは今の俺にとって、最も優先したいことである。

 申し訳ないが、幹部になるというのは……。

 

「まあ、そういうことだから。改めてよろしくね、幹部さん」

「待て待て待て。俺は幹部になるとは一言も……」

「幹部として働いてもらうのは、次の席替えまででいいわ。その後はファンクラブを抜けてくれたって構わない。これでどう?」

「どうって言われたって……」

「でも幹部である間はきっちりと働いてもらうわ。ちなみに明日はこの場所で定例ミーティングが予定されている。来なかったら、どうなるか分かるわよね?」

「分からん」

「八つ裂きにします」

「聞かなきゃよかった……」


 八つ裂きにすると言った、石田さんの目は本気だった。


 ここまで大きなファンクラブを作ってしまうほどに、行動力のある彼女だ。

 ただの冗談、ってわけでもなさそうだった。



 石田さんにはまったく、俺の話や都合を聞いてくれる気がなかった。

 こんな暇そうな俺にも、俺なりの日常があるということを、石田さんには理解してもらいたい。


 ただ、そんな石田さんも、土屋さんのために行動しているのだ。

 決して、自分の私利私欲のためだけに、行動しているわけではなかった。 


 そう考えると、なんだか石田さんを執拗に責めることもできなくて。


 だから少しの間なら手伝ってあげてもいいかな、なんて気持ちが俺にも湧いてきてしまったりして。



「……次の席替えまでなら引き受けるよ」

「それでいいのよ、ポチ」

「犬扱いするな」


 こうして俺は、ほぼ半強制的にファンクラブの幹部にさせられた。



 幹部の仕事がどれくらい忙しいかは分からない。


 aiさんにはゲーム通話の頻度が減ってしまうかもしれないことを、事前に伝えておいた方がいいだろう。

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