土屋 愛の想い

第9話

 TSUKAくんが森本くんだと気づいたのは、入学してまもなく、席替えをして隣になった時だった。


 森本くんが授業中に先生に指名され、「分かりません」の一言を言った瞬間、森本くんがTSUKAくんであると私は確信した。


 約2ヶ月近く、彼とはオンラインゲームで通話していたのだ。

 彼の声を、私が聞き間違えるはずがなかった。


 逆にこの1ヶ月間、私のすぐ隣で私の声を聞いているはずなのに、aiの正体が私だと気がつかない彼は鈍感すぎやしないだろうか。


 なぜか彼は私のことをネカマだと思っているようだったし、いっそのこと私がaiだと彼に告白してしまいたい気持ちもあった。


 けれど、それはできていなかった。


 リアルの彼はお世辞にも明るい性格とは言えず、私のようなチャラチャラしたような人間を毛嫌いしているような人間に見えたのだ。

 

 それは私の偏見かもしれなくて、多分きっとそうなのだろうが、私は過去にそういった黒い感情を理不尽にぶつけられたことが何度かあり、そういった過去が私に正体を打ち明けるのを躊躇わさせていた。


 正体を告白して森本くんに失望され、TSUKAくんというゲーム仲間を失ってしまうという事態を、私はひどく恐れていたのだ。

 

 ——なによりこの3ヶ月で、TSUKAくんの存在は私にとって、かけがえのないものへと昇華していたから。

 


 私は、厳格な父親のもとに育った。

 父親は私にたくさんの愛情を注いでくれたが、時には厳しい指導もあった。

 

 テレビはニュース番組以外見させてくれなかったし、買う本や雑誌についても父親のチェックが入っていた。


 私はそんな環境にうんざりすることもなく、それが当たり前だと思って日々を過ごしていた。



 そんな父親が、私が中学3年生の時、他界した。

 脳梗塞だった。


 あまりにも突然のことに、私と母親は動揺するしかなかった。

 私はただただ悲しくて、だけどどうしようもなくて。


 夜に眠れないこともしばしばで、意味もなく夜更かしをすることが増えた。


 そして、下ネタと出会った。

 今でも忘れない、初めて深夜のバライティ番組を見た衝撃を。


 そこには私の知らなかったやりとりがとても魅力的に交わされていて、見てはいけないものだと分かっていても、私は目を離せなかった。


 それまで過度な規制を受けていたのもあり、私はすぐに下ネタの虜になった。

 今思えば、何かの虜になることで、悲しみを紛らわせようとしていたのかもしれない。


 しかし、その感情を他の誰にも共有することができていなかった。


 学校では私の清楚なキャラクターがもう確立してしまっていたし、急に私が下ネタの一つでも言い出せば、精神科にでもつれていかれそうだった。


 父の死が原因で、学校での私はただでさえ暗い表情をするようになっていたし、さらに頭がおかしくなったと周りに心配に思われたくなかった。



 そうして下ネタ好きを隠し続けて、半年が経とうとしていた中学3年の春休み。暇を潰そうと見つけたものが、オンラインゲームだった。


 私は今までゲームというものを本格的にやったことがなく、初めてのオンラインゲームは刺激的な体験となり、これまたすぐにハマった。


 しばらくソロプレイでやっていたのだが、対戦型のゲームであると、どうしても一緒にやってくれる仲間が欲しくなった。


 リアルでの友達はオンラインゲームをやらない子が多かったし、どうやって仲間を集めるのかネットで調べてみると、どうやらネットで出会うことが多いらしいことを知った。


 ハイテクな世の中になったなあと思いつつ、私はネットでアカウントを作成し、一緒にゲームをやってくれる仲間を集った。



 そうして出会ったのが、TSUKAくんだった。


 初めはお互いに緊張していたけれど、ゲームのおかげで徐々に打ち解けてきて。

 ゲーム通話をする頻度も増えてきて、仲良くなってきた矢先——。


 私はつい調子に乗って、下ネタをポロッと言ってしまった。


 しまった、と思った。

 顔も知らない相手にいきなり下ネタを言うのは自分でもマナーがなってないと思った。嫌われてしまったんじゃないかと考えた。


 せっかく刺激溢れる楽しいものに出会えたというのに、今日でそれもおしまいだ、と絶望した。



 けれど彼は、私の下ネタを聞いても平然としていた。


 さらにえぐい下ネタを言ってくるわけでもなく、下ネタを聞いて引いてしまうわけでもなく、なんでもない返しをしてくれた。


 それは私にとって、たまらなく心地よいものだった。



 それから私はTSUKAくんには躊躇いもなく下ネタを言うようになったし、TSUKAくんと過ごす時間は私にとって、さらに特別になった。


 父を失ってすさんでいた心を、前向きにしてくれたのは間違いなく彼だった。


 彼がいたからこそ、私は高校生になってまた心機一転頑張れているし、明るい表情を取り戻すことができている。


 TSUKAくんは、私の救世主だ。

 TSUKAくんは、どうしようもなかった私を救ってくれたのだ。


 決して彼は、なんの取り柄もない、冴えない高校生なんかじゃない。




「aiさん今日もよろ〜」

「TSUKAくんもよろ〜、今日もしこしこ頑張ろう!」

「なんかもうちょっと別の言い方なかった?」


 昨日、あんな夜遅くまでゲーム通話をしていたっていうのに、今日も懲りずに、またTSUKAくんとゲーム通話を始めてしまった。


 彼とのゲーム通話はとても楽しいもので、時間が許すのなら、ずっと彼とゲーム通話をやっていたかった。


 

 学校ではまだ彼と話すことはできていないけれど、いつか彼とリアルで笑い合える日を、私は待ち望んでいる。

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