第21話:静寂《せいじゃく》

 飛竜の目撃報告は相変わらず続いていたが、未だに大きな動きはない。定期的に同じ場所で確認されているようなので、縄張りを周回している可能性が高いという話をギルドマスターから聞いた。


 飛竜は強大な生物ではあるが、人間を決して過小評価してはいない。なにせ自分を殺せる可能性のある唯一の存在だと言えるからだ。今は攻め入るための隙を伺っているか、あるいは自らがより強大に育つのを待っているのではないかというのが学院の見立てであるようだ。


 そんな飛竜の動きが影響しているのか否かは定かではないが、最近は魔物たちが明らかに活性化しているようだ。ギルドとしても定期的に都市周囲の巡回要員を出すようになり、自由な活動はほとんど行えなくなっていた。もっとも、飛竜に単独で襲撃されるリスクを負ってまで僻地へと駆り出そうとする者は誰もいないのだが。


 俺とライラ、オリバーとメリナの2人組こそ常に行動を共にしているものの、固定したパーティを組むことはなく、流動的かつ臨機応変な編成が組まれるようになった。これは近いうちに待ち受けているであろう飛竜の襲撃に備え、普段は同行しない構成員同士の連携を強化するという目的でもある。また、ジャックはその隠密能力を活かして、単独での飛竜追跡に専念している。


 **


「ポール、今日もよろしく頼むぜ」

「わかりました」


 オリバーの頼みを受け、ポールは彼の剣に魔術をかける。火炎術が付与ふよされた剣は赤みを帯び、鞘に納めるとわずかに火の粉が舞った。


 ポールは、俺が反転回復を怪鳥に命中させたのに憧れて、遠距離攻撃を積極的に試みるようになったのだが、残念ながらその適性はほとんどなかったようだ。代わりに、極めて持続力の高い魔術を編み出し、今オリバーの剣に対して施しているような「付与魔術」を得意とするようになった。


 最近はギルド宿から出ずに、冒険者たちの武器や防具に付与魔術をかけるのに専念する日も珍しくはない。もっとも、それだけでは実戦経験が身につかないので、定期的に巡回に出るようにマスターが采配しているのだが。


「トムさんもいかがですか?」

「いや、俺はいい。他の奴らを優先してやってくれ。お前の魔力にも限りがあるだろう」


 ポールによる付与魔術の提案をそう言って断った。本音としては、俺自身による純粋な剣の腕前を試したかったのだ。


 **


「どりゃあぁ!!」

 気合とともに振り下ろされたオリバーの剣。炎の力が解放されて赤熱した刃が、トロルの右手首を棍棒ごと切断する。焼け焦げた断面は、奴の生命力をもってしても再生を許さない。


「《風刃》!」

 俺は右手で印を結び、奴の左脚を目掛けて法術の刃を飛ばすと、即座に剣を抜いて走り出し、右脚を素早く斬りつける。奴はたまらず両膝をつく。


「はあっ!!」

 気勢を上げてオリバーが跳び上がる。両脚をやられて倒れ伏した奴の首に、空中から勢いをつけたオリバーの剣が断頭台のごとく振り下ろされる! 首の断面を焼かれたトロルは完全に息の根を止めた。


「腕を上げたな、オリバー!」

「トムだって! 剣と法術を同時に使えるようなヤツなんて他に見たことないぜ」


 本当にオリバーは強くなった。この成長力はかつての仲間であり、歳も近いアランを彷彿とさせる。もともと体格も良くて度胸もあるため冒険者に向いていたのだろう。実戦を繰り返すことで、めきめきと頭角を現していった。


 借り物だった防具も全て買い上げ、さらに魔物の素材や希少鉱石を用いた強化までも行っている。もはや駆け出しと呼ばれる時期はとうに過ぎ去り、すっかり中堅冒険者の風格である。


 俺自身も、《風刃》と同程度の斬撃を剣で浴びせられるようになった。しかも魔力も法力もかかっていなければ、特別な素材を使ったわけでもない、ありふれた鋼の剣でだ。戦士としての腕前が確実に上がっていることを実感した。


「こっちも片付いたよ!」

「大したことなかったわね。ま、油断は大敵だけど」


 ライラとメリナが声を上げる。十数匹のゴブリン達は、メリナによる双剣術と、ライラによる爪の攻撃により全滅していた。

 彼女たちには傷一つなく、服や鎧にも汚れ一つない。


「それにしてもトム達と組むのはずいぶん久しぶりな気がするぜ。ポールもいれば良かったのにな」

「仕方ないじゃない、引っ張りだこなんだから。安定した付与魔術が使える魔術師は他にいないわよ」


 事実、とても珍しい能力であるようだ。学院から研究者が派遣されて彼の術を真似ようとしているのだが、未だに持続時間ではポールに勝るものはいない。神の気まぐれか、先天的な魔術の才能というのは唯一無二の力であることも珍しくないという。


 みんな、すっかり強くなった。3人を相手に訓練所で立ち回ったのが遠い昔のようだ。今となっては、たとえ殺す気で戦ったとしても3人を同時に相手にすることはできないだろう。


 **


「俺たち、もう飛竜が相手でも勝てるんじゃないか?」

「さすがにそれは油断しすぎでしょー。でも、案外そうかもね」


 酒場に戻り、若者たちが酒を煽りながら気炎を吐く。本気でそう思っているとは思えないのだが、そうでも言わないことには心が落ち着かないのだろう。なにせ、この場にいる全て人々の生涯において、過去に一度もなかったであろう未曾有の危機が迫っているのだ。


「おう、久しぶりだなジャック!」


 マスターが声を上げる。目線の先には扉を開けたジャックがいる。


「おう! 近いうちに他からも報告があると思うんだがな、俺がつかんだ情報だから独断で先に伝えておくぜ」


 熟練の斥候の一言に、酒場は静まり返る。


「飛竜のやつの移動範囲が徐々に狭められている。そう遠くないうちに来るぞ」

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