第25話 薬
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気付くと俺と、
ダンジョン開口部の縦穴の上に蓋として載せられた閉鎖扉だ。
俺が侵入した後に巻き上げ機を巻ききってダンジョンは完全に閉鎖されたのだ。
蓋の上には重りとして大量のブロックが載せられていた。万が一の閉鎖の際に備えて準備されていた物だ。他にも手近にあった重たそうな物が色々、扉の上には載せられていた。
そんな重たい荷物の間にできたわずかな隙間に俺と、
蓋の下で小刻みな振動が起きている。
地下一階まで上がって来たスタンピードの魔物の群れが外に出られずに犇めき合っているわけではなく、もっと根本的なダンジョン自体の揺れだ。崩落が続いているのだろう。
外は既に真夜中だった。
そもそものスタンピード発生の一報が夕方だ。
それから俺はダンジョンに入り、
閉鎖扉の周囲には多数の篝火が焚かれており、ダンジョンからの魔物の流出があれば、すぐに気が付けるように手配されていた。
けれども周辺に人の姿はない。閉鎖扉で時間を稼いでいる隙に避難したに違いなかった。
俺たちがいる扉が破られていないことから、まだ魔物の群れは外に出てはいないようだ。このままダンジョンの崩落に巻き込まれて全滅してもらいたいところである。
どこかに隠れて様子を窺っていたのかギルドマスターと、
責任者であるギルドマスターはともかく受付嬢は逃げていてしかるべきだろう。それだけ、
だとしても、俺には、そちらに構っている余裕はない。
俺はリュックサックをひっくり返して中身を全て周辺にぶちまけた。
目的は薬瓶専用のポーチだ。中身の瓶が割れないようにクッション性を高めてあった。
ポーチは仕切りで小分けしてあり中に何本もの薬瓶が入っている。
茶色い色ガラスでできた直径五センチ、高さ十センチ程の薬瓶を取って封を千切って蓋を開けた。
続いてもう一本同じ薬瓶を取り出して今度は、
「飲め。薬だ」
俺は、
薬をかけた、
魔族にやられた傷口が見る間に塞がっていく。
だけではなくて、顔の火傷痕からも体中の切り傷からも瘡蓋からも、
回復呪文であるならばまだしも薬による治療ではどの傷を治療するかの選択はできない。
薬は飲んだら患者が持っているすべての傷や病気に対して効果を発揮しようとしてしまう。
「何だ、その物凄い効き目の薬は!」
駆けつけてきたギルドマスターが治っていく、
「エリクサー」
俺は薬の名前を口にした。
部位欠損を含むあらゆる怪我、あらゆる病気に効く万能薬だ。
王侯貴族がこぞって手に入れたいと願い、
探索者パーティーがエリクサーを発見したなら即座に引退しても全員揃って一生安泰だ。
貴族のような裕福な暮らしができる。
逆に、さっさと売り飛ばさないと命が危険だ。仲間割れすらあり得る。
「そんな高い物を」
ギルドマスターと受付嬢は唖然とした顔だ。
「魔導士協会の伝手を使って原価で入手した取って置きだが、これで使い切った」
本当は逆だ。
俺が、
俺は、時折、旅と研究の資金調達のために極秘にエリクサーを魔導士協会に卸している。『ゆら』しか使えない俺が魔導士協会に顔が利く理由の一つがそれだった。
但し、エリクサーは材料の調達に費用と手間がかかる点が難点だ。
俺はエリクサーを作れる事実を知られたくないためギルドマスターに嘘をついた。
下手な人間に知られると平穏が無くなる。
王侯貴族にでも情報が届いて捕らわれて死ぬまで薬づくりをさせられるような目に合う事態はまっぴらだ。
そうなる前に相手の首を飛ばして逃げる自信はあるが、いずれにしても厄介事に巻き込まれるに違いない。俺がエリクサーを作れる事実は知られないに越したことはないだろう。
俺が魔族にコボルトの体にされた後、俺は自分でもエリクサーを飲んでみた。
結果は変化なし。
俺の体は病気でも状態異常でもないらしい。普通に健康体のコボルトだった。
そりゃ確かにそうだろう。
受付嬢が俺の脇にしゃがみ込み横たえられている、
「
過去まで含めた全身の傷が見る間に治っていく、
これまでの、
「地下はどうなってる?」
ギルドマスターが一番気になっていたであろうことを訊いてきた。
受付嬢も真剣な顔で俺を見た。
俺は二人に地下での出来事をかいつまんで報告した。
曰く、
『ダンジョンコアから大量の魔物が吐き出されていた。
俺はコアから現れた元凶らしき魔族と闘った。
魔族はコアを破壊して魔界へ逃げた。
俺たちは『帰還』の巻物で脱出した。
スタンピードは止んだが中では崩落が進んでいる。
このダンジョンはもう終わりだ』
休ダンジョンが死ダンジョンになるというだけではない。埋没して跡形もなくなるのだ。
ダンジョンが消滅すれば早晩この村もなくなるだろう。観光地として成立しなくなる。
結果としてスタンピードでまた一つ村が消えることになった。
スタンピード発生の兆候に気づきながら、あえて報告を怠っていたギルドマスターへの責任追及は免れないだろう。
報告したところで俺以外の誰かが何かをできたとは思えないが、それはそれだ。
人的被害がなかった点だけは不幸中の幸いだった。
俺は立ち上がるとギルドマスターの顔を見上げて睨みつけた。身長差で、どうしてもそうなってしまう。
「
『威圧』をしたわけではないが言葉にそれなりに殺気を込めた。
もし、
ギルドマスターは何か口を開こうとしたが、その前に受付嬢が「お父さん!」と大きな声で言いギルドマスターに立ちはだかった。
二人は親子か。なるほど。だから受付嬢も残っていたのか。
単に、
恐らくギルドマスターと最期を共にしようとしていたのだ。
受付嬢なりの責任の取り方なのだろう。
もし逃げて自分は生き残ったとしてもスタンピードの兆候を隠蔽したギルドマスターの家族だ。補償や借金で無事には済むまい。下手をすれば奴隷落ちだ。ならばいっそのこと、という考えがあったのだろう。
俺がギルドで騒いだことから、ギルドマスターがスタンピードの兆候に気づいていた事実は同席していたギルド職員により他の職員たちにも知られることとなったはずだ。
「
受付嬢は意識を失ったままの、
「そうだな」と、ギルドマスターは小声で言った。
俺の鼻は悪意の匂いを嗅ぎ取らなかった。
「ポチさん」
受付嬢は俺に顔を向けた。
俺を呼ぶ名前について突っ込むべきか一瞬悩んだが、受付嬢の顔が真剣だったので俺は
「
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