第17話 巻物

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 俺は荷物からロープを取り出した。


 ああ・・が握っている短剣の柄にロープで作った輪をかけると、ロープの先端を何度か柄に巻き付けるようにしてから輪の中にロープの先端を通して引っ張り結びつけた。


 ロープ本体を、ああ・・の腰の後ろに回してからロープの反対側を短剣の柄に先端側と同様に巻いて結び付けた。


 ああ・・は足で壁を押して腰の後ろのロープに寄りかかるような姿勢を取った。


 ロープと短剣は、ああ・・の体重を十分支えた。


 まだ、十分に長さの残っているロープで俺は自分が握っている短剣にも同じような細工をして短剣と両足の三点支持で自分の体を支えた。


 片手で短剣にぶら下がっているよりも圧倒的に楽だ。


 これで二人とも両手を放しても落ちはしない。


 俺とああ・・の真下では大量の魔物が身動きもできないほどぎっちりと通路内にひしめき合っていた。


 けれども、後方はるか先にある地下六階へ至る階段からは続々と、さらに別の魔物が溢れ出している。


 いずれお互いに踏みつけあって魔物の上に次の魔物の層ができるだろう。

今いるこの高さまで魔物が上がって来られるようになるのも時間の問題だ。


 耐え続けていれば、いずれスタンピードが終息を迎えてくれるのであればいい。


 だが、そううまくはいきそうになかった。


 地上への出口は閉鎖扉で塞がれているはずだ。


 閉鎖扉は、あくまで地上にいる人間が避難をするための時間稼ぎの手段である。


 扉だけでスタンピードを抑え込めるわけではない。


 魔物の圧力がさらに増せば閉鎖扉すら破って溢れるのがスタンピードだ。


 その前にダンジョン内のあらゆる通路は魔物で飽和するだろう。


 俺たちが現在いる場所は最終的な安全地帯ではない。


 だが俺とて全く考えなしにダンジョンに飛び込んだわけではなかった。


 俺は自由になった両手で余裕を持ってリュックサックから一回限りの魔法の巻物マジックスクロールを取り出した。


 俺が使うマジックスクロールは巻物に書かれている呪文を読み上げて使う仕組みではない。


 もし読み上げる仕組みのマジックスクロールだとすると、例えば、ああ・・のように文字が読めない人間はマジックスクロールを使えないことになる。


 それではマジックアイテムとしての意味がない。


「魔法を使えない人間が魔法を使えてこそのマジックアイテムだ」


 と、俺が贔屓ひいきにしているアイテムショップの店長が以前、力説していた。


 なので俺が使うマジックスクロールは、使う、と念じて巻物を開くことで込められている魔法が自動的に発動する仕組みだ。


 もちろん意図せず巻物を開いてしまったとしても、使う、という意思が込められていないので魔法が発動してしまう心配はない。


 俺がリュックサックから取り出したのは『帰還』の呪文の巻物スクロールだ。


『帰還』の呪文は術者とそのパーティーを地下迷宮の入口の外まで運ぶ呪文だ。


 異空間的などこかを通り抜けて脱出する仕組みらしい。


 俺自身が身に着けている呪文ではないので詳しくは知らない。


 俺は、ああ・・に、これから何をしようとしているか説明した。


「『帰還』の巻物だ。使うとダンジョンの外まで脱出できる」


「ほええ」と、ああ・・は驚きの声を上げた。


「そんな便利なものがあるだか」


「俺につかまれ」


 俺は、ああ・・が置き去りにされてしまわないように念のため両手で俺の腰につかまらせた。


 実際はロープと壁に刺した短剣まではパーティーの装備品と認識されるはずなのでつかまらせなくても問題はないはずだが念のためだ。


「帰ろう」


 俺は、巻物を使う、と念じながら『帰還』の巻物を思いきり開いた。


 何も起こらない。


 魔法は発動しなかった。


 開く際、確かに巻物を使うという意思を俺は込めた。


 けれども、俺の手の中には開かれた白紙の巻物があるだけだ。


 別に巻物が白紙であること自体は問題ではない。


 巻物は呪文を封じ込めるという行為を象徴する媒体であるだけだ。


 文字を書いて呪文を封じ込めるわけではなく、巻くことで呪文を封じ込めるものなので白紙か字があるかに意味はない。


 封じ込めるという理屈で言えば、空き瓶と栓でだって一回限りの魔法の巻物マジックスクロールと同じ役割を持つアイテムは製造できる。一回限りの魔法の瓶マジックボトルだ。


 だから白紙でも、使うという意思を込めて巻物を開けば呪文が発動するはずだった。


 もし、巻物の中身が『帰還』以外の別の呪文であったとしても別の呪文が発動するだけである。


 使うと意識して巻物を開いたのだから何らかが発動するはずだ。


 なぜ?


 魔法が込められていない空の巻物だったという可能性は考えられない。


 魔法が込められているか否かの違いは少なくとも何らかの魔法が使える者であれば巻物を持てば感覚でわかる。


 巻物に呪文が込められている感覚が巻物には確かにまだ残っている。


 ということは単純に発動していないのだ。


 一瞬、何らかの不良品を掴まされたかとも考えたが、それはありえない。


 贔屓ひいきにしている信頼できるアイテム生産者からの直接購入だ。


 一回限りの魔法の巻物マジックスクロールは勿論、一般的なポーションから、あらゆる状態異常と病気や怪我を治す賢者の石液エリクサーまで何でもござれの生産者だった。


 生まれるより前、俺が母親の腹の中にいる頃からの付き合いがある。


 ぶっちゃけ、生産者は俺のお袋、その人だ。


 俺の実家は自家製回復アイテムと魔法商品マジックアイテムの店だった。


 お袋なので俺に不良品を掴ませるはずはない。在庫処理はするかもしれないが。


 家業であるため薬品づくりならば俺もできたがマジックスクロールとなると完全にお手上げだ。


 なにせ、俺が使える唯一の呪文は、ゆら・・である。


 着火のスクロールなど、でかい分、マッチより不便だった。下位互換極まりない。


「何も起こんねえだよ」


 ああ・・が一切の変化が起こらない状況に対して不思議そうに声を発した。


 つかまっていた俺から手を放す。


『帰還』の巻物が不良品じゃないとしたら俺には他に考えられる理由は一つしかない。


「ダンジョンコアのせいだ」

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