パート6 新たな容疑者

#44 彼女の推理



 病み上がりだというのについつい朝から興奮して汗をかいてしまったので、ベッドから起きると二人で一緒にシャワーを浴びて、朝食の準備をした。準備をしたと言っても、昨日ミキが差し入れてくれたレトルトの雑炊を温めただけなんだけど。


 今日はミキと話し合うつもりでいたけど、ミキに対して俺が言いたかったことはミキ自身が自分で気づいて既に反省もしてくれているので、もうアレコレ言うつもりは無いのだけど、1つだけ話すべきことが残っていた。


 俺の実家への帰省中に、この部屋に何者かが忍び込んだ痕跡があったことだ。


 改まって深刻に話すよりも、なるべくミキには心配かけないようにと朝飯を食べながらのんびり話すことにした。



「そういえばさ、言ってなかったんだけど、帰省してた間にやっぱり誰かが忍び込んでたみたい」


「ぶふぉ!?」ゴホゴホ


「ちょ!大丈夫!?」


 軽い雰囲気で話したのに、ミキはビックリしたのかむせて苦しそうだ。

 冷たいお茶を手渡して飲ませると、少し落ち着き会話を続けた。



「やっぱりって、ベランダの窓の鍵開いてたから?」


「多分そうだと思う。 今回は物は盗まれてないみたいなんだけど、キッチンを片付けて掃除されてた」


「え?掃除???」


「うん、掃除。 先週の金曜日に旅行に出発したでしょ? あの日の朝、時間ギリギリで朝食の食器とか洗わずにシンクに置いたまま出かけたのに、帰って来たら食器とかフライパンとか、あと炊飯ジャーも洗ってあって、シンクの中とかも掃除したみたいに綺麗になってたの」


「なにそれ!?怖すぎない?」


「うん、怖いね。犯人が何考えてるのかさっぱり分からん」


「うーん……、何となくだけど…」


「うん?」


「そのストーカーは、ヒロくんの身に着けてた物とか使ってた物を盗んでたでしょ?」


「うん」


「それで、今度はお部屋の中の掃除ってことは、ヒロくんを身近に感じたいとか、ヒロくんの世話をしたいってことじゃない?」


「なんでそんなことしたがるの?」


「好き、だから?」



 俺を好きでいてくれるミキだからこそストーカーの心理が理解出来るということか。


「私物盗んで謝罪と弁償はするのに返さないのも、そういうことなのかな……」


「どうする?警察に相談する?」


「うーん…警察となるとまだちょっと気が引けるなぁ。 今回は俺の施錠忘れもあったから侵入されたけど、今度こそ気を付けるよ。それでしばらくは様子見たい」


「うん、分かった」


「それと言い訳になっちゃうけど、こっちに戻って来てこのことがあったから気持ちに余裕無くしてた。それでちょっとしたことでイライラしちゃって、ミキに八つ当たりみたいな真似してた。本当にごめん」


「そっか、そうだったんだね。 でも悪いのは私の方だし、ヒロくんが謝る必要ないからね」


「いや、俺、今回のことで色々反省した。自分のダメなとこも再確認出来た。 ミキみたいに自分で直せるように気を付けるよ」


「うん、分かった。私ももっと大人になれるように頑張る」



 これで喧嘩は終了。

 また喧嘩になることは今後もあるとは思うけど、大丈夫な気がする。

 何が大丈夫?なのかは上手く説明出来ないけど、兎に角、俺とミキは大丈夫だろう。




「それで今日土曜だけど、どうする? どこか出かけたいなら着替えとか一度家に帰る?そういや鈴木んちに自転車置いたままだから明日までには取りにいかないと」


「うーん、ヒロくんも私も病み上がりみたいなものだし、このままお家でのんびりしてたいかな」


 ミキの言う『お家(俺のワンルーム)でのんびりしていたい』は、イコール『二人きりでイチャイチャラブラブしていたい』という意味だと解釈している。

 それには俺も賛成だ。



「まぁ今日も外は暑いしな。 あ、鈴木に自転車のことと仲直りしたことは連絡しとくか」


「そだ、山根さんから『今度4人で食事にでも行きましょう』って来てたよ」


「うーん、それはちょっと複雑だな…」


「元カノだから?」


「だって、元カノの彼氏が友達でそこに今カノのミキも居るとか、どう考えてもロクな話題出てこないし、俺が一番気不味いでしょ?」


 本当は、鈴木んちで酔っぱらって山根ミドリに散々絡んだことを薄っすら思い出して、滅茶苦茶顔を会わせづらいってのが本音だけど。


「まぁそうだね。流石にそれは可哀想だね」


「取り合えず鈴木に電話するわ。仲直りの報告とお礼しないとだし」


「うん。じゃあ私はその間にお布団干してシーツも洗濯しちゃうね」


「ごめん。助かる」



 鈴木に電話して無事に仲直り出来たことを報告すると、『そっかぁ~、良かったな!』と自分のことのように喜んでくれた。

 他にも、ミキと山根ミドリが連絡先交換してたことや、ミキにも帰省中の侵入者のことを話したことも報告し、山根ミドリのアドバイスのお陰だったとお礼を伝えてくれるように話しておいた。


 ミキもお布団干しを終えて洗濯機を回し始めると、お母さんに電話を掛けていた。

 俺の方は通話が終わっていたので、横でミキの会話を聞いていると、俺の体調が良くなったことを話し始めたので、メモ用紙に『ご心配お掛けしてすみませんでした。ミキさんのお陰で良くなりました。ありがとうございました。って伝えて』と書いて通話中のミキに見せると、「ママちょっと待ってて、ヒロくんに代わるから」と言って、スマホを渡された。


 自分で話してってことなのは分かるけど、彼女の母親とマンツーマンで通話とかまたいきなり無茶振りを…とビビったけども、でも今後はミキの家族とも親交を深めておく必要があるのは間違いないので、少し気合を入れてお母さんと通話を開始した。



「もしもし、ヒロキです。ご心配かけまして、すみませんでした」


『ヒロくん?もう体調はいいの?』


「はい、お陰様で。ミキさんが来てくれたお陰で助かりました」


『そう、それは良かった!それと、仲直りも出来たみたいね?』


「ええ、色々とミキさんに話して下さったそうで、申し訳ありませんでした」


『いいのいいの!ミキもまだ子供みたいなところあるからね。あの子にもいい薬になったと思うわよ?』


「いえいえ!僕の方こそ反省することばかりで―――」



 なんだかんだとミキのお母さんとの通話が長引いていると、ミキが手を出して「スマホ返して」とジェスチャーで訴えて来た。


「あ、ミキさんに代わりますね!失礼します!」


『はいはい、またウチにも遊びにいらっしゃいね』




 午前中は、家事や必要な連絡などして過ごし、昼飯のあとはお昼寝して、夕方、日が陰ってから近所のスーパーに歩いて食料品の買い出しに出掛けた。



 スーパーでは俺がカートを押して、ミキは俺に寄り添うように腕に手を回してラブラブっぷりを周囲に見せつけるように店内を回った。

 所謂、バカップルってヤツだ。


 スーパーへの買い出しは週に1回程度でコンビニほど頻繁には来ないけど、その分1度の買い物で多めに食材を買い込むようにしていた。


 野菜コーナーから順番に周り、次にお肉コーナーではウインナーや安い豚バラ肉などを吟味していると、知ってる顔に遭遇したのでコチラから挨拶した。



「こんばんわ」


「あ…どうも、こんばんわ…」


 目が合い会釈して挨拶だけ交わすと、隣に居るミキを気にした様子で「では」と直ぐに離れて行った。


「今の人、知り合い?」


「うん。お隣の飯塚さんだよ」


「へー、お隣さんと交流あったんだ」


「いや、ほとんど無いよ。 たまに顔会わせると挨拶交わす程度。雑談すらまともにしたことないよ」


「ふーん、そうなんだ」


「え、なに?ヤキモチ焼いてくれたの?」


「そうじゃないけど…」


 流石に挨拶した程度でヤキモチ焼かれるのはどうかと思うけど、俺もバイト先の新人くんに初日から嫉妬してたし、あまり偉そうな事は言えない。

 まぁ、近所のスーパーで同じマンションの住人と遭遇するなんて、何も珍しくない日常の出来事だし、気に留めるほどのことでも無いだろう。


 けどミキは、何か気になる様子で飯塚さんの背中見つめたままで、その後、買い物を終えて帰り道を歩きながら話し始めた。



「お隣さんって、学生さんだよね?」


「うん。C大だって。引っ越しの挨拶来てくれた時にそう言ってた」


「そっか…」


「なになに?何か気になるの?俺コッチじゃホントにミキ以外の女性とほとんど交流ないよ?」


「あ、違う違う。そういうことじゃなくて。 えっとね、今日ストーカーの話聞いてからずっと気になってたんだけどね、ヒロくんのお部屋2階でしょ? 男の人なら梯子とか使えばベランダまでよじ登れるかもしれないけど、ストーカーが女性だったらそんなに簡単に登れるかな?って」


「うーん、言われてみればそうかもしれない」


「私、女子の中では身長高い方だけど、あのベランダよじ登れる自信ないよ?」


「そうか…ってことは、犯人は男?」


「そうじゃなくて、ベランダをよじ登って忍び込むんじゃなくて、横から伝って来たんじゃないのかな?って。 さっきナンとかさんっていうお隣さんの顔みたら、急にそう思えてね。 ずっと「どうやって登ったんだろ?」って気になってたところにお隣さんって聞いて、「あれ?お隣さんなら簡単にベランダ伝って来れない?」って」


「うむむ……」


 ストーカーは、お隣さん?


 今まで全く疑わなかった訳じゃないけど、そんな大胆なことする子には見えなかったし、普段挨拶交わす時の様子から俺なんかに興味は無さそうで、金目の物を盗まれてたら疑ってただろうけど、私物ばかりの被害だったから俺のことをロクに興味無いだろう隣人に疑いの目を向けることはなかった。


 でも、ミキが言ってることは、納得出来る話だ。

 登るよりもお隣から伝って来る方のが現実的で、それなら女性でも可能だ。


 でも…


「ミキの予想が当たってたとして、『アナタがストーカーですか?』って聞ける?」


「聞かれても、はいそうです!私がストーカーです!とは言わないだろうし、めっちゃ聞きづらいね」


「だよねぇ…」


「それどころかそんな風に言ってモメたら、逆に「隣の男子学生が変な言いがかりで絡んで来て困ってます!」とか警察に駆け込まれて、ヒロくんの方がストーカーだと思われるかも?」


 いざ、ストーカーはお隣さんじゃないか?と疑いを持っても、彼女に対してどうアクションすればよいのか、全く思い浮かばない。


「お隣さんがホントに犯人なのかな…」


「証拠が無いもんね。 あくまで私の推理だから決めつけは良くないけど、でも気を付けてね?」


「うん。鍵だけはちゃんとするよ」


「あ、それと、C大ならヒトミちゃんにお願いして調べて貰う事出来ないかな?」


「うーん、どうだろ…、苗字と住所くらいしか分からないしなぁ。せめて学部学科くらい分かればいいんだけど」


「そっかぁ、C大、ウチの大学とかA大よりも学生数多いもんね」


「まぁ、ヒトミがこっち戻ってきたら一応相談はしてみるよ」


「うん」



 ミキと隣人のことを話しているとマンションに到着し、何気なしに1階にある隣人の郵便ポストを投入口から覗いてみると、中には何も入って無かったけどネームプレートには『飯塚シズカ』とフルネームで書かれていた。


「お、下の名前判明した。今まで全然気にしてなかったからフルネームで書いてあるの気付かんかったわ」


「ホントだね。シズカって言うんだ」


「これで少しはヒトミに調べて貰らいやすくなるかな」







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