#42 押掛け彼女



「ゼェハァゼェハァ、こんな、時間に、ごめんなさい、ハァハァ」


「どしたの!?急に」


「ヒロくん、二日酔いって聞いて、ハァハァ、何かしなくちゃって、ハァハァ」


 ミキは手にパンパンに膨らんだコンビニ袋を持っていて、飲み物とかレトルトの食料を買って来てくれたようだ。


「そんなに息切らして、急いで来てくれたの?ただの二日酔いだよ?」


「だって、ハァハァ、凄く心配だったんだもん」


 そう言って、コンビニ袋を手に持ったまま俺に飛びつくように抱き着いて来た。


「元気そうで、良かったぁ」


「おぉぅ…」



 力一杯抱きしめられ、支える様に抱きしめ返すと、ミキの体が震えてシクシクと泣き出した。


「いや、泣くほど?」


「だってぇ…ううう、ごめんなさい…」



 昨日とは全然違うミキの態度に戸惑ってしまうが、初めての喧嘩だったし、明らかに俺との間に溝が出来かけていたし、最初はムキになったとしてもそのことに気付けば動揺してしまうのも理解出来るし、そんな時に連絡取れない上に体調不良でバイト休まれれば心境も変化することだろう。

 実際に俺も時間が経つにつれて強気の態度が崩れて焦り始めて、自分から謝ってでも仲直りしようとしてたしな。


 まだ色々話し合うべき課題が残ったままだが、当初俺が考えていた『仲直りの為の足掛かり』は既に出来ていそうだ。



「とりあえず玄関で何だし、少し上がってよ。落ち着いたら家まで送ってくから」


「今日は帰らない…」


「いや、こんな時間だし早く帰らないと家族に心配かけるよ?」


「ママに、ヒロくんが体調崩したから看病しに行くって言ってあるから大丈夫」


 こういうトコロはホントぬかりないんだよな。


「兎に角、ココでこうしててもしょうがないし、一回離れて部屋に上がってよ」


「…別れるとか、言わない? ヒロくんの話したいことって、別れ話じゃない?」


 うーん…

 俺が送ったメッセージ、そんな感じじゃなかったと思うけど、そこまで思い詰めちゃってたの?

 でも、昨日までに比べて殊勝な態度に急変した理由は、これか。


「飛躍し過ぎだよ。そんなつもりで話し合う時間作って貰おうとしてた訳じゃないから」


「ホントに?」


「前にも言ったじゃん。俺から別れるとか無いから」


「わかった…」


「メシ食べようとしてたところで腹空いてるし、まずは食事させてよ。ミキもそんなに汗かいてたらシャワー浴びたいでしょ?」


「うん…」


 ここまで言ったら漸く体を離してくれたので、手に持ってたコンビニ袋の差し入れを受け取り、袋ごとキッチンのテーブルに置いた。

 ミキは脱衣所からハンドタオルを持ってきてそれを首に掛けてて、泣き止んではいたけど少し疲れた表情で大人しく座っていた。


 冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り出してグラスに注いで先ほど食べようと用意していたおかゆと一緒にローテーブルまで運び、冷えたお茶をミキの前に置いて、自分はおかゆを食べることにした。


 食べながら、本題では無く、まずは二日酔いの状況を説明した。


「バイト帰りに寄ったコンビニで偶然あいつらに会ってさ、そしたら二人して「ラチるぞ!」とかコンビニで騒ぐから、ホントは直ぐに帰りたかったけど諦めて連れてかれて、それで飲み始めたら2時とか3時くらいまで飲んじゃってて、俺全然記憶無いんだけど、吐いてそのまま寝ちゃったらしくて起きたらお昼過ぎてたの。 二人に平謝りして家まで送って貰って、帰ってから一旦スマホの電源入れてミキから着信とか着てたの気付いたんだけど、もうしんどくて何とかバイト先にだけ連絡入れてそのままバタンキューで寝ちゃっててさ、それで全然返事出来なかった。心配かけてごめんね」


「ううん。私こそ体調不良なのに気付けなくてごめんね? それで、二人って鈴木くんと山根さんだよね? 私からもお詫びしなくっちゃ」


 一旦座って冷たいお茶を飲んだお陰か、先ほどよりは落ち着いてくれた様に見える。


「いやいいよ。 夏休み開ける頃には向こうも忘れてるでしょ」


「あ、学校始まってからじゃ無くて今から。 前に学校で山根さんと話した時に連絡先交換してるの」


「え?そうなの?」


「うん。山根さんの方からね。 お礼したいとかで本当はヒロくんの連絡先を知りたかったらしいけど、無理だと思ったんだろうね。それで代わりに私とだと思う」


「なるほど」


 そう言いながらミキはスマホをいじり始めて、山根ミドリにメッセージを送った様だ。



 おかゆは若干冷めていたお陰か直ぐに食べ終えてしまい、ミキがスマホでやり取りしてる間に食器の片付けを済ませて、ミキからの差し入れの袋を覗くと俺が買ったプリンと同じ物があったので、冷蔵庫からもそれを取り出して、差し入れと自分が買ったの併せて2つのプリンとスプーンも2つ持ってローテーブルに戻り、ミキの前と自分の前に1つづつ置いた。

 因みに、俺がこのプリンを好きなことをミキもよく知ってるので、差し入れに買って来てくれたと思われる。



 少し胃の中に物を入れたお陰か、食欲はかなり改善された様に感じる。

 甘い物が、欲しくなってるし。

 それと、ミキと仲直りが出来そうな、というか既に仲直り出来ていると言える状況がストレスを取り除いてくれたことも影響してるのだろうと思えた。

 もうこの状況なら焦る必要は無いだろうし、今日は遅いからじっくり話し合うのは明日にして、デザート食べたら寝る準備をしようと考えた。



「メッセージ終わったら、シャワー浴びて来たら?凄い汗かいてたでしょ?」


「うん。でも、その前に少しお話してもいい?」


「うーん、分かった。プリン食べながらでもいい?」


「うん」



 明日でも良いと考えたばかりだけど、ミキからは今夜中に話したいことがあるのだろうと受け止め、思い直して話を聞くことにした。

『女の子は、ただ話聞いてくれるだけで良いんだよ』とヒトミからのアドバイスが頭の中でよぎったっていうもあったし。



 カップのプリンをスプーンですくって口へ運び、口の中に濃厚でクリーミーな甘みが広がるのを堪能していると、ミキはプリンには手を付けずに正座し、頭を下げて謝罪を始めた。



「ヒロくん、大人気ない態度とって、ごめんなさい。 ヒロくんの言う通り、わたし、無神経だった。 ヒロくんのこともパパのことも、思いやることが出来て無かったです」


 ムムム?

 あれだけ頑なになってたのに、たった1日で物分かり良すぎないか?

 てっきり、『何で俺が怒ってるのかはよく分からないけど、怒らせちゃったみたいだから謝っておこう』程度の話かと思ってたから、ここまで理解した上での反省した態度を見せられると、よく分からない不安がじわじわ沸いて来る。


「そんなに謝らなくても。俺だって感情的になってたし、俺も言い過ぎてたと思う」


「ううん。わたしが子供だった。 パパに対して反抗してたのも、ヒロくんの言葉に腹を立てたのも、その後ムキになってたのも、わたしが幼稚で我儘だったから。後になって思い返したら、すごく恥ずかしい態度だったし、反省してます」


 うーん

 俺が一番ミキに分かって欲しかったことを既にミキは自分から理解してて、見る限りは充分反省もしてる。

 こうなると、ミキ自身の態度や言動に関しては、もう俺からは何も言う必要が無いだろう。


 でも不思議なのが、どうして急にここまで自分の言動を省みることが出来たんだろう?

 

 まぁ疑問はあるけど、こうしてきちんと反省して謝罪してくれたのだから、俺としても自分の態度を反省して謝罪をするべきだよな。

 元々そのつもりだったし。


「ぶっちゃけると、ミキと話し合って分かって欲しかったのは、今ミキが言ってたこと。 もう反省してくれてるのならこれ以上謝る必要はないから。 それに、俺もやっぱり言い過ぎてた。ごめんなさい」


「ううん、ヒロくんが言い過ぎだったとは思わないよ。 あのね、実は今朝ママにね、ヒロくんと喧嘩したことを話したの。 そしたら『そんな風に叱ってくれるのは、ヒロくんが将来のことを真剣に考えてミキちゃんと結婚したいって本気で思ってくれるからでしょ?それに比べてアナタの言ってることとか態度は全然真剣さが無いわよ? 普段優しいヒロくんに怒られてショックだったのは分かるけど、でもそれくらいミキちゃんの行動がヒロくんにとっては有り得ないってことでしょ? 反省するべきはアナタの方だとママは思うな』ってママからも叱られて、それで自分が言った言葉とか態度とかが凄く不味かったって分かってきて、それなのに『謝りたいから話す時間作って欲しい』ってヒロくんから言ってくれたことも、私ほったらかしにしちゃって、どれだけ自分の我儘でヒロくんを振り回してたんだろうって考えたら、居ても立っても居られないくらい不安になって、でもヒロくんと全然連絡取れないままで。 それで泣きそうになりながらバイトに行ったらヒロくん来てないし、相変わらず連絡付かなくて、ヒロくんが凄く怒っててもう私嫌われて捨てられるんだって思えて、それなのに漸く返信メッセージ来たと思ったら畏まった言葉遣いで話し合う時間作って欲しいって書いてあったから、もうこれ別れ話だって思って、どうしても別れたくなかったし、兎に角謝るしか出来ないし―――」



 ミキの話は長かった。

 ヒトミの助言があったから大人しく相槌を打って聞き役に徹して、彼女の改心がお母さんのお蔭だったのは分かったけども……。体調崩した俺を心配してると言いつつ、これは如何なものかとも思ってしまった。



 とうの昔に空になっていたプリンのカップを見つめながら、俺は考えた。


 これは言うべきだよな?

 もう充分話を聞いたよな?

 そろそろ寝たいって言っても良いよな?


 と判断したタイミングで、「そーゆートコだよ!」と軽い雰囲気を出しつつ、冗談っぽくツッコミを入れた。

 俺に突っ込まれたミキは、情けない表情でまた泣きそうになっていた。


 だって、折角仲直り出来たと思ったのに、ミキの話はネガティブオンパレードで気が滅入るし、お互い謝ってばかりで空気重いのも疲れるでしょ?

 充分反省してるのなら今夜はゆっくり休んで、真面目な話の続きは明日で良いじゃんって思うんだよね。





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